生かされた命大事に生きたい
人工呼吸器を装着している私にとって電気は命綱。その命綱が3月11日の激しい揺れに奪われた。
家内とヘルパーさんは呼吸器の電気を確保するためバッテリに繋いだ。車のシガーソケットから取る準備もした。私はそれを見ながら真っ先に考えたことは停電が何時間何日続くかだ。ラジオから次々と悲惨な状況を伝えていた。私は大津波が沿岸地域を襲う現実を想像した。だが私の想像など木っ端みじんに吹き飛ばされたことを後で思い知らされた。
家内の顔も見えない明かりの中で(死ぬかもしれない)頭の片隅に浮かんだ。家内は(大丈夫命守るから)と、励ます。今まで頑張って生きてきたんだ。ここで死んでたまるか。と、自分を励ます。その一方で40代でALSを発症したとき一度は諦めた命。ここまで一生懸命生きてきた。子どもの成長を見届けた。孫にも逢えた。親の責任を果たした。与えられた時間は充分生きた。
少し疲れた。呼吸器も車いすも無いところでゆっくり眠りたい。家内を自由にしてやりたい。思いが広がっていた。命綱が復旧した。涙でテレビが霞んで見えた。思いを恥じた。必死で生きようとしている、必死で命を守ろうとする姿が目に突き刺さってきた。不眠不休で命を守ってくれた家内。生きた命。生かされた命。大事に大事に生きたい。