6ページ

110.絆回廊
2011年7月30日(金)
作者:大沢在昌
発行:光文社
新宿鮫の10冊目で5年ぶりの作品です。
思わず最初の新宿鮫を読み返しました。奥付を見ると1990年9月の初版となっていました。ということはあれから20年経過したことになります。
新宿鮫は36才、恋人の晶は22才でした。しかし、この小説は時間の経過を現実のものと較べて相当ゆっくり歩んでいるようです。
晶が活躍した時代は、PRINCESS PRINCESSやSYOYA等の女性だけのロックバンドが華やかな時代でした。20年たって晶がロックバンドのボーカルをやっている姿は想像できません。
しかし、鮫の只1人の味方だった桃井課長は定年になるというのですから、時間は経過しているのでしょう。そんなことを考えながらこの本を読みました。
話は22年間監獄にいた大男が、自分を捕らえた警察官を探すために暴力団から拳銃をくれということから始まります。この大男設定はチャンドラーの大鹿マロイを感じませんか
。 この恋人は在日中国人ですが男を22年間待っていて、大男が警察官をどうするのかが、メインのプロットです。しかし、この間に在日中国人の活動が関わります。彼らは中国人でもあり日本人でもあります。
また、内閣情報調査室の下請け機関に鮫の同期生香田が登場します。鮫と同じキャリアですが、公安畑にいてことごとく鮫と対立してきた人物です。
話は繋がっていませんが、晶のバンドのメンバーが麻薬をやっていて、マスコミが鮫との関係を追求します。結局晶は鮫との関係を否定することになります。
このように時代は流れて行きますが、私はこのシリーズがここで完結するのではないか、という感覚を持ちました。桃井警部、晶、鑑識の藪、元香田警視などが登場し、過去を清算するような話の展開を感じるのです。
この小説は警察小説の形を取っていますが、実は新宿鮫を主人公にしたハードボイルド小説なのです。警察の組織力など関係なく新宿鮫は生きています。
マルティンベックのシリーズや87分署などは明らかにチームワークがあり、それぞれが自分の存在感を感じさせて、死んでゆく人間や、辞めてゆく人間を描いていますが、新宿鮫は一人なのです。
第1巻を読み返すうちに20年という長さを感じながら、こんな印象を持ちました。

109.楊令伝
2011年7月21日(木)
作者:北方謙三
発行:集英社
昨年の夏から読み始めた「水滸伝」もこの楊令伝により一つのくぐりになるのでしょう。
もともと歴史にない国を舞台にしている訳ですから、この国はいつか歴史から去る必要があります。
このお話は新しい梁山泊という国家の創設からその滅亡までの長い歴史です。
水滸伝で活躍した人物もこの15巻までに殆ど死んで行きます。まさに滅びの美学という感じの本書です。
一度滅びた梁山泊は北方の女真族を助ける幻王として復活します。
女真族はやがて金という国にまで大きくなります。
一方の宗国は南に逃げ、青連寺の李富が背後にいながら南宋という国をつくります。
梁山泊は金と南宋の間に位置する独自の国家となってゆきます。
幻王は楊令でした。この国は民のための国です。
税金は10%と徴兵義務がありますが、他の国に比較して国民は非常に恵まれた待遇です。
これは梁山泊が流通による利益を中心に成りっているからです。
また自由市場を開設し、既存の承認が駆逐されてゆきます。
ここから話は展開し、自由市場うに反対する元同盟国の金も南宋も敵となります。
独立して行動していた岳飛も南宋に加入して梁山泊の敵となってゆきます。
話はまだ続きますが、どのようなエンディングを迎えるか想像をしてください。取りあえず私の梁山泊はこれで終了します。

108.もし高校野球部の女子マネジャーがドラッカーの「マネージメント」を読んだら
2011年3月3日(水)
作者:岩崎 夏海 
発行:ダイアモンド社
この長い題名と表紙のイメージからして私の読む本ではないと思っていました。
ところが顧問税理士からこの本とドラッカーのマネージメントが2冊郵送されてきました。
このミスマッチが面白そうなので難しい本は後にしてこの本を読みました。
ストリーは単純で高校野球では全く相手されない都立高校を甲子園に出場させるためのサクセスストーリーです。
しかし、ミソは女子高校生が野球部にマネジャーとして入部してきて、この駄目チームを強くするためにドラッカーの考えた方を取り入れたことです。
年末に読んだ本なので詳細は覚えていませんが、ドラッカーの経営者に対するアドバイスが団体競技でも通じることだ、ということです。
まずは、内部コミュニケーションは確立することです。全員の思考を理解し活動しやすい環境をつくることでしょう。
次はマーケテイングです。野球部は誰のために野球をしているのか。答えは「顧客に感動を与えること」と主人公のみなみは定義しました。
その次はネットワークづくりです。彼らを応援してくれる組織をつくりあげることです。応援団だけではなく、チアリーダーとか、陸上部とか様々なグループと提携してゆきます。
また、指導者の資質も重要な要素です。監督は才能があるがそれを実行する行動力に欠けていたようです。みなみは「イノベーション」ということで迷いのある監督に方向を与えます。
それは甲子園野球の原則であるバントをしないことです。昔、蔦監督が率いた池田高校の「やまびこ打線」がヒントになったでしょう。また、失敗を恐れない守備や走塁です。
これを徹底できることができればチームとしてのコンセプトは確立するでしょう。
後は組織ですから人事管理が重要です。技術力で選ぶのか、ムードを高める要素を強い選手を選ぶのか、キャリア、人間関係とか結構難しい課題です。
ドラッカーが常に述べているのはその事業に真しな姿勢であることが重要です。
とこのような経営学のシステムが野球部にとりこまれ甲子園に行くことができました。
よく読むとさらに多くにドラッカーの教えが書いてあるようですが私が受けた印象はこの程度で、肝心のドラッカーの「マネージメント」はまだ読んでいませんが、 経営学と団体スポーツとの組み合わせは確かにドラッカーの入門書として最適かもしれません。

2010年9月28日(火)
作者:北方 謙三 
発行:集英社文庫
今年の猛暑の8月後半から9月の初旬まで北方水滸伝を読み続けました。
近くの古本屋さんで北方版三国志を購入し、店員の人に次は「水滸伝」ですね、と言いました。
しばらくしてこの店へ行くと「水滸伝19巻」がそろっていました。どうも新品の文庫本のようです。名前も教えてないので、店の人はきっと来店すれば買ってくれるだろう思っていたのでしょう。
この文庫の特徴は各巻ごとに解説があることです。最初は本の鬼、北上次郎で、この人の強力な評価がこのシリーズをブレイクさせたのでしょう。
この後は冒険小説の仲間、大沢在昌、志水辰夫、逢坂剛あたりが書き、中国文学の専門家やさまざまな19人が登場します。中には水滸伝を専門とする人もいるし、初めて水滸伝を読んだ人もいるようです。
私はこの中の一人に、吉川英治の三国志は読んだが、水滸伝は面白くなくて途中で投げ出したという人がいました。私は吉川英治の三国志が面白く、途中まで図書館で借りていたのですが、速度が間に合わず、途中から本屋で新刊で買いに行きました。 家の中で、今どこにあるか不明ですが、この中途半端な本が残っているはずです。
その流れで吉川版水滸伝を読み始めましたが、あまり話の展開がわからず途中で放棄しました。この時水滸伝は読むべき本ではないと思ったのです。しかし読みだすと面白いやはり北方謙三です。
これだけ解説がついているので私がコメントすることはありませんが、やはり一人一人の造形が明確で、しかも108人以上の人間を書きわけているのですからもの凄い筆力です。
しかも続編である「楊令伝」14巻まで書いてしまいました。こんな長い小説はあまりないでしょう。しかも水滸伝で死んだ子供たちも登場します。さすがに人名目録と地図を見ながらでないと人間がわからなくなります。 特に酔っぱらって読んでいた時や、深夜起きて頭がはっきりしないで読んだ話は記憶にないことが多いのです。それほどの人間が死を見つめながら戦い死んでゆくのです。
私は梁山泊と禁軍の戦いよりもサイドストリーである子午山に住む王進を中心した静かな物語が印象的です。史進から始まり、続々と心に問題を抱えた人間が送られ、王進が武術を母が学問を教えることによりそれぞれ強い人間となり梁山泊に入ります。 魯達が楊令に梁山泊の話を話して死んで行くシーンも印象的です。魯達、武松、季キ(変換文字見つからず)の3人の強烈な個性が好きです。しかし、みんな凄いキャラクターです。著者の造語だそうですが、「死域」という言葉が出てきます。 死という限界を超えて生き延びた人たちでしょう。このような豪傑が何人もいてそして梁山泊の滅亡まで多くの人が死んで行きます。ここまでは水滸伝が滅亡するまでの話です。
「楊令伝」は作者のオリジナルです。さらに自由に人を生かし殺して行きます。最後まで読まないと「北方水滸伝」は完結しないでしょう。
私があまり理解できないのは宋江という人が書いた「普天行道」という本の中身です、作者はこの内容を記述していませんので、これは聖書のようにしている人達の感性もわからないのですが、それが作者の戦略でしょう、個人の待つ心に一つの志を与えるのが 「普天行道」の意味なのでしょう。それを読者にも求めているような気がします。しかし、やはり宋江という人間の存在感がよく理解できないのですが。
作者は全共闘の世代でこの本は「チェ・ゲバラ」の活動を一つの目標にしているようです。現在もイスラム教徒から発したゲリラの戦いがアメリカ等でも必死です。この本でも清連寺という情報機関がそうとうあくどい手口で梁山泊に迫ります。 この組織も著者のオリジナルだそうですが、やはり強烈な個性を持ったライバルの存在がストーリーの展開を変化させて行きます。この話を書いても膨大な材料なのでこの辺でやめておきますが、楊令伝を読み終えてからまた考えます。

106.ただ風が冷たい日
2010年6月24日(木)
作者:北方 謙三 
発行:角川文庫

この本は「約束の街シリーズ」の7冊目で多分これで完結したと思います。
我が団地の小さな古本屋さんでこのシリーズが全部ならんでいました。この団地にも北方ファンが多いようです。
この街はブラッディドールシリーズの姉妹編みたいなもので、この本の前から川中のスタッフが登場します。
約束の街は元々ひなびた街で、神前亭という高級旅館が一軒ある漁村だったようです。そして久納家が大半の土地を持っています。
久納家は姫島の爺さんと呼ばれる戦争で死にかけた軍医の義正と、その長男の息子である均、満の3人でほぼ分け合っている状態です。
この街は隣のS市とトンネルでつながることにより、急速にリゾートタウンとして発展しました。
しかし、均、満の兄弟はスペインで交通事故を起こし均は半身不随となり、その責任が満にあるとして、満が所有する神前亭に対抗するため ホテル「カルタヘーヤ」を建設し、このあたりからこの街は急速にリゾートタウンに変身します。しかし、叔父の義正はこのキンピカの街を嫌って 姫島という近くの島から出てきません。彼の所有する街の持ち分は植物園にしていますが、これも観光地としての魅力を感じさせます。
後はカルタヘーヤの社長が均、満の異父弟である忍というのが社長で、姫島の指示を受けてこの街の均衡を保つ役割を果たしています。
シリーズで全て登場するのはカルタヘーヤに事務所を持ち、クルージングの会社を所有するソルテイと呼ばれる若月という36歳の男と 1年に1冊しか本を書かない群という作家です。本の内容は絶望的な暗さを持っていますが、日本より海外で評価が高い小説家です。
また、姫島の爺さんをガードする水村という男は格闘技に強く姫島を近づく人間を排除します。この男と川中Gの関係は前作で明らかになっています。
背景説明だけでこの分量になりました。 今回は均・満の最後の決戦で、「バレンシアホテル」の存在を賭けて、N市からはホテルを守るために川中陣営の高柳という若い男がこの街に入り、これに対抗して、 満陣営の人間や広域暴力団の出入りが始まります。元々素状のはっきりしない借用書が「バレンシアホテル」を経営している中本という女性の元同棲した人間と大野という 人間が5億の借用書を交わし、その担保に取り立てるため、N市でおなじみの弁護士「キドニー宇野」が登場します。
しかし、この5億は川中と群が調達し債権関係は消滅します。残るは暴力団崎田という水無月会をしきる男達と川中とこの街をしきる若月や水村達の連合軍との戦いになります。
まだ紹介していませんでしたが、忍社長から調査を依頼される波崎という調査員と若月は中が良く、街にトラブルが起きると二人で綺麗にしてしまう役割を果たします。
この話で一番以外だったのは虚無的な作家群が「バレンシアホテル」の女社長に恋をすることです。彼女を守るために得意の示現流の日本刀を持ち、ホテルに泊まりこむことです。
シリーズ最後なので、作家はこんな遊びを考えたのでしょうか。
どういう結末になるかは読んでもらうしかありませんが、両方のシリーズの特徴でもありますが、仲間内に必ず死者がでます。川中も若月もその死者の重みを背負ってこれからも生きていくのでしょう。

105.柳生博 鳥と語る
2010年2月6日(土)
作者:柳生博 
発行:ぺんぎん書房

柳生博さんは俳優であり、名作NHK「生き物地球紀行」のナレーターとしても有名です。また日本野鳥の会の代表でもあります。
彼は八ヶ岳の麓に土地を買い、30年かけて静まり帰った針葉樹林を、生き物が活動している広葉樹林の里山に変えたのです。
腐葉土が堆積した中からミミズが現れた瞬間を彼は息子と一緒に喜んでいます。ミミズを土の中を耕し、その排泄物などを餌に 様々な植物が育ち、植物には蜜を求めて鳥たちが集まり、受粉をしてゆきます。また、鳥たちの排泄物には消化されない種があり、ここでも植物はエリアを拡大します。
また、栄養に満ちた土地からは様々な昆虫が育ちます。それを鳥たちは食べ子育てをして次の世代を育てるのです。この生体系の頂点に猛禽類がいます。
彼らは種類によって餌が違いますが、やはり小鳥が中心でしょう。この本にも書かれていますがイヌワシはその頂点にいますが、餌がなければ子育ても繁殖もできません。
最後のほうにはイヌワシのつがいが観察されています。柳生さんの長い年月の努力が新しい生命を呼び込みました。
この本には外国の野鳥をかなり観察してあります。一番感じたのはオオムジアマツバメの行動です。イグアスの滝という水量の豊かにこの親鳥は危険を顧みず滝の中に飛び込み 子供に餌を与えているのです。彼らも苦労して滝の向こうに入りますが、そこには餌を子供与えることの親の喜びを感じたようです。
動物の世界はいかに自分の種族を強くして繁栄させていることにあるでしょう。餌をしっかりと食べ、一番強いパートナーを選ぶことが彼らの一番重要な生き方です。
この本は読んでいて楽しかったのは、柳生さんが森を歩くと、シジュウカラ、コゲラ、ゴジュウカラなどが後をついてくることです。
柳生さんが土を掘り返せばそこには地中の虫が現れ、彼らのおいしい餌となるわけで、そこまでの信頼関係をつくることができた筆者に乾杯します。
また八ヶ岳で育った息子も自然に興味を持ち、今はNHKの園芸番組の先生として出演しています。我が家は夫婦ともフィールドワークが好きですが、3人の子供は全く興味を示しません。
柳生家では孫たちも八ヶ岳に登場し、いつも小鳥と一緒にいる柳生さんのことを「ピヨピヨじいじ」と呼んでいるそうです。このように自然を愛する家系がつながることはとても素敵なことです。
里山を維持するにはかなりのエネルギーがいります。私も小さな里山を守る会に参加していますが、真夏の作業の厳しさなど半端ではありません。しかも仲間は殆ど年上の高齢者です。
柳生さんも死ぬまで八ヶ岳の里山を守ってください。野鳥の会の一員として応援します。

104.東京の小さな喫茶店・再訪
2009年8月5日(月)
作者:常盤新平
発行:リブロアルテ

歳をとるに連れて読書傾向も変わるものですね。私が常盤新平さんの名前を知ったのは早川書房で出版する「SFマガジン」の編集長だったころです。
私もこのころは海外のミステリーしか読まない時代でした。同じ出版社の「ミステリーマガジン」の愛読者でもありました。
しかし、日本の冒険小説が活気が出て以来あまり海外小説から離れて行きました。代表的は北方謙三さんも前回の紹介した時代小説が多くなり、国際的は暴力の現場を 書き続けた船戸与一さんも現在日中戦争の長い物語を執筆しています。
常盤新平さんも自分では書いていませんが、自分の好きな時代小説の本とか講演を行っています。一度講演を聞きましたが志ん生さんみたいなゆたっりとした語り口でした。
この本は時代小説とは関係ありません、衰退してゆく「まちの喫茶店」のお話です。今都心で個人経営の喫茶店を探すのは非常に困難です。
この本で一番面白かった店は平井にある「ワンモア」というお店です。福井さんと絹代さんが二人で経営しています。狭い店ながら自家焙煎にこだわりご主人は汗をかきながら焙煎をしています。
しかし、面白いのはこの店に魅かれてやってくる人達の絡みです。特にユニークなのは熊撃ちが好きな高橋さんで、料理が得意で夫婦に食べてもらうためにいろいろな食べ物を持ち込みます。
そのため高橋食堂といわれていて、常連さんからは次はこれにしてと注文が出るそうです。みんなから食堂経営を勧められますが、彼は配管工事の社長なのです。
彼はまた、歌の名人であり、常連客の一人洋子さんが経営するスナック「パルマ」で最後に「そっとおやすみ」を歌いますが、その途中で「ーーー只今流れている曲を持ちました本日の営業を終了させていただきます。 また、明日のご来場を従業員一同御待ち申し上げています」と述べた後、また「そっとおやすみ」を歌うのです。これに対して百貨店勤務の皮肉屋の小島さんがパチンコ屋であるまいし、とつぶやきます。
なんせ従業員といっても洋子さん一人の店ですから。このような人間模様が描かれていて、ひとつの短編小説のようです。
私は平井という町は知りませんが、平井という町は総武線っで北口と南口と分断されていて、あまり交流がないそうで、洋子さんもお客さんの紹介で1年前に初めてワンモアを訪ねたそうです。小島さんも洋子さんの 紹介で知ったそうです。逆に福井さんも「パルマ」の存在を知らなかったわけで、この町のありかたも面白いものがあります。
「ワンモア」は一つの店の話ですが、ここには前回訪問してまだ健在な店とすでに廃業した店が沢山描かれています。最後に現在営業している地図が掲載されていますので、 機会があればどこかに行きたいと思っています。

103.黒龍の柩
2008年11月27日(金)
作者:北方謙三
発行:幻冬舎文庫


この日付を見ると5ヶ月の間何も書いていませんね。
理由は簡単です、本人のやる気のなさです。本は年間もうすぐ200冊になるくらい読んでいます。何しろ事務所の前が図書館なので 予約はするし、読む本がなくなるとすぐに借りにいけるのですから。
さてこの本の主人公は新撰組副長土方歳三です。北方さんは現代のハードボイルドから急に中世の歴史小説を書いたり、剣豪小説のシリーズまで書き、 今は三国志や水滸伝という各対象を変化させています。
この本は幕末を土方歳三をとうして北方風の解釈があります。土方歳三は新撰組ではかなり厳しい規律をつくり厳格に実行しています。
しかし、一枚のイケメンの写真と五稜郭で最後まで戦い戦死した、男らしい生きざまにみんな感動するのでしょう。
結核で死んだ沖田総司は女性に人気がありますが、現実の写真があればイメージは変わる可能性があります。
基本的にこの本の基調に流れているのは、勝海舟等が唱えた、国内戦争を起こせば外国に侵略されるから、坂本竜馬が唱えた公武合体の新しい国をつくることに彼も同感していることです。
こういう目線の土方はあまり描かれていないでしょう。武装革命を狙う西郷隆盛を最大の謀略家として捉え、暗殺の機会を狙いますが、いつも中村半次郎にはばまれます。
最後には榎本武揚とともに五稜郭まで、そのプロセスがこの本のメインのプロットになっていますので書きませんが、このアイデアは彼のオリジナルでしょう。
話は関係ありませんが、いつも幕府の伝習隊の責任者大鳥圭介が登場しますが、この人は負けてばかりいて、最後には降参して政府の高官になるのですが、その人の別荘の跡地が我が家の近くに 記念碑として残っています。彼に比べたら男の価値が全く違うでしょう。
この本を読むと西郷隆盛は相当なワルですね。相良総三、益満休之助達は西郷に利用されながら死んでゆくのですから。西郷伝説の本当のところはたぶんブラックボックスなのでしょうか。
もう一人新撰組に料理人として入りこんだ九兵衛という歴史にはないキャラクターでしょうが、この存在がこの本の厚みを増しています。
思えばこの作家のサブキャラの扱いは非常に上手ですね。
とにかく北方ハードボイルドの文体で描かれたこの本は面白い。

102.写楽・考
2008年6月27日(金)
作者:北森鴻
発行:新潮文庫


異端の民族学者蓮杖那智(東敬大学助教授)もシリーズ第3弾です。かなり前にハードカバーで読みましたが、文庫化されたので再び読みました。
これは短編集ですが、最後の作品がこの本タイトルになっているのです。しかも、この直前に書いたフェルメールの絵が謎のキーワードになっていて、 フェルメールが利用したとされている、カメラ・オプスキュラも小道具の一つになっています。これはピンホールカメラの原型です。
蓮杖那智は日本人ばなれした美女で、他人の事を無視して自分の行動を貫きます。元々民族学は仮設の展開で、これが絶対というものがないのが特徴でしょう。
この先生は常識化した通説を自分の視点で切り開いていくので、学会では異端しされているのです。また、学校の予算も気にしないで、どこでもフィールドワーク に出かけて行くので、それは尻拭いする助手の内藤三國です。今回から新しい女性の助手が増えました。それに教務部主任の狐目の男から、予算についていつも 文句を言われているのですが、この男は実は蓮杖那智と同じ時期に民俗学で華々しい活躍をした人ですが、師との葛藤で学問を捨てた人だったのです。
この写楽・考ではこの人の論文を大金持ちで独身の男の名前で異端な学説を発表してから混乱が始まります。学説の根拠となる古文書は見に招待されたのですが、 本人の行方が不明です。
民俗学はやはり推理する学問であり、推理小説と似た構造があるのでしょう。出雲の国、吉備の国などの歴史は天下を取った大和王朝によって改竄されてゆくのですね。
日本書記や古事記が天武から持統天皇の裏にいる藤原不比等の作った歴史という梅原猛先生などの説が主流を占めているようです。
このような複雑なテーマをミステリーするこの作者の博学も凄いと思います。今回も、カメラ・オプスキュラを復元するために冬狐堂が現れます。
いつも新しいレシピを考え、古美術を考え、そして民俗学まで追いかけるこの作者のタレント性は凄いと感じます。
この本で三角形をした鳥居の存在を知りました。さすがインターネットの時代です。墨田区の鳥居のある神社があることを知り、出かけましたが工事中で中に入れませんでした。 しかし、ネットの世界は凄いですね。北森鴻の掲示板にも書きました「早く香菜利屋を復活して欲しい」と。

101.真珠の耳飾りの少女
2008年5月23日(金)
作者:トレイシー・シュヴァリエ
発行:白水社

少しでも絵に興味のある方はこれはフェルメールの描いた少女だとわかるでしょう。
モナリザの神秘さとは異なり、一目でこの少女の美しさ純真さを感じるでしょう。しかし、この少女が誰か書いてある解説書はありません。
しかし、この作家はこの少女に「フリート」とい名前を与え、フェルメール家の女中という設定をしています。
ストリーはフェルメールの数少ない絵を参考にこの画家に死にいたるまでのフリートの生活を描いています。私が最初に見たのは初めて日本に来た 「牛乳を注ぐ女」ですが、これは先輩の女中「タンネケ」という設定になっています。
フリートが女中になったのはガラス職人の父親が釜の爆発で失明したからです。弟は親の後を継ぐために徒弟奉公に出ていて、残るのは母親とまだ10歳の妹だけでした。 この妹もペストで亡くなりフリートの家族はもう一体感を喪失したようです。
フリートの関心はフェルメール家に移っていきます。この少女は気が強く、陰湿ないたずらをするフェルメールの娘を平手打ちをしたりします。また、その母親である カタリーナともあまり折り合いがよくありません。奥様は子沢山でこの時点の6人の子供がいて、いまを大きなお腹をしています。
フェルメールはあまり沢山の絵を描きません。そのためにこの家の経済は苦しいのですが、旅館を経営している義母マーリア・ティンスが補助をしているようです。 この義母はフリートの味方で、いろいろフリートを助けています。
フェルメールの部屋を掃除するのがフリートの仕事ですが、置いてあるものは一切動かしてはいけない、といいつかります。
ある時パトロンであるファン・ライフェンの夫人を描いている時、フリートにとってはテーブルクロスの配置がどうも構図的におかしいと感じ、その形を変えてしまいます。 しかし、フェルメールはこれを咎めませんでした。この作品が「真珠の首飾りの女」という絵となって残されています。
いろいろな事情があり、フリートはアトリエの屋根裏部屋に住むことになり、フェルメールの手伝いをすることになるのです。
女たらしのパトロンからフェルメールはいろいろ苦労してフリートを救います。しかし、この小説ではフェルメールの個性はほとんど表現されていません。
カタリーナの気持やフリートの感じで彼女がフェルメールを慕っていることが伝わります。
というような展開が仮想な少女「フリート」の動きで、オランダの天才画家フェルメールの人生がわかるようになっている小説です。
この本を読み、図書館へ行き、フェルメールの図鑑を借りて、この小説とのつながりを少し理解しました。
この画家のリアリズムと光の使い方の凄さがよくわかりました。しかし、「真珠の耳飾りの少女」にまさる作品はないでしょう。

前のページへ

「ひとづくり まちづくり」へ

パートUのホーム