片倉家廟所
-katakurake byohsyo-

(宮城県白石市福岡蔵本字愛宕山)

 

片倉家廟所 夏場は蚊がものすごい!■案内

 白石城から西に向かい、国道113号を東北自動車道をくぐってしばらく行く。

山を少し登ると右手に一般墓地の大きな駐車場があり、その奥が片倉家廟所である。

駐車場には一応大きな看板がある。

それにしたがって駐車場の奥にある階段を上り、一般の墓を通り抜けると杉木立に囲まれた静かな廟所にでる。

堂宇などはなく、初代景綱から9代までの阿弥陀座像と10代宗景の墓碑が祀られている。

初代片倉小十郎景綱は、墓所が敵に荒らされることを避け、傑山寺(白石市)に葬られた際は、一本杉を墓標としたのみだった。

また、二代重長もこの傑山寺を墓所とする。

初代景綱この廟所を作ったのは、三代景長。病身を押して巡視した際、白石城の見える愛宕山を片倉家代々の墓所と定めた。

景長は、仙台から石工を招いて、阿弥陀像を刻ませ、延宝8年(1680)10月14日、初代景綱の命日の日、傑山寺から、景綱と重長の墓をこの地へ改葬した。以後、この愛宕山が片倉家の墓所となる。

この阿弥陀像は長い年月の間に風化しかかっているが生前の姿に似せて作られていることから、じっくり眺めてみれば生前の姿を偲ぶことができる・・・かもしれない。

たとえば、初代景綱は比較的がっしりした風貌なのにくらべ、二代重長は鼻筋が通った細面の美男子である。

重長は、大坂城で懸想した小早川秀秋に追いかけられたという逸話があるが、頷けるものがある。

しかし、阿弥陀像をお墓にするのも珍しいが、それを生前の姿に似せて作るるというのも聞いたことがない。

このお墓のあり方はつくづく面白い。

近くには、景綱の姉であり、政宗の乳母である喜多の廟所などもある。

喜多は、景綱にその武名が鳴り響くようにと旗印を釣鐘にするよう進めたり、ずいぶんいろいろ逸話のある有名人。乳母で有名な人は、この方と春日局くらいだろう。墓参りすると子育て上手になるかもしれない。

 

二代重長■近郊スポット

白石城・・・白石にきたら当然でしょう!

田村清顕の墓・・・伊達政宗の正室、愛姫のお父さんのお墓です。

宮城交通白石営業所・・・片倉家墓所に行く途中、国道113号沿いにあります。運がよければ、戦国BASARAバージョンの、政宗&景綱バスが見られます(^^)

 

■交通

東北新幹線 白石蔵王駅から宮城交通バス関行きで10分、滝の下下車。徒歩10分

白石城から徒歩15分

マップ

 

 

(訪問日 2008年7月)