1 いつか見た夢「発見」(2003/9/4)


 曇天の秋空の下、橋に一人の男が佇んでいた。黒いコートを着たその後姿はわたしを不安にさせた。鳥の声に空を見上げた。一羽の鳶が灰色の空を横切っていった。視線を元に戻すと、橋の上に男の姿はなかった。
 あわてて橋に駆け寄り下を見下ろした。泥に濁った川が古いコンクリートのブロックの間を激しい勢いで下流の住宅地のほうに流れていた。男が落ちたのかは全然判断できない。それでもわたしは近くの民家に走って警察への通報を頼んだ。出てきた老婆は「そういえば〜さんが最近欝気味だって聞いてたけど・・・」それはわたしの知らない名だった。彼女は奥に電話をかけに向かっていった。
 ・・・・
 その日なのか別の日なのか、厚い雲が切れて濃密な夕の光が町を染め上げていた。住宅の間にある水田のそばに一本の大きな樹があり、その下に埋められた女性の死体を誰かが発見した。
すぐに警察が来て死体の掘り出し作業がはじまった。他の野次馬とともにわたしもそれを遠巻きに見ていた。ほとんど生前と変わらない姿で土から掘り出されたその女性にわたしは驚愕した。彼女を殺したのはまぎれもなくわたしだった。しかしそこに埋めた記憶はまったくなかった。ただ、殺したという事実だけが鮮やかによみがえってきた。
 すぐに嫌疑がかかる不安と恐怖に襲われながら、「いや、これは夢だ。夢に違いない」という意識も同時に浮かび、わたしはその場所から動けずに震え続けた。