遡行


もう物語りは終わった
すべては過ぎ去った思い出
嘘を
ついてはいけない

冬のはじめ
曇天の下の農村地帯を
列車で通りすぎた

ふと襲った空想
もしあの幸福だった少年時に
このまま戻ったとしたら

使えない現金を持ち
途方にくれる中年のホームレス
そんな男が遠くから
若い両親や
幼い自分と妹を見つめるだけだ

けれど
野垂れ死にする前に
百キロ近く離れた
あなたの街に行きたい

高校を卒業したばかりの
おそらくは最初の恋をしているころの
まぶしいあなたを見つめたい

戸籍もなく
この世に生きていてはならない
そんな男のまなざしで
あなたに別れを告げたい
その幸福を祈りたい

それが
最期の望み
嘘を
ついてはいけない

そんな空想の最中に
あなたを失いつつあった
何も気づかないままに