筋萎縮性側索硬化症(ALS)

           渡辺春樹

ALSとは?
運動神経は前頭葉の運動野から上位ニューロンが出て、下にさがって脊髄で下位ニューロンに繋がり、そして次に筋肉に繋がります。ALSは、上位ニューロンと下位ニューロンが死に、筋肉が萎縮する進行性の難病です。原因は多様と考えられ、全体の5%は遺伝子の異常で家族性(これは遺伝子解析によって判明します)、残りの95%は原因不明で、治療法は無いに等しく、リルテックと言う薬が唯一、ALSの治療薬として認可されていますが、2年間飲み続けて2ヶ月延命するという代物です。病気は徐々に進行し、胸の筋肉が麻痺すると呼吸が出来なくなり、死に至ります。気管切開をして人工呼吸器をつければ延命出来ますが、但し、この場合24時間の介護が必要となって家族の肉体的経済的負担が大きく、気管切開をしないで死を選ぶALS患者が全国平均で約7割です。

ALSと私
私は72歳。戌年5月生まれ。米国で1年間神経内科の臨床修練も受けたことのある眼科医です。8年前の4月、右、左の肩関節包炎に始まり、8月右手小指のみの奇妙な疲労感、11月に診察と諸検査の結果、ALSの疑診がつきました。麻痺は右上肢、左上肢、右下肢と進みALSの確定診断。その後病状は更に進み5年前に気管切開を受けました。気管切開2ヶ月前まで娘と助手に助けられ、少数の患者様を平成眼科病院で診察していましたが、気管切開後はそれも出来なくなりました。気管切開後に足で打つ身体障害者用パソコンを覚えました。

私は生きている間は少しでも世の為人の為になろうと思っています。パソコンを打てなくなると生ける屍なので、下肢の時は上肢の時と比べ物にならない位受動的運動量を増やしました。残存筋肉の筋力トレーニングも始めました。しかし、病状は僅かづつ進み、支えてもらっても直立出来なくなりました。今は、四肢麻痺と球麻痺(首から上の麻痺)で気管切開と人工呼吸器、異瘻と経管栄養で生かされています。頭を動かす事も出来ず、わずかに残っている両下肢の内転で身体障害者用のパソコンを足の親指の外側で打っています。時速4行前後です。未だパソコンを打てるのが救いですが、下肢の内転の幅が狭くなり打ち難くなっています。未だ仕事が残っているので、それが終わるまで保てば良いなと思っています。

ALS患者の療養の実態
進行したALS患者を在宅療養に移すのは、病院側には経済的に、患者側からは生活の自由度の面で結構なのですが、在宅でのケアが問題です。進行したALSは難病中の難病でケアが難しい。在宅介護の主役を担うヘルパーの教育には進行したALS患者のケアなど全く想定されていません。寝かせっぱなしにして、生かしておくだけのケアなら簡単ですが、それは患者にとって苦痛以外の何ものでもないのです。何でもよいから、とにかく筋肉を動かしてもらわないと楽になれないのです。これらは危険を伴う医療行為で、作業療法士、理学療法士、看護士の領域。ところがその数は圧倒的に足りなく、在宅療養までなかなか回って来ません。宮城県内の訪問業療法士、訪問理学療法士の数は、僅かだし、訪問看護師も毎日24時間頼れる訳ではありません。ヘルパーは、法的に行動制限があり、攻めのケア(受動的運動)はあまり期待できません。結局、進行したALS患者は制度の谷間に落ち込んだ棄民ならぬ棄患者のようなもの。気管切開を選ばない人の方が賢明かも知れません。ALSの原因が解明され、抜本的治療法が開発されない限り、支援を充実させてもこの問題は解決されません。癌ならある程度の見通しは立ちますが、ALSは、「どこまでも続くぬかるみぞ」で厭戦気分ならぬ厭介護気分がみなぎり、多くのALS患者の家庭では多かれ少なかれ問題が生じます。
日本では看護師・准看護師の免許保持者の約半数が就労していないそうです。看護師不足を解消する一つの方策は保育所の数を増やして女性の働き易くする事です。これは少子化対策にもなります。

ALSの病態生理とケア
血液循環の主役は心臓ですが、脇役はなんと筋肉なのです。筋肉の静脈には一方通行の弁が付いていて、筋肉が動く度に血液の心臓へのもどりを促進しているのです。筋肉が無くなると血の巡りが悪くなり、筋肉内に留まった疲労物質が運び出され難くなります。活動出来る筋肉が少なくなりますので、子供が大人の仕事を強いられるようなもので、上の理由とあいまって、長期行軍後のような筋肉痛が常在します。また寝たきりなので、尻や腰が痛くて困ります。生かしておくだけでなく、積極的に患者の体を動かす攻めのケアが必要なのですが、それの確保が困難です。それは重労働なのです。患者の体の移動が大変で介護者の多くが腰を傷めます。
筋肉はまた熱発生装置です。筋肉が動くと熱が発生します。それが無くなると言う事は内部の暖房装置が故障したままと同じです。体躯の中では内臓が正常に働いていて代謝発熱があるので体躯は暖かいです。私の場合、少しも動かない上肢が一番寒く感じます。内部暖房が無いので、一旦体を冷やしてしまうと、シャツ、パジャマ、上肢、下肢のウォーマー等を10枚重ねても暖かくなりません。室温を上げるしかないのです。先日外出して、骨の髄まで冷やしたら温まるのに5時間かかりました。毛布を剥いだまま裸にしておくのはいけません。電気毛布は、体が動かず低温やけどをするので駄目です。ウオーターベットの水をお湯に出来る装置で対処している患者もいます。ALSが進んでいくと、自律神経もおかしくなって体温調節がきかなくなり、低体温に移行していきます。体温が31℃にまで下がるALS患者もいます。低体温をカバーする為の室温調節も意外に難しいです。恒温動物から変温動物に変わるのです。私の体温は回りの温度によって34.5℃から37.5℃の間で変わります。内服薬を多様していた時は部屋の快適温度が27℃でした。しつこい眼乾燥症(ドライアイ)に悩まされ、原因がわからないので長年の内服薬をリルテックだけを残して全部止めました。すると眼乾燥症が改善し、部屋の快適温度が23℃にと、4℃も下がりました。つまり寒さに強くなりました。面白いものです。薬害と言えば大袈裟ですが、薬の副作用はいつも頭に留め置かねばなりません。

ALS患者のリハビリテーション

整形外科医によればALSのような神経原生の筋萎縮にはマッサージと低周波刺激が良いそうです。動かない筋肉を出来るだけ生理的状態に近づけると良いという事なのでしょう。私は訪問看護師にもリハビリテーションをやってもらっています。最初は自然発生的に習得した手技でしたが、訪問作業療法士の土井さんに月1回来て頂いて教えてもらう様になってから随分手技が効果的方向に変わりました。土井さんは何の目的でどの筋肉をどうしようとしているのかを、実技を交えて教えてくれます。このセッションは訪問介護師達の要請で行われているものです。他の患者さんにも応用出来ると彼女達は熱心です。私は低周波発生装置も使っていますし、空気マッサージ器メドマーも使っています。手でのマッサージが一番良く効きますが、これらは補完になります。
ALS患者の関節は硬くならないと言われていますが、これは程度問題です。
100人のALS患者がいれば100通りの病型があると言われています。ALS患者ケアは一人一人の患者に合わせたオーダーメードでなければなりません。治療法の無いALSなので、私は特に食事に気をつかっています。医食同源です。私の血液検査の結果は優等生です。
 初歩の外科学: イソジンで異瘻や気管切開口を消毒する時は幅広く消毒します。ゲンタシン、タリビッドのような抗生物質を長期連用すると耐性菌が出て来ます。 リンデロンのような副腎皮質ホルモンを長期連用すると感染症が起こり易くなります。

ALS患者の呼吸器リハビリテーション
仰臥位で寝たきりの患者では後肺野に痰が溜まります。これはCTスキャンやMRI検査で分ります。左側に心臓があるので左気管支は曲がって走っています。その為に右の肺よりも左の肺に痰が多く溜まります。それで横向き排痰は右下左上から始めます。時間が無いときは左の肺からの琲痰だけでも効果が大きいです。普通の気管切開口からの吸引で痰を引けない時には、横向きにすると琲痰出来ます。ごく稀に横向き琲痰でも痰が取れない時があります。その時は人工呼吸器の加湿器の加湿を上げるか、去痰剤や融痰剤の助けを借ります。 手技:側臥位または下側臥位をとらせます。この時肩を傷めない様に下側の腋の下胸郭に枕等の充填物を入れます。斜めに方のほうに押し込みます。その時患者の腰を引くと体位の安定が得られ、下側臥位になり痰が出易くなります。また首を少し前屈すると患者は楽です。この時下側の脇の下胸郭の充填物の位置が悪いと肩が痛かったり、肋骨が痛かったりして患者はつらいです。正側臥位より下側臥位の方が排痰効果が大きいです。側臥位にしただけで8割がた痰はでます。背中にバイブレーターを強でかけます。バイブレーターは少し強めに押し付けます。その方が効率が良い。振動を与えただけで気管支壁の織毛が、外れた痰を出口に運んでくれます。ある程度かけたら次の場所に移り、それを繰り返します。 強く叩くと気管支が縮んでかえって痰が出にくくなります。バイブレータをかけたら、効果の薄いタッピングは不要です。 次に腕を回します。自分が体操で深呼吸をする時をイメージして、それと同じ様に滑らかに回します。力を入れる必要はありません。力を入れると体躯が動いて喉のカニューレがずれてむせます。腰回しの時も同じです。 ここまでで充分排痰しますので、効果の薄いスクイージングは不要です。 こうした具体的なあれやこれやを、進行したALS患者はその場ですぐに伝えることが出来ないのです。

ALS患者の意思伝達装置
進行したALS患者にとって意思伝達装置は人工呼吸器の次に大切です。ALS患者には生きる意志と希望とが欠かせません。存在意義を感じ得なければ生きて行けません。文字盤は生きる為の必要最低道具で、意思伝達装置は人間らしく生きる為の必須の機会です。私達にとって意思伝達装置は人間の条件の命綱です。これが無ければひっくり返った亀で、手も足も出ないどころか、心を生かす事も出来ません。坂爪先生のような方は私達には救世主で、非常に貴重な存在です。先生は超多忙でお気の毒に思います。孫悟空のように先生が分身の術を使えれば良いなあと思います。この度、このような意義深い催しに参加できた事に深く感謝しております。

ALS患者の介護における誤解
医学的知識の無い人達には無理からぬ事ですが、気管切開口から痰を吸引出来ない場合に、口から唾液を、鼻から鼻汁を吸引して辻褄を合わせようとするのは誤りです。気管とその上の部分とは、唾液が気管内に入って行かないように、カニューレとその周りのカフ(バルーン)とで完全に遮断されています。ですから鼻汁も唾液も気管内に入りようが無いのです。唾液も鼻汁もむせることとは何の関係もないのです。痰が溜まり過ぎると窒息します。鼻汁が鼻腔に充満したままにしておくと侵出性中耳炎になります。唾液を垂れ流しにしておくと首の皮膚が爛れて、痒くなります。気管切開、人工呼吸器装着の患者が匂いを感じないと訴えるのは、嗅覚が落ちたからと考えられがちですが、そうではなくて、気管内で遮断されていて空気が鼻腔に入る事もでる事も出来ないからです。唾液が溢れ出るのは患者が意図的に留めていると思う介護者がいますが、それは間違いで、球麻痺で嚥下不能になったからです。
気管切開をして人工呼吸器を付けた患者は'あくび'が多い。介護者は眠いだろうと思いますが、殆どの場合そうではなくて脳が低酸素状態に陥るからです。健常人は体の状態によって呼吸が変わります。走った後は息が荒くなり、寝ている時はスヤスヤで換気量が減ります。ところが今の人工呼吸器はこの様な自動調整が出来ません。体のニーズに合わせて変われないのです。換気量がいつも一定なのです。生かしておく為の基礎的仕事をしてくれるだけです。それで、体が沢山酸素を欲しくなった時には相対的に低酸素状態になるのです。例えば、リハビリテーションで抵抗運動をした後などです。将来は体の生理的変化に対応して自動調整出来るように、生理状態測定センサーを備え人工呼吸器と連動した器械が現れるでしょう。

ALS患者と尊厳死
進行したALS患者に主治医が事情を充分に説明し、患者も納得して気管切開がなされ、人工呼吸器が装着されたとしても、患者の皆が皆その後の療養生活に満足する訳ではありません。時代によって変わりますが医学には壁に囲まれた守備範囲があります。医師の行なう医療行為の良非は時が証明してくれます。一度気管切開をされ人工呼吸器に繋がれたALS患者は、予想に反してその後の生活が如何に苦しくとも、いまの日本では肺炎(ALS患者の死因の80%を占める)やその他の病気で死ぬまで生き続けなければならないのです。極限状態では、59才の母親が、40才の進行したALS患者である長男の苦悩を見るに見かねて人工呼吸器の電源を抜いて死に至らしめ、自殺幇助罪に問われる(神奈川県相模原市、2004/8/27)と言う悲劇まで起こりました。介護に疲れ果てた母親は直後に手首を切って自殺を計りましたが、助けられました。ALS患者にとって、気管切開と人工呼吸器による延命の選択は今までどおり患者本人に委ね、その処置後の患者で尊厳死を望む者には、安楽死を、となったらどんなにか良いでしょう!その方が研究者もゆっくり研究出来てよくはないでしょうか?
医学では、最後まで諦めないで治療を続け、延命すべきだ、何時抜本的治療法が完成するかもしれないから、と言う考えが続いてきました。でもこれは奇麗事で、ばくちの要素も入っています。考え方が変わって来ています。抗癌剤を使わないで、鎮痛剤を多用し、抗癌剤の副作用で苦しめたりしないで、質の高い生活で、余命を過ごしてもらうホスピスや、脳死を認める法律等です。これらはEvidence-Based Medicine(事実立脚形医療)の一つです。その延長線上に安楽死と尊厳死があります。実現には立法が要り、医学的、哲学的、社会的合意が必要です。医学には'駄目なものは駄目'な病気や病状が沢山あります。拙著[蹄跡] (西田書店発行)の中の、私がある患者様の人工呼吸器を止めたくだりを御参照ください。苦痛に満ち惨めで、治らない病気の時は死んだ方がましです。ALS患者が人工呼吸器で長生きすると、体が全く動かなくなり、眼球も動かず、まぶたは閉じたままになります。生ける屍です。介護者のストレスが爆発してなじりの矛先が患者に向く事もあります。皆人間ですから。進行したALS患者は人様の助けを借りなければ生きて行けません。無力で、弱く、忍の一字です。家畜の運命は飼い主が握り、ALS患者の運命は介護者にかかっています。どんな場合でも、どんな状態でも、ALS患者の尊厳は守られなければなりません。
ALSの研究
東北大学神経内科の糸山泰人教授によれば、全世界的にALSの研究は大変活発です。今すぐ応用できるという治療薬に関しては、多くのレポートはあるものの、ALS治療に有用な薬剤の報告は少なく残念であります。病気の原因解明は確実に進んでおり、その研究層の厚さには驚くべきものがあります。東北大学神経内科でのALSの治療法の研究ではHGF(肝細胞成長因子)を使った治療が動物モデル(ALSラット)を用いて有効な事が証明され、今、学内の倫理委員会を通す為にサルで安全性を確認する実験が行われています。神経幹細胞移植による中枢神経再生術はまだ研究が始まったばかりです。
話は変わりますが、近年サイボーグロボットの研究開発が急速に進んでいます。これは人間の脳とロボットとのハイブリットです。既に脊髄損傷で右下肢の麻痺した人がサイボーグロボット装具を装着して歩いていました。全身用のサイボーグロボット衣服もあります。筑波大学がリードしています。これは脳科学の著しい進歩とマイクロチップの極小化によって支えられているのだそうです。サイボーグロボットがALS患者にも応用できれば良いなと思います。工業用ロボットは世界で膨大な数が量産されています。人間の形をした2足歩行型のロボットは時速6kmで走れるようになりましたが、前途多難なようです。人口頭脳の開発が非常に難しいのだそうです。最新の2足歩行型のロボットの人工頭脳は人間の3歳児程度だそうです。この種のロボットはトイ(玩具)ロボットと呼ばれています。そこで人工頭脳よりは人間の脳そのものをとの発想の転換になったようです。需要のあまり無い所に市場は開けません。筑波大学の研究室には問い合わせが殺到しているようです。サイボーグロボットには、いろいろな分野での無限の応用が期待されています。東北大学でもされれば良いなと思います。

(2006/3/12)

(編集注:本人のご意思により原文のまま掲載しました。)