ラグビーのルール、TJRSの規則や歴史、ラグビー発祥の歴史などを掲載します。*ラグビーの歴史: 第一回として発祥の伝え、歴史です。 言い伝えでは、ラグビーがイギリスのラグビー学校(Rugby School)において1823年 から始まったとされている。現在も、学校の門側にある石碑が「フットボールの規則を 無視しウィリアム・ウエッブ・エリス(William Webb Ellis)が彼の腕で最初にボール を抱えそして走った」とその出来事を記念しているとのことである。 もともとフットボールには、手を使うことが制限の中で許されていたようで、現在の サッカーよりは遥かに広く、現在のラグビーよりは狭い制限であったようである。 爆発的な流行がイギリスの私立高校と大学で始まり、そして1871年最初のラグビー 協会がロンドンで設立された。その後ラグビー協会(Rugby Union)(アマチュア)と ラグビーリーグ(Rugby League)(プロ)の分離が始まった。 ラグビーフットボールリーグ(1922年頃)はイギリスからオーストラリア、ニュージランド、 フランスと他の国まで広がり、ワールド・カップ・トーナメントはプロ競技の頂点である。 日本への伝承は、1899年慶応大学の田中銀之助氏が英国のクラーク氏と共に日本 に持ち帰り、慶応義塾の学生に教えたのが最初と言われている。 *兵庫県のジュニアーラグビースクール 本校(TJRS)が兵庫県の二十番目のRSとして開校されたのは2002年6月16日である。 21名のコーチ陣、太子町民体育館スタフ3名、生徒39名でスタートした。 発足にあたり、姫路ラグビースクールの皆様にご指導頂きました。 *日本ラグビーの創始者:E.B.クラーク(Edward Bramwell Clarke)について* 1899年慶応義塾の英語教師として新任したイギリス人、E.B.クラークがケンブリッジ 大学で自ら体験したラグビーを、同じく同大学で学んだ田中銀之助の協力のもとに、 慶応義塾の学生達に直接指導したのが日本ラグビーの最初であった。 E.B.クラークは1874年、横浜に生まれている。 1899年から1910年まで慶応義塾に在職し、語学教師の任務のかたわら学生達に ラグビーを指導した。慶応義塾在職中にリューマチスを患い、右足切断の災厄が あった。このためスポーツからの全面的引退を余儀なくされた。 1913年、京都三高の外人教師に転じ、1916年京都帝大(現在の京都大学)文学部 教授となり、1934年、彼が死に至るまで英文学者として生徒達を指導した。 小泉八雲とも出会いのあったすぐれた文学者であったと伝えられている。 若い教師の純粋な気持(学生達に大気のもとでのびのびとスポーツを楽しませたい) が日本ラグビーの発祥の起源である。 (文責:T.K /日本ラグビー史:昭和39年発行/発行元 日本ラグビー協会から抜粋) 兵庫県RS連盟競技規則を収納しました。兵庫県RS規則をクリックしてください。 兵庫県RS規則 交通移動に関する同意書:対外試合などで車で生徒の移動をする時、万一の事故に 対する運転者の補償範囲に関する保護者の同意書である。TJRSの一つの規定として 運用します。 交通移動に関する同意書
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