最後のドライブ


最後のドライブを
あなたと
谷に吸い込まれる長いカーブ
午前の光を浴びた斜面に
木の葉がいっせいにひるがえる

ハンドルを握る細い指
頑なに映る横顔
遠い日ではなく
いまここにいるあなたが
懐かしい

シートを倒して
雲のない蒼穹を見上げる
一羽の鳶が
微粒子のような大気のなかを
静かにまわっている

もう二度と
あなたとここに来ることはない
明日病院の玄関に入れば
最後の時間を
消毒液の匂いのなかで過ごすだろう

国道まで続く長い直線
色づき始めた稲穂に囲まれ
車は何の迷いもなく
走り続ける
しかしあなたの指先は
時々小刻みに震えて

一日もまた
色づき始める
少し冷たい風が
山間の家々に吹き
食事をつくる主婦の姿が
古い窓に浮かぶ
何がうしなわれつつあるか
教えるかのように

亡き両親と妹と
車で旅した遠い秋
”ラムネ”の色あせた看板がかかる
小さな雑貨店のそばで
山頂から見下ろした風景
光る川がうねりながら平野を横切り
白い煙が幾つも立ち昇っていた

目が覚めると
すでに夜になっていた
青緑色の明りが
山の上にひとつ浮かんでいる
ライトの照り返しに浮かぶ
あなたの横顔

夜明けに望みを託す
長い習慣は壊れていた
それでもわたしは
夜明けを待つだろう
あなたのそばにいるために
帰る場所は
何処にもない

車のエンジン音が消える
最後のドライブの
終わり
静寂のなかで
ハンドルに顔をうずめるあなたに
わたしが
何を犠牲にしようとしているのか
わかる

静かに
少し陽気な身軽さで
あなたの前から消え去るために
わたしは生きよう