延焼


火がこちらに移ってきますよ

明王堂の古い書庫から火が上がったそうです

自然発火なのか蝋燭の火が燃え移ったのか

それともあの禿げた店主が火を放ったのか

無数の文字が燃えるざわめきが聞こえますか?

高い屋根の上で黒い人影が燃え広がる火を見つめています

雨が降り出したようです

冷たい秋の雨です

火を消すどころか油のように火を活かす雨です

もうわたしの乳房から手を離してください

あなたには古いパリが燃えるような匂いがします

ヒトラーの夢のなかで燃えたセーヌの岸辺の廃屋のような

プレヴェールが屋根裏で擦ったマッチの火のような

ああ・・・もうすでに燃えているのですね

何処か知らない時に巻き戻されるように

蝋の身体で重なりあうだけです

無数の文字が消えていくだけです