「こんなボサノバも聴いてみて」

つぐまるのボサノバ天国にもどる

いわゆるボサノバにも定番というかスタンダードみたいなものがあって、
それに選ばれている曲というのは確かにボサノバとして名曲だし、
その地位が確固たるものであることも間違いない。

だけど、それは所謂ボサノバミュージシャンのボサノバであることが
ほとんどだ。まぁ〜それはそれでもいいんだけれど、
普段はボサノバなんかやらない、それどころかボサノバとは全く縁のない
ミュージシャンが一発だけボサノバをかましている事があって、
これがまたすっごく良かったりする!あまりパッとしないボサノバ野郎の
10曲のボサノバよりグッとくる1曲だったりする。

こんな訳で、そういった1曲をいつものように世話人の偏見で紹介して
みたい!それが「こんなボサノバも聴いてみて!」のコーナーであります。

「ビートルズのボサノバ」
 アンド・アイ・ラブ・ハー

アルバムア・ハード・デイズ・ナイト

ビートルズぐらいになるというと全曲をジャズにアレンジしたり、クラシックにアレンジ
したりでもうボサノバ風アレンジなんて珍しくもないのだけれど、オリジナルがボサノバと
いうとこの曲しかないんじゃないか・・それは「
アンド・アイ・ラブ・ハー」であります。

ビートルズ全盛の頃は世話人は小中学生だったので、きちんと聞き始めたのはもう解散と
いうころからです。ビートルズは当時エレキばっかりの芸風と思っていたところにこんな
アコースティックな曲があるのでこのときばかりは結構感動いたしました。

映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」なかでこの「アンド・アイ・ラブ・ハー」を
演奏している場面がありましたが、
リンゴ・スターが無表情にボンゴをたたいていたのが印象的でした。
この人はドラムだけじゃなくってこんなものもやるんだぁーと思ったのは、
子供心にもリンゴは不器用と決めつけていたようです。

この曲ができたのは1964年、きしくもその前年のアメリカではボサノバの定番
「イパネマの娘」がアストラッド・ジルベルトの唄で大ヒットしました。イギリスでは
どうかわかりませんが、ちょっとは影響があったのかもしれません。

しかし、ビートルズというグループはボサノバのイメージにはちょっとそぐわない
ところがあります。ビートルズは知的な印象のあるグループではない。
(あくまでも全盛期のやんちゃな頃の印象で、良いとか悪いとかという話ではない。
もちろん後年のメンバーの活動をさしているのでもない。)
ボサノバというのは脳天気音楽に違いありませんが、どこか知的でクールな面を
持っていなくてはなりません。どこか洗練された雰囲気が必要であります。
泥臭いというのと対極にある音楽です。生臭いのもダメです。
(音楽の良し悪しの話ではなくて、ジャンルの特徴の話です。)
だからビートルズがボサノバをやるとどこか違和感があり馴染めないのは
いかんともしがたいところです。しかしこういった世話人の偏見を押しのけても
この「アンド・アイ・ラブ・ハー」はボサノバとしてよく出来ており、
さすが天才は違うなぁーと感心せざるを得ません。

ちょっと話はかわりますが、何十年も毎日ビートルズだけを聴きつづけているという
ある精神を病んだ人の話を聞いたことがありますが、そのとき思ったのはこの人は
ビートルズにしといてよかったなというものでした。これが他のグループ
(どれとは言いませんが・・)だったらもっとおかしくなったかもしれない。
それだけ名曲をだしたビートルズもこの曲以外でボサノバ風のものも見当たりません。

知らないだけかもしれないけど、やはり自分たちには合わないと思ったのかも・・・

2001年11月29日 ジョージ・ハリスン 死去 ご冥福

「武満 徹のボサノバ」
 死んだ男の残したものは

石川 セリ アルバム「MI・YO・TA」

武満徹といえばそれはもう日本を代表する現代音楽の作曲家です。
その作曲活動はクラシックの現代音楽のみならず映画音楽、歌謡曲までと
幅広いものでした。そして海外での評価は国内をしのぐものがあったと
いわれていましたが、1996年惜しくも他界されました。
日本も世界的な音楽家の一人を失ってしまいました。

その武満徹の曲とボサノバとはちょっとむすびつかず、そんなものがあるとは
なかなか想像できませんが、あったのですこれが!正確にいうとボサノバに
アレンジされている曲です。だから武満徹はこれをボサノバにするつもりはなくて
アレンジャーが勝手にボサノバにしたのではないかという意見があるかもしれません。

しかし、どんな曲でもボサノバ風にしようと思えばそうできるわけで、
最初に世に出たオリジナルの状態がボサノバである。
またはオリジナルではないがその後別の人がボサノバとしてカバーし、
それが認知されていればボサノバと定義づけてよいと思われます。

その武満徹の代表的ボサノバが、石川セリ(*注:井上陽水の奥さん)
1997年発売CD「
MI・YO・TA」のなかの
死んだ男の残したものは’という曲です。
もともとこの曲の初演は1965年バリトンの友竹正則で、その後では
1969年、1991年にフォークの森山良子が出したアルバムの中にもあります。
実際に聞いた事はありませんが、その二人の芸風からいってもこれらが
ボサノバであることは非常に考えにくい。
したがって石川セリ版によってボサノバ化されている可能性が高いと思います。

MI・YO・TA」の中の曲はすべて武満徹の作曲でどれもいい曲です。
前半は石川セリのボーカルがはいっていて、後半はそれらの曲のインスト版です。
ちょっとムズカしいけどカラオケにも使えます。

しかしこの曲はボサノバと言いきるにはちょっと問題があるのです。もちろんリズム、
演奏どれをとってもボサノバですが、曲のタイトルにちょっと表れているようにこれは
反戦の歌なのです。もちろん反戦に問題があるわけではありません。むしろ現代の
世相からいえばあらゆるメディアを通じて主張していく必要がある問題だと思います。

しかし、たんにボサノバという切り口だけでみるとちょっと事情が違います。

基本的にボサノバはノー天気な音楽であります。癒し系の音楽であります。
歌詞も愛とか恋とか明るい太陽と浜辺とかスタイルのいい水着のお姉さんとか私の願いを
かなえて頂戴!といったようなものばっかです。

およそ反戦歌と対極にあるといわざるをえません。
反戦歌が良い悪いということではなくボサノバとマッチしているかどうかという話です。
したがってとてもいい曲なので聞き込んでいくのですが、
歌詞の重圧に負けて最後に落ち込んでしまうのは正直なところです。

ボサノバ感は優れていますが、どこかミスマッチ感の残る曲ではあります。 

 

「サイモンとガーファンクルのボサノバ
フランク・ロイド・ライトに捧げる歌
So Long, Frank Lloyd Wright

 アルバム「明日に架ける橋」

サイモンとガーファンクルは1960年なかばより1970年にかけて活躍したフォーク
ロックというジャンルのデュオです。時代的にはビートルズとも同じくします。
1970年に解散後、それぞれミュージシャンや映画俳優として活動を続けていました。
彼らのヒット曲としては紹介しているアルバムのタイトル曲「明日にかける橋」や
映画「卒業」のサウンドトラックとして使われた「サウンドオブサイレンス」や
「ミセス・ロビンソン」、「スカボローフェア」等がよく知られています。

そもそもボサノバとは縁のないグループです。彼らのオリジナル曲のほとんどは
ポール・サイモンが作っていて、その曲作りのパターンというのはある程度共通した
ものがあったのですが、このアルバム「明日にかける橋」のなかの「フランク・ロイド・
ライトに捧げる歌」という曲は全く異質なもので、それがまさしくボサノバで
ありました。当時のアルバムのライナーノートにもボサノバ風なギターの弾き方、
曲のムードはクールで無表情等と評されています。

フランク・ロイド・ライトという人はアメリカの著名な建築家でありましたが、
ライト自身の建築というのは無機的なボサノバとは正反対の有機的建築の代表格です。
むしろ、未来都市と評された超無機的な街ブラジリアを設計したブラジルの建築家
オスカー・ニーマイヤーの方が本場ブラジルということもあってボサノバが
似合うでしょう。でもフランク・ロイド・ライトという言葉の響きの方がニーマイヤー
よりボサノバ的なのでこちらに軍配があがるのも理解できるような気がします。
いずれにせよいきなり建築家の名前をタイトルにもってくるところは、
コロンビア大学の建築学科に進んだガーファンクルの影響でしょうか。

この曲をどうしてボサノバにしてしまったのかはサイモンにしかわかりませんが実によく
ボサノバとして組み立てられています。シンコペーションのきいたギター、途中の
フルートの乾いたフレーズ、そもそもフルートというのはボサノバによく合う管楽器です。
というより他の管楽器がボサノバに合わない訳で、もうトランペットなんか入れたら
どうしようもなくなってしまいます。パーカッションにしたってとっても控えめ!
決してチャカポコ的にならず、コンガの表面を指ですべらしてボーッという音を
出したりして本当に体温を感じさせないアレンジです。

そして彼ら特有のハーモニーがぴったりからんで
モノトーンの世界を作り上げ、優れたボサノバの一品となっています。