病院(1979)


病室の入り口際のベッドに
口を大きく開けたままの
老婆が眠っている
曇天の灰色に翳った額に
いくつかの深い皺
大きく開いた空洞に
ぼくの十六年はむなしく
吸い込まれてしまう
何も語らないはずの唇から
かすかな呟きが洩れる
そう思ったのは
付添の衣擦れの音
ぼくは窓際の祖母のベッドに近づく
そのやつれた寝顔を見つめ
ぼんやりと窓の下を見下ろす
制服姿の少女たちが
華やかに傘を揺らしながら
通り過ぎていく
・・・かすかなめまい
耳の奥に沈黙がたちこめて
ぼくは死の器のなかで
何を呟く気もなく
青白い唇を開く




(参照 詩11「「3月27日 夜明け前」」 5「返歌 病院(2004)」)