神の青


空を覆う黒い雲
西のわずかな切れ目に
濃密な青と翡翠の光
その下には灯りのともる町
青黒い山脈に囲まれ
沈黙の瞬きを繰り返す

高台の橋の上
漆黒の原始林に背中を抱かれ
彼はぼんやりと町の光を見ていた
低く泥川が流れ
三輪車の捨てられた
空き地の向こうに消えていく

(あのわずかな空の青はもうすぐ消える
やがて秋の冷たい雨が降り始めるだろう)


   高圧電線の鳴る音
   闇のなかにひとつだけ街灯がともる
   不意に彼女が振り返り
   彼の目を見つめた
   ・・・もう教会に来ないで
   ・・・なぜ?
   ・・・あなたはもう、前のあなたじゃない
   彼の目の奥の
   黒い石が夜に変わる
   遠く無限にざわめく町の灯り


濃密な青と翡翠の光が
黒い雲に奪われる
冷たい雨粒が
ひとつ、ふたつと手のひらに落ちてくる

(いつのまに、ぼくは・・・)


   そこだけ記憶が不透明な時間
   そこで至福が苦しみになった時間
   闇のなかの鏡に黒い顔が浮かび上がる
   遠くから響く死んだ母の声
   ・・・これが海よ。とてもひろいでしょう?
   驟雨の止んだあとのきらめく海
   岩場の向こうの赤黒い崖
   そこから波間に落ちていく若い母の白い姿
   ・・・なぜ
   彼はふるえて目を覚ます
   窓の外には
   垂れ込める鉛色の空


霧のように降りしきる雨に
町の灯りがけむる
かすかな光を帯びる空
空き地の古い三輪車が
無数の雫を垂らしている

雨とともに
彼は深みへと沈んでいく
彼女の透明な微笑が日差しのなかに揺れ動き
崖に佇む母がぼんやりとふりかえる
至福と苦しみが
静かに重なり合う時
すべてを償うかのように
青い光が輝きはじめる
漆黒の底に
ためいきをつくように燃え上がる
沈む彼の瞳を仄かに染めながら

(・・・神の青)