1 うしろのコロッケ(2002/7/27)


 もう十年以上前の夏の話。
 アルバイト先のホテルのマネージャーから電話が来た。
「Kちゃん、今暇?」
 農家であるおじさんは、基本的に冬の農閑期しかホテルに行かない。 「大丈夫ですよ。結婚式ですか?」
「いや、コロッケのディナーショウなんだけど」
 本当は面倒だったけど、承諾した。
 当日。会場のセットはすでに終わっていて、スタッフがリハーサルの準備をしていた。 マネージャー(この後はAさんと呼ぶ)が来て、スタッフが足りないのでスポットの手伝いをしてくれという。
 すぐに小柄でぼさぼさ頭の中年男が来て、コロッケをどう追えばいいか説明に来た。
 そんなにむずかしいことではなく(チーフなんだろうけどさえないひとだなあ)などと思いながら適当に頷いていた。
 そしてリハーサル。舞台に立ったコロッケを見て驚いた(さっきのおやじだ!)。素顔を見て彼だとわかるひとはほとんどいないだろう。それぐらい違っていた。
 さて本番、仕事は暇で、コロッケの美川憲一ネタなどを聞いて客と一緒に笑っているうちに無事終わった。そのあとは切り返しでディスコパーティになる。この切り返しというのが大変で、ホテルで一番しんどい仕事のひとつである。帰る客に挨拶しながら、憂鬱な気持ちでいるとAさんが近づいてきた。
 「じつは頼みがあるんだ」当時は有名人の追っかけが加熱していた頃で、控え室に押しかけるファンがいたりしてけっこう問題になっていた。彼は心配だから控え室の前で見張りをしてくれというのだ。ほんとうに来たら大変だなあとは思ったが、切り返しよりは楽そうなので承諾した。
 控え室。皆なかに入ってからエレベーターや階段を注視していた。しかしだれも来ない。静かすぎるぐらいだった。だんだん馬鹿馬鹿しくなってきた。そこで、上の階に自販機があるのでビールを買いに行った。
 控え室の横に非常口があって、ビールを飲みながら夜の街を眺めた。(ひとりぐらい来てもいいのに)などと思っているとガラスに誰か映っている。あわててビールを隠してふり返るとそこにはなんと素顔のコロッケが!!!
 「あ、あ、あ、ど、どうも」彼もそこにひとがいると思っていなかったらしい。驚いた顔で、妙にぎこちなく「あ、どうも」と答えて控え室に戻っていった。


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