返歌 病院(2004)


ライラックの紫が
雨に溶け出したようにひろがるので
逃げ出すようにここに来ました

もうこの病院も
来年には解体されるのですね
多くの死と悲しみも
快癒の喜びと不安も
一緒に消えていくのでしょうか

リハビリ病棟への長い廊下
診察室の前の
歩行訓練用の足型
もうすでに
薄れかかっているそれを
ぼんやり見つめていると
その折り返し点で
確かに振り返る人がいます
何度も見た夢のように
顔が見えないまま

死の暗さではなく
過剰なまでの生命があふれ出すので
ここにいることが
苦しくなります
いつのまにか紫が
ここにまで追いついてきてしまったようです

それとも
あなたが呼んだのでしょうか?
わたしがここでは死ねないことを
ひそかに羨むように
あるいは
忘れ去るために




(参照 詩3「審判」 14「病院」(1979)