坂道


静寂の底から
澄んだ息が湧き上がるような
美しい夏の夕暮れ
薄闇を含んだ木立の向こう
廃墟の校舎が
逆光に黒ずんでいた
わたしは
坂道を下りていった
国道にまで続く長い坂を
大麻と厚別の住宅地が
残照に染まり
小樽に続く地平が
薄青くけむっていた

幾度もわたしは
その坂を下りていったはずだ
恋をもてあましながら
死の予感におびえながら
しかし記憶は
いつも坂の途中で途切れていた

世界は青黒く色あせ
冷たい空気が頬をながれた
住宅と札幌の市街地は
沈黙の光に包まれていった
幼い日に
灰色の夢の中で見た
永遠に呼びかける光
大河のように流れ
遠い闇に消え去る光
・・・光


     *


 自己愛が大きな波に揺らぐ、この冬の夕暮れ。佇み続けるわたしのまぶたには、薄闇と光のなかに消える坂下の後姿しか見えない。けっして振り返らないその灰色の背中。いや、彼は振り返り続けてきたのかもしれない。明かしえない光に片頬を染めながら。

 わたしは冷気に凍えながら遠い落日を見た。黒く厚い雲のなかに、いま、最後の光が燃え尽きようとしていた。