セルスターズを忘れるな! 

つぐまるのボサノバ天国にもどる

 セルスターズとは??  



平田隆夫とセルスターズと聞いて、「ハチのムサシは死んだのさぁ〜」と思わず口ずさんでしまう人は、
おそらく40歳台半ば以降で、そのスジの影響を受けた人であろう。1972年に大ヒットした曲だ。
今考えてもこんなシュールな曲は、その後30年経た現在も現れてはいないといっても過言ではないだろう。

その歌詞の内容の不明さはいまだに謎だ。だいたい‘ハチのムサシ’とは何なのか?そこからしてわからない。
それが、お日様に試合を挑んで負けて死んだというわけだが・・・それが何だというのだ。まったくわからない。意味不明だ。
ところがコレを一度聴いたら、グッと耳にすり込まれてしまって、絶対に忘れることができない。
ハチのムサシは死んだのさぁ〜と知らない間に口をついて出てきてしまうという恐るべき曲であった。

セルスターズといえば「ハチのムサシは死んだのさ」のイメージが強すぎてこの曲だけの一発屋だと思われがちだが、
前年の1971年にデビュー曲「悪魔がにくい」がヒットしていて、実はこちらのほうが売れていたようだ。
この曲の内容もかなりキテいて飛んでいる。こちらのほうの印象が強くて、思わず「おまえが好きさぁーっ好っきなんだぁ〜」と
口ずさんでしまう人も多いかと思う。この曲もハチのムサシと同じ内田良平氏の作詞であった。作曲はもちろん平田隆夫氏であった。
やはり優れたコンポーザーであったのだと思う。このシュールな歌詞がなかったらスタンダード化していたかもしれない。

しかし、残念ながら平田隆夫とセルスターズといえばこの2曲で終わってしまうのが現状だ。
ほかにもタイトルを聞いただけで腰砕けなるようなものがある。天使は消えた/ 愛のすべてを/強いほうがいい
/夜空のバラード /愛のおわり/未練酒・・などなどぜひ復刻して欲しい。


 なぜセルスターズなのか?? 

ところで今回、平田隆夫とセルスターズをとり上げているのは、このバンドがおそらく日本で最初のボサノバメジャーバンドでは
なかろうかということの検証からであった。それは、このバンドがセルジオ・メンデスとブラジル66のコピーバンドくずれだという点だ。

その前にセルジオ・メンデスとブラジル66(以下セルメン)がボサノバのバンドであるという前提にたたなければならない。
それはもちろん異論を唱える人もいるとは思うが、概ね認知されるのではなかろうか。

ではどこがコピーでどこがくずれているかという問題だが・・・・

左:セルジオ・メンデスとブラジル66、右:平田隆夫とセルスターズだ。どんなもんだろう?

まず、その構成というかスタイルだが、セルメンはリーダーがもちろんセルジオ・メンデスでピアノだ。
女性のツインボーカルでバックが男性3人とセルスターズとまったく同じだ。セルジオ・メンデスの位置に平田隆夫がいるという点も同じだ。
セルジオ・メンデスはヒゲをはやしている。そして平田隆夫もはやしている。同じだ。
しかし、女性のツインボーカルが、それはもう似ても似つかないのだ。似た人を捜したけど結局見つからなくて妥協したという感じではなく、
はなっからそのつもりはないということのようだ。丸メガネにおでこを出した三つ編み風のヘアスタイルはもうボサノバのイメージと対極に
あるといっても良い。そして写真によってはカーボーイハットをかぶったカントリー風の衣装で出てきている。
ボサノバという先入観をもっていると絶句する。

その女性ボーカルの名は‘みみん あい’という。名前を聞いてアッと思い出す方もいるのではないか。
あーそやそや、そんな名前やった!と関西人だったらそう云うかもしれない。
それぐらいインパクトが強くてオリジナリティが高かったということだろう。もうコピーバンド云々という話ではなくなる。

では、曲のほうはどうだったのか?セルスターズはセルメンの代名詞とも云える‘マシュケナダ’をカバーしている。
その他のセルメン的ポップス曲もカバーしている。だからコピーバンドかと思ってしまうのだが、どれもセルメンのタッチではない。
セルスターズ独自のサウンドだ。そして悪くはない。セルメンよりイイと感じるものもある。どうなっているんだ?
そもそもこのセルスターズの選曲の基準というのがよくわかない。オリジナルはもう全て超えているという感じだが、
他のスタンダードのカバーも‘レット・イット・ビー’があったり‘ある愛の詩’のスクリーンテーマがあったりでどうもベクトルが見えない。
そしてオリジナルを含めてどれをとってもボサノバのテイストが全くない。セルメンがよく形容されたボサ・ロックというわけでもない。
なぜヘンにセルメンの影響みたいなものに固執している部分があるのか?やはり謎だ。



いずれにしても、高いオリジナリティと技術があったにもかかわらず、こんなグループが何故短命だったかわからない。
まぁーわかるような気がしないでもないけど・・・もうすこし世間に合わせるようなところがあれば違ったのだろう。

本当にハチのムサシみたいに燃えつきたのかもしれない。

結局、日本で最初のボサノバメジャーバンドどころかボサノバのグループというわけでもないし、
やっている曲もボサノバでないことは、判明しているのでボサノバ歌謡の世界で論じられることもない。

しかし、どうも気になるというか・・・忘れてはいけないグループの一つだ。