雪と夢魔がけむりたつ地平の向こう
空を見上げる瞳に突き立てられた白い旗が
沈黙の羽音を午後にひろげている

   ・・・わたしは
   めまいに佇む
   白い骸となって
   灰の息を手袋に吹きかけています
   何処に落陽がひそんでいるのかさえわからず
   途絶えていく叫びの軌跡を追うはてに
   ふと
   沈黙にまばたく凍えた扉

   雨の響きと
   過ぎ去る貨物列車の轟音が
   何処からか聞こえてきます
   わたしは他人の過去を覗くように
   扉の奥の
   青い残り火を瞳に灯す

   ・・・雨の夕暮れ
   枯れ草の鳴る野原は冷たい翳に覆われて
   遠く町の灯がまたたいています
   列車の過ぎた後の静寂に
   死にきれなかった女のひとが
   幼い女の子を抱いて
   ぼんやり佇んでいます
   何も知らずに雨に濡れる澄んだ瞳
   それがわたしの遠い昨日なのでしょうか
   盲目の壁をさぐりながら
   あてもなく生きてきたわたしにとっての・・・

   母の息が途絶えた夜
   夢のなかで鳴り響いた
   銀色のささやき声

   「世界は美しいのよ
         とても
    やさしいのよ
       世界は・・・」

   そんな記憶が
   わたしの凍った唇をふるわせるのは何故かしら
   扉の奥の闇を
   薄青い尾を曳いて流れ去る炎の向こうから
   顔のない淋しい影が漂ってきます
   やがて
   胸の空洞に陽が燃え尽きて
   夜がすべてを覆ってしまうだけなのに

薄明に沈む世界のはてに
青黒い風の炎が渦を巻いてめぐり
空を見上げる瞳に翡翠の霧がたちこめはじめる

   ・・・扉の向こうの回廊に
   響き続けるかすかな靴音
   ああ、
   かなうことならば 
   永遠の炎にこの身を燃やし尽くしてしまいたい!


   漆黒の夜空に
   降りしきる雪のなかに
   ひとすじの道が浮かび
   幼い女の子のまぼろしが
   微笑みながら
   近づいて来ます
   そして
   静かに開く赤い唇が
   ささやくように
   問いかけてきて・・・

   「世界って美しいの?
          とても
    やさしいの?
       世界って・・・」