廊下の影


空から水の響き
耐えられないほどに晴れた
午前11時の空

橋の上で捕った数十匹の蜻蛉を
4畳半の何も無い部屋に解き放ち
もう夏は終わりだと呟いた男の耳にも
水の響きは届いていた

テクノロジーこそ郷愁をつくりだす
古いバスターミナルの
コンクリートの外壁にふれ
数十年前に止ったままの
電飾の時計を見上げた、
今は墓石の下の男にも
水の響きは届いているだろうか

屋根のない古い民家の廃墟
垂直の光を浴びた廊下を
影を追うように
数羽の小鳥が歩んでいた

蛇口に直接口をつけて
夕日を浴びて水を飲んでいた少女
彼女を呼ぶ祖母の声
その一瞬だけが
廊下に影となって佇んでいる