9 古い本(2003/6/21)


 確かオウム事件で世間が恐々としていた年の四月、民家の火災があり出動しました。
 二階にいた老人が煙を吸って亡くなり、ぼくの出た火災出動では現在まで唯一の死者です。
 鎮火して、死体の収容が済んだ後、階下の残り火を消すためにとびで瓦礫をめくっていると、ふちの焦げた雑誌の束が出てきました。戦前、しかも昭和初期の雑誌「キング」で、たぶん故人のものだったでしょう。珍しさに不謹慎にも腰掛けて数分ページをめくりました。当時のモダニズムの匂いがぷんぷんする文章とモノクロの挿絵を見て、ぼくの存在していなかった遠い過去のイメージが錯綜してながれこみ、しばしノスタルジーに似た感覚を味わいました。見知らぬ死者の生の姿と、たぶんそれは重なっていたでしょう。(ものすごい余談ですが、別の火災で行った家の二階の床が抜けて膨大なエロ本が落下してきた時はまた違う感慨にふけりました・・・笑)
 撤収する時は美しい夕日が残骸を照らしていました。そばの大きな犬小屋には「ハイジの家」と書かれていて、たぶん小さい子供がいるのでしょう。それを見たときは、これから生きていくものの悲しみと労苦が流れ込んできて、しばし佇んでいました。