午前三時の愛


 雨はまだ降り止まない。路上の人影は絶え、狂おしさだけが目を開く。グラスの氷は溶け落ちてしまった。

 地下街の鏡に映った青白い顔。行き交う人々の果てに光の降るような音が響いていた。すれ違ったいくつかの見覚えある顔。たぶん見知らぬ昨日でしか会えない人々だ。

 何処か遠い路地で、捨てられた子猫が雨に濡れながらか細く鳴いている。愛したのだろうか?愛されることを忘れるほどに。失われた歳月のかすかな叫びが聞こえる。

 丸椅子に腰掛けるウェイトレスの白い顔、カウンター越しに趣味の人形を彫る年老いた店主。他に誰も客のいない、午前三時。
 不意に咽喉が締め付けられる。昨日の午後、駅裏の病院の庭で彼女を見た。あてもなくホームに佇む彼女を探しに行っていた頃には、その病院の存在すら知らなかった。看護師たちの笑顔に誘われて、ぎこちなく花に水をあげている姿。あの日々と違っているのは後ろで縛った髪だけだった。顔を見たら走り寄るような気がして、柵に手をかけた。しかし病舎に戻る時まで、彼女は一度も振り返らなかった。

 何度もナイフを手首に当てながら求め続けた平安への夢を捨てた時、あなたはそれを手に入れたんだ。母への呪いが自分への呪いに変わり、生きようとすればするほど自分を殺さずにはいられなくなる。あの際限のない夜から、あなたは白昼の光の下に抜け出したんだ。

 炎が来る・・・。遠い闇の奥に小さく燃え上がり、やがてひとつの川のようにいくつもの夜を貫いてくる。割れるほどにグラスを握り締めた。雨音が遠ざかり、あの白昼の笑い声だけが反響する。「すいません、もう店じまいなんですが・・・」ウェイトレスが近づき、店主は顔も上げずにいる。折れた人形の首がカウンターに転がっている。
 炎が来る・・・。わたしの臓腑はすでに黒く爛れていた。彼女の長い髪が光にふるえる。永遠、永遠に・・・いや、偽りだ、繰り返しだ・・・愛している・・・それでも愛している・・・今、この時だけは・・・



 誰モイナイ駅ニアナタハ佇ンデイル。静カニ降リソソグ光。モシモコノ光ガ夜ソノモノダトシテモ、今ハ眩シゲニ目ヲ細メヨウ。「列車ハ何時ニ来ルンダロウ?」。アナタハ無言デ微笑ンデイル。「トテモ幸セソウナ顔ヲシテイルヨ」。アナタハ答エナイ・・・答エナイ・・・

 永遠ニ・・・