5 深夜喫茶「ノア」(2003/9/15)


 大学一年の冬だった。一人で詩を書くことに行き詰まりを感じていたわたしは雑誌で見つけた小さな同人詩誌に入った。もちろんはじめてのこと。その後に関わった同人詩誌にあまりいい思い出のないことと、二年以降に体調を崩してノイローゼ状態になったことの反作用なのか、妙に懐かしく思い出される。

 月に何回か深夜喫茶「ノア」で打ち合わせや合評が行われた。わたしは二回しか出席せず、金銭面の問題(学生に月5千円はきつかった)から作品を一度も発表することなく終わった。

 しかし定年間近の初老の男性の主催者をはじめとして、ほのぼのとした同人たちのやりとりはとても感じがよかった。メンバーのほとんどが30代から50代の勤め人だった。

 印象に残っていることのひとつは、主催者の作品が合評で取り上げられ、言葉こそきつくはなかったがほとんどが「酷評」といっていいような内容だったことだ。彼は頭を抱え「そうか〜まいったな」と呟き、皆はその様子に笑い声をあげた。そんなに素朴で下手な詩には見えなかったけれども。しかし彼もほかの人もほんとうに詩が好きなんだなと思わせる空気があって、少しも嫌な感じがしなかった。

 もうひとつ印象に残っているのは、著名な作品を皆で解釈するという場面だった。それはとても新鮮に見えた。相互の意識に縛られず純粋に「読み」を問われるわけで、他人の読解に何度もはっとさせられた。ネットにもこんなコンセプトがあってもいいんじゃないのかと思う。変に読者を意識したり、恣意的に書き飛ばして当たりを狙う作品をくそまじめに批評するよりよっぽど有益な気がする。

 結局正式な入会は断念したが、今でも「理想」のかたちとしてその同人詩誌の記憶が残っている。しかしそこにいたら、たぶん後年の自分にとって大事な作品は生まれなかっただろう。そういう意味では複雑な思い出でもある。