1 悪運(2003/10/1)


 運にも二種類あって、いいことがある「幸運」と、最悪の事態を回避する「悪運」がある。出来るなら前者に恵まれたいものだが、わたしやわたしの家族はどう考えても後者に恵まれているようだ(苦笑)

 水稲の収量は予想通りに悪い状況だが、稲刈り自体は順調で後二三日で終わる予定の今日のこと。小雨が降り稲刈りを中断して農協に用事で行った帰り、自宅に近づくと道路に立っている父の姿が見えた。(あんなところで何をしているんだろう)ふと父が見下ろしている3メートルほどの深さの側溝を見ると

トラクターが真横にひっくり返っている。


 「どうしたの、これ」
 「勢いがついていて滑り落ちたんだ・・・」
 父には外傷らしいものは見受けられない。
 「体は大丈夫なのかい?」
 「何でもない」

 状況を見てその理由がわかった。フロントローダーが側溝の向かいの壁に刺さり座席が押しつぶされるのを防いでいたのだ。普通なら完全に逆さになり、父は
圧死
していただろう。

 「どうやって引っ張りあげるかなあ・・・その前にトイレに行ってくる」と、体裁も悪いのだろうがいたって平静に父は家に向かった。半ばあきれながらわたしも思案して農機会社に電話してユニック車を借りる手配をした。

 工場の二人がすぐに来てくれたが状況を見て呆然としていた。ちょっとはまったぐらいに考えていたらしい。

 古くからの付き合いの工場長が「本当に運がよかったね」と笑いながら父を小突くと、父も照れくさそうに笑った。

 もうひとつの悪運は、引っ張りあげたトラクターに損傷がなかったことだ。これだけの事故で人間も機械も無事なんてそうそうあることではない。

 ・・・しかしこんな運はいらない。心臓に悪すぎる(笑)悪運よりもやはり幸運が欲しいとしみじみ思った出来事だった。