蜜柑


雨が降る
枯葉が降る
そしてその間に
見知らぬものが降る

畳の上の
一個の早生蜜柑を
雨の匂いと薄闇がつつむ
病床に横たわる男の
動かないまなざし

微光を吸う
緑と橙が溶けあった肌
陰鬱な家具に囲まれ
汚れた畳の上で営む
孤独な祝祭

男は静かに腕を伸ばす
(何をするつもりなんだ?
手触りを確かめるのか?
香りを嗅ぐのか?
それとも
唇に含むのか?)
畳の上の指先を見つめる
メドゥサの瞳
(だめだ!
それはおれを破滅させる)

夜は少しずつ密度を増し
部屋に在るものすべてが
下降しはじめる
しかし
蜜柑だけが輝きを増し
落ちかかる男を支えている

・・・ただいま

玄関の開く音
買い物袋をかかえて
女が部屋に入ってくる

・・・どうしたの?電気も点けないで
調子はどう?
・・・変わらないよ

蛍光灯が灯される
男の胸を安堵が満たし
空洞が残る

雨が降る
枯葉が降る
そしてその間に
見知らぬものの降る音が
いつまでも響いている