ニッポンの廃墟本 の 紹介 (その5) 
つぐまるの廃墟アワーにもどる


ニッポンの廃墟本(その5) 
2006.12


2002年からニッポンの廃墟本を紹介してきたが、その間に興った廃墟ブームもとうとう過ぎ去って
しまった感もある昨今だ。どんなものにも終わりがあるから当然のことなのだけれど・・・、
もともと廃墟というのは終末の美学でもあるので、ブームが廃れていくというのも妙な気がする。

廃墟研究家にとって、ブームというのは百害あって一利なしだ。
情報が公開されすぎて、もう何処に何があるって誰でもわかるようになってしまった。
何度も書いてきたように、忘れ去られ、風化していく廃墟の美しさを密かに探求するのが
廃墟研究の醍醐味なのだ。ブームになれば人が集まる。
廃墟を管理する側(ふだん管理してないから廃墟になっているのだけど・・・)も
ややこしいコトは避けたいので、とりあえず立ち入り禁止にしてしまう。
今まで見られたものが見られなくなってしまう。ムリに見ようとすると犯罪者になってしまう。
そして、ほれ見ろとばかりに取り壊しにかかるものも増えてくる。いいこと一つもないのだ。

この廃墟ブームの間にずいぶん著名廃墟が解体の憂き目にあった。
廃墟ブームが逆に廃墟解体に拍車をかけてしまったような気がする。
言い方悪いけど廃墟ブームは悪女の深情けだ!

そんなわけで廃墟の中でもホテル、旅館、病院等の廃屋系は随分と淘汰されてしまった。
鉱山、工場跡地等を対象とする産業遺産系も時間の問題だ。
ただ軍事遺跡を対象とする戦跡系は用途が用途だけに構造上しっかりしていて、
立ち入り禁止になっていても現存しているものは多い。
ウィーン市内に残るフラクトゥルム(高射砲、レーダーサイト)のような巨大なコンクリートの塊は
戦後60年を経た現在でも壊すに壊せない状態だ。

そういう事情もあってか軍事遺跡、戦跡系は比較的残りやすいので
廃墟本の出版数も減少傾向の中にあっても、これらはコンスタントに刊行されている。
今回はこれを中心に紹介してみたい。

再三、書いていることだけれど、廃墟の捉え方として軍事遺跡、戦跡系に関しては特に神経を使っている。
そこがかつて戦闘地域であり、多数の人命が失われたような場所を単なる廃墟としてとらえるのは、
世話人としては慎みたい。そのような切り口で見るものではないと考えている。
廃墟アワーで対象としている戦跡の類は、実戦で使用されることなく、
経年変化により朽ち果てているもので、大型特殊構築物や建設技術の一端として、
若しくは産業遺産として評価されているものに限るようにしている。

したがって、軍事遺跡、戦跡関連の廃墟本としての紹介についても、
常に同じスタンスでとらえるようにしている。その点は十分にご理解頂きたい。


一般書籍・写真集編

 表紙                   内容とコメント                 ・

帝国の城塞       著:東山 幸弘/撮影 発行:出版芸術社 2006年4月

明治から昭和期までに本土防衛のため全国に建設された要塞は主に東京湾・下関・舞鶴に
存在している。今だ一部のものは沿岸部の砲台として、またそれらを防御するための
保塁砲台として背後の山々に使用されること無く廃墟として眠っている。
これらの遺構を一挙にまとめた、まさしく静謐感が漂うモノクローム写真集だ。
ここまで絞り込んでいくのは大変であっただろうと思う。
世話人としても訪れたいところばかりだ。

記憶の「軍艦島」          著:綾井 健 発行:リーブル出版 2006年9月

長崎半島沖に浮かぶ炭鉱の島「軍艦島」の写真集は、ここのところ世界遺産への動きの中で
バタバタと刊行されている状況だけど、本書は1980年撮影のモノクロ写真が主体のものだ。
1974年に閉山され、無人の廃墟となってから、さほど経っていないの時期のある意味、貴重な資料で
あるとも言える。

1972 青春 軍艦島          著:大橋 弘 発行:新宿書房 2006年6月

30年あまり前の閉山間近の軍艦島で、約半年間、炭鉱の下請け労働者として働いた若い写真家に
よる当時の生活の様子を文章でまとめた写真集だ。
島の大部分が、この時期には既に廃墟化していたことが窺える資料だ。
当時の風景はもとより、人々の写真の見るととても30年あまりとは思えず、なにか戦後まもなく
ぐらいの風景を連想させる。それほどこの島の生活が過酷だったということか・・。

軍艦島の遺産  風化する近代日本の象徴   著:後藤惠之輔・坂本道徳
発行:長崎新聞社 2005年4月


長崎港の南西に位置する端島。
わずか0・06平方キロの島はかつて炭鉱があり、
林立する高層アパートに5,000人以上が暮らしていた。
その威容から"軍艦島"とも呼ばれていたが、閉山で今や廃墟と化す。
貴重な世界遺産として、近代日本の象徴として歴史的、文化的意義は深い。
・・・ということで本書の一般的紹介が上記の内容だが、本当に本書の内容も深い。
軍艦島に関しては、それこそ写真集ばかり刊行され続けてきて、
もう視覚的切り口での検証が無いという感もあるが、
本書のように日本炭鉱史からはじまり、軍艦島学として軍艦島の姿を系統立ててまとめた
ものは、他に無かったように思う。しかも、新書のボリュームのなかで収めきっている。
著者は軍艦島の世界遺産入りを推進している方だが、ぜひ叶えられて、
建設的な保存がなされれば良いと思う。

戦争廃墟        著:石本 馨 発行:ミリオン出版 2006年9月

戦跡系の写真集ではめずらしくカラー版だ。また、芸術的なたくらみ無く写している。
記録として訴えたいという意図かもしれないと、考えてしまう。
本書の後半は、特攻兵器、特攻基地施設、戦闘地域跡などを扱っている。
日本中に残る数々の戦争施設を本書ではこれらを廃虚として位置付けているようだ。
冒頭にも書いたが、世話人のスタンスとしては多くの人命が失われた施設を単に
廃墟趣味で捉えたくないので、本来は歴史書といたいところだ。
したがって戦争廃墟という言葉は、抵抗がある。せめて戦跡としたい気がする。
本質に変わりが無いと言われればそれまでだが・・・


写真と地図で読む!知られざる軍都東京 (ムック)   発行:洋泉社 2006年3月

23区内、東京湾岸に残る砲台要塞や海堡、23区内の首都防衛施設跡など30あまりの
戦争遺跡を紹介している。
既知の物件ばかりだが、それらの情報としては最新のものだ。
どんどん無くなっていくのが実感する。戦後すでに60年を経ていることをますます
認識させられる。フルカラーの写真ではないが、内容はわかりやすく読みやすい。

日本の戦争遺跡   編著:戦争遺跡保存全国ネットワーク 発行:平凡社2004年9月

既に刊行済みの「戦争遺跡から学ぶ」の姉妹編というところであろうか。
基本的に全国に残存している戦争遺跡のガイドブックだ。
当時の状況や併記についての解説もある。地域別の新書サイズで読みやすい。
戦争遺跡を歩くためのツールなども記載されている。


めくるたび               著:丸田祥三 発行:小学館 2006年7月

廃線などを中心とした写真集『棄景』シリーズで評価の高い丸田祥三氏の最新写真集だ。
いつもはモノクロのコントラストのきつい写真で、冷たい感じが多いのだが、
今回は文章も織り交ぜ、モチーフは廃車、レンガの廃墟、枯野の中の機関車、
廃墟の中を佇ずむ少女等と物語的な短篇写真集という風になっている。
カラーなのだけれど、白黒以外の単色モノクロという感じで温かみがあるが、
この方の作品はいつも黄泉の国というのを連想させる。

戦争の記憶を武蔵野にたずねて―武蔵野地域の戦争遺跡ガイド―
                 著:牛田守彦、蜿ケ久 発行:文伸  2005年8月

本書は武蔵野市・三鷹市・西東京市限定の戦争遺跡のガイドブックだ。
また世話人の居住地域でもあるので馴染み深い内容だ
もともとこのエリアは中島飛行機をはじめ、一大軍需工業地帯であったため、
度重なる空襲を受け、都下でも壊滅的な被害を受けたところだ。
そのような状況の中にあっても、なお現存するする戦争遺跡を巡るモデルコースを設定し、
資料や当時の写真等と共に各遺跡を解説している。紹介される戦争遺跡は、
公園に残る掩体壕や保育園敷地内の高射砲台座跡など普段の生活にとけ込んで、
身近なものとなりながらも戦争の傷跡を生々しく現在まで伝えているものたちばかりだ。
このような切り口での武蔵野を散策するというのもよろしいかと思う。

東京湾第三海堡建設史   国土交通省関東地方整備局 東京湾口航路事務所監修 2005年

本書を廃墟本なんて扱いをすると叱られてしまう。
れっきとした技術史である。それも布貼大型本である。百科事典級だ。
現在、第三海堡の撤去事業の中心となっている、横須賀の東京湾口航路事務所の監修だ。
関東大震災で壊滅的被害を受けて、大戦をむかえることなく使用不能に
なったためか、東京湾の三つの海堡の中でも比較的、資料が残されている第三海堡
を中心にまとめられた。見ごたえ、読み応えたっぷりだ。
世話人は東京湾海堡ファンクラブの会員になっているぐらいこの方面への関心が強いため、
本書の刊行は待ちに待ったという感があるが、一般の人はまず興味ないと思う。