誕生日


古い記憶のノイズのように
目の中に霧が降りしきる
明けていくのか
わからない薄闇に
ひともとの枯れ木の影が浮かんでいる

誕生日の暗い夜明け
寮の来訪者名簿に走るペンの音
彼は窓に向かって佇み
饐えた匂いのするベッドから
わたしはその背中を見つめていた
沈黙の底から生まれたような
かすかな鳥のさえずり
彼はゆっくりとくずれおち
パネルヒーターに顔を押し付ける
白いうなじには
刺したような赤い傷口
わたしは彼のそばに跪き
青黒い窓からしのびこむ
冷気を頬に感じていた

黒いコートに彼を包み
引き摺りながら歩む遠い道程
霧に覆われた世界に
いくつかの街灯だけが浮かんでいる
姿を現す木造のアパート
その二階の窓には
死児を抱いて
白い顔の女が佇んでいる

・・・何処ニ捨テニイクノ?

・・・アナタト同ジ場所ヘ

生まれることと
死にゆくことが
夜明けのなかで出会い
ひっそりと手を握り合う
重なり合う枝のように
繚乱する時間

車庫の入り口から
雪空を見上げる一匹の子猫・・・
暗い雨の山肌に
死を予感する自転車の少年・・・
青い波の砕ける崖の上に
はためく女の白い服・・・
祭りの灯りを映す病棟の窓のなかに
口をひらいて眠る老女・・・

目のなかに
降りしきる霧

原始林の澱んだ沼に
黒いコートが滑り落ち
波紋が静かにひろがる
枯葉の上をころげまわり
わたしが泣いていたのか
笑い続けていたのか
今はもう思い出すことができない