2001/12/1〜12/31


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12月31日(月)

なんという穏やかな日より。
昨日の天気がウソのような。
おかげでなんとか掃除も片づけも終わる。
終わってないかもしれないけれど、もう気づかないことにする。

明日からはあっちの実家
こっちの親戚と年始回りの日々。
多分日記を書くとものすごく愚痴っぽくなるはずなので日記はお休み。
通常の日々に戻る1月4日から
元気に再開いたします。

本年、私のつたないHP<びんぼうCG倶楽部>へ訪ねて来て下さった皆様、
本当にありがとうございました。
また来年も、どうぞ楽しくお付き合いさせてくださいませ。

それでは、皆様
どうぞ良いお年を。
穏やかな新年でありますように。
素敵な一年が始まりますように。

昼:2001年最後のうどんは
  セルフのうどん屋<キリン>にて
  湯だめ小250円、おでん(豆腐)80円

  湯だめはもうひとつだった!!チクショウッ!!!

12月27日(木)

実家へ大掃除の助っ人に行く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・が、惨敗。

わかってはいたのだ。
我が実家、私ごときが一日頑張ったところで、どうにもならないと。
もちろん、広いお屋敷だから・・・な、わけがない。
ごくごくごく普通の、田舎の一戸建て。
だが建築以来30年弱。
引っ越しもないまま、我が父と母、
物を捨てられない人間の我が父と母、特に父、
が住み続けている家である。
部屋という部屋は家具で埋まり、家具の隙間という隙間にはさまざまな物
・・・例えば丸められた日本地図だとか、使いもしない団扇だとか、麦わら帽子だとか、
紙袋に入れられた<何か>だとか、
私が高校生の時に使っていたラジカセ(当然とっくに壊れている!!)だとか、
壊れた蛍光灯の部品だとか
・・・そういうものがつっこまれ、
棚という棚には母が昔作った人形だのぬいぐるみだの
旅先で買ったこけしだのが並べられ・・・・・・・・・・・・・・
そういうのをいちいちどけて大掃除をやってたら百億年かかってしまう!!!
という家なのである。魔の家だ。

それでも私は張り切っていた。
実家へ行くたびに気になっていた色々なところを、
今日こそ私がバッチリすっきり綺麗にしてしんぜましょう!!と。

掃除が始まって一時間半。
私はとうとう母に言った。
「お母さん。
(きっぱりと)一度プロを呼びましょう。」

わかっちゃいたけれど惨敗だった。
トイレ、洗面所、窓ガラス、サッシの溝。
何一つ綺麗になった気がしない!
どこもここも、途中で「もうええわ。次!」と挫折してしまう、私が根性なしなのか。
やはりここを、自分の気の済むまでバッチリすっきり磨き上げるのには
一週間、いや二週間泊まり込んでやる覚悟が必要なようだった。
とはいえ、ここは父と母の家。
母が「これで片づいているやないの」と言うのなら、もちろんこれでいいのである。
ただ・・・・・、来年はやっぱり年末ではなくて
もっと早く・・・・・・・・・・そう、もっと暖かくて日の長い時期に大掃除に来よう
そう心に誓った2001年の年の暮れだった。


12月18日(火)

実家からもらってきた温州みかんを、ついに今朝食べきった。
良かった。めでたしめでたし。

先々週、実家へ行った時、ミカン狩りへ行ったとかで
母が温州みかんを10数個、持たせてくれたのだった。
私は甘い物を食べないようにしているのだけれど、
果物はミネラルも取れるので、まぁOK・・・ということにしている。
それで実家の母も、家へ寄るとなにかと果物を持たせてくれようとするのであった。
ああ〜〜、ありがたい、母の気持ち。
が、
「あ〜。ありがとうね。いつもいつも。」と御礼を言いつつ、
私は腹の底で<やばい>と思っていた。
温州みかんはやばい。

数年前、TVのニュース番組で、<カナダで温州みかんが大人気!!>というのを見たことがある。
なんでまた??という話だけれど、
カナダ人にとって、TVを見ながら実に簡単に食べられるこの果物は、画期的だったらしい。
言われてみれば、他の柑橘類って、食べるのに一手間必要だ。
オレンジもグレープフルーツも、皮をむくのに包丁が必要だったり、
食べる際に食器を出さねばならなかったり。
食べたい時に、いともあっさり、ポテトチップスでも食べるように食べられる柑橘類。
これはカナダ人にとって初めての経験だったのだろう。
カナダ人にとってだけじゃない。
考えてみれば、日本にある他の柑橘類だって、温州みかん以外は食べるのにヨイショがいると思う。
八朔、夏みかん、ブンタン、ざぼん・・・。
はっきり言って、誰かが皮をむいてくれない限り、
私なんかはなかなか食べようと思わないものばかり。
いや、柑橘類に限らない。
梨、柿、パイナップル、キーウィ・・・。
結構手間がかかるではないか??他の果物も。
りんご・・・くらいかな?皮のまま食べようと思えば食べられるのは。
あとはぶどう。・・・でもこれは結構値段が高いし日持ちがしない。
いちじくやビワでは、ちょっと季節が限られすぎるし。

さぁ、それほど気楽に食べられる温州みかん。
もうお気づきのことと思うが、<やばい>というのは、その簡単さ。
こたつの上にでも置いてその前に座れば、あ〜〜ら不思議!
ふと気がつけば2個、3個とそれがドンドコ減っていき・・・・・。
ビタミンCの多いミカンは、風邪の予防にもいいから、どんどん食べなさいよ
と、子供の頃は言われていたものだ。
でもそれははるか光年の彼方の時代のお話。
今、先端の栄養学は言っている。果物はとっても糖分が多い。
ビタミンビタミンなどと言い訳をして、調子に乗って食べていると後が怖いよ!と。
ちゃんとしたデータは知らないけれど、
よく熟れた梨一個で、ショートケーキ一個分くらいの糖分を摂取することになるんではなかろうか??
梨なら旬の時期になれば、毎日一個だって食べてしまうだろう。
でもケーキ一個、毎日食べるのを想像すると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
しかも最近の果物は、異様に<糖度>が高い。
甘い方が売れるから、農家もどんどん糖度の高い品種へと改良に励む。
いつだったか、香川県の農家の方がTVの取材に答えて言っていた。
「この新品種のキーウィは、糖度が14度もあるんですよ。」
・・・・・・・・・14度・・・・・・・・・・。
それは砂糖の固まりではないの???
と、TVの前で私はのけぞった。
後日、コープで見かけて買ってみた新品種のキーウィ。
それはもはや私の知っている、あの甘酸っぱい果物ではなかった。
・・・歯ごたえさえなくなって、ただただ甘かった・・・。

というように、果物は、なか〜なか油断ならない食物なのである。
<こたつでミカン>なんて、もはや鬼門中の鬼門だ。私にとって。

と言ういっぽうで、憧れる。
寒さの厳しくなる中、あの明るい色の果物を籠に盛って、部屋に置く。その情景。
実家からもらって帰った日にも、5〜6個籠に盛ってテーブルにセッティングしてみた。
やっぱし綺麗・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
と、うっとりしていられたのはその日一日だけのことだったけど。
翌日には、昼食後に一個。夕方小腹が減ると一個。
夜中に夫と話しながらまたまた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
はっと気がつけばクズ箱の中がオレンジ色だ!
ダメだダメだダメだ!こんなじゃダメだ!

残りのミカンは袋に放り込んで、即刻冷蔵庫行きとなった。
ミカンは冷蔵庫で保存しない方がいいんですよ、常温でいいのよ、
というのは知っていたけれど、部屋のすみに転がしておいたって事態は改善しやしないのだ。
とにかくこういう危険物は、こっちの目に触れない所へしまっておかねば。
・・・・そうやって、隠された温州みかんが、今日、ついになくなった!と言うわけだ。
正月のごちそう太り・モチ太りとよく言われるけれど、
実は皆を肥え太らせているのは、正月の団らんの場に置かれた温州みかん
・・・・・・なのかもしれない。そんな気がしている、12月下旬。

朝:ゆで卵、野菜炒め(ナス、ブラウンマッシュルーム、緑ピーマン)
  サラダ(サニーレタス、トマト、きゅうり、大根)
  フランスパン2切れ、オリーブオイル、ミカン、紅茶
昼:麻婆豆腐ナス(挽肉、ナス、長ネギ、赤ピーマン、緑ピーマン、厚揚げ、にんにく、しょうが)
  酢の物(ワカメ、きゅうり)、野草ブレンド茶


12月14日(金)

全国的に冬将軍がやって来た!
さすがの香川県も、朝から寒い。
予想最高気温は結構高い温度が表示されているけれど、なにせ本日は西風がとてもとても強い。
風速が1メートル増すごとに、体感温度が何度下がるんだったか・・・・・
忘れてしまったけれど、吹きつける風は0度のように感じる、軟弱香川県人。
ああ、こういう日の夜は、暖かい物を食べたい・・・。

と、近所のコープへ行くと、案の定、鍋物セットをここぞ!とばかりに売り込んでいる。
そう、やはりこういう日は鍋がいい。
おでん、たらちり、ブイヤベース。なにを放り込んでもOKなのが鍋の良いところ。
・・・・・・・・ああ、・・・だからこそ、ああいう物が存在するのだな・・・
と、鍋物セットを見ながら思い出す。あるものとは・・・・・・・・・・・・・・・
闇鍋。

実家から大学へ通っていた人はどうか知らないけれど
学生時代、下宿暮らしをしていた人間なら、
皆一度や二度はやったことがあるのではないだろうか?これを。
私もどうしてもいっぺんやってみたくってやってみたくって、
大学3年だか4年だかの冬に、友人に持ちかけてやった。
場所は、下宿生の中でも一番広いアパートに暮らしていた友人の部屋。
参加人数は7人。鍋は、言い出しっぺの私が観念して提供した。
事態によっては、後々使えなくなるかもしれないから腹をくくって提出したのだ。
事前に決めたルールはただひとつ。
<取りあえず食べられる物を入れること>。
そう、スリッパやホースを入れられたのでは、そりゃ面白いけれど、
笑っている間に病院行きになってしまう。

という、おおざっぱな準備のもと、闇鍋決行の日はやって来たのである。

女7人。腹黒い物を微笑みの中に隠しつつ、じゃんけんで勝った者から台所へ。
そこでは出汁を入れた鍋が、フツフツと湯気をあげて待っている。
明かりを落とした台所で、鍋から目をそらしつつフタを開け、ポイッと材料を放り込む。これを順繰りに7回。
最後の者が火を弱火にし、後は適当に煮込むだけ。
やれやれやれ、と我々は別の部屋で酒盛りを始めた。

「なんか臭ない??」
と、誰かが言い出したのは、それからどれくらいたってからだっただろうか?
全員が鼻の穴をふくらませ、顔を見合わせ、スワッと立ち上がった。
駆けつけた台所では、鍋がジリジリとイヤな音を立て、焦げ臭い匂いが、
そしてなんだか非常にヘンテコな匂いが、そこらじゅうを満たしていた。
あわてて鍋を火からおろす。
しかし、闇鍋は続行だ。
酒盛り途中の別室へと鍋を運び、部屋のライト、オフ!!
さあ、闇の中、じゃんけんして、今度は負けた奴から鍋の中身を取るのである。
ちなみに私がこの日持参して放り込んだのは、タラコ。
台所の変な匂いの中に、あきらかにタラコとおぼしき匂いがあって、よく匂うもんだなと感心していた。
しかし匂いだけではなかった。味の方も、鍋一体をタラコが支配してしまっていたのだ。
「誰ぇ〜〜〜?!?タラコなんか入れたん!!」
と皆怒っていた。
当然私も「誰ぇ?!?入れたん!!」と言っておいた。
闇鍋なのだ。事実は闇から闇へ葬り去られれば良いのである。

さて、私のタラコ以外にはどんな物が鍋に放り込まれていたかと言うと、
案外冷凍食品が多かった。
餃子とかシュウマイ。チョコレート入れた奴もいたっけ。
そうそう、なかに一人<あんまん>を入れた奴がいて、これの皮が出汁でふやけ
出汁を吸い、ついには鍋を焦げつかせてしまったらしい。
鍋はおかげで全体が真っ黒コゲになってしまった。(タラコの罰か)
もうこれは廃棄するしかない・・・・・・と思っていたけれど、
部屋を提供してくれた友人が、後日クレンザーでピカピカに磨いて復活させてくれたのにはビックリした。
いい人だとは知っていたけれど、あらためて頭が下がる思いがしたっけ。

あの時一緒にバカな鍋をやった友人達とも、大学の卒業以来なかなか会えない。
卒業以来、一度も会っていない人もいる。
今会って、もう一度闇鍋をやったらどんなことになるんだろう??
ここ一発、張り込んで、フォアグラなんか放り込むバカが出てくるかもしれない。
ちょっと夢だけれど、もう一度やってみたい気がする。
懐かしの闇鍋・・・・・・・・・・・・。

昼:焼き魚(スズキ)、シソ、大根の浅漬け
  ワカメと小松菜の炒め物(ワカメ、小松菜、ちりめんじゃこ)、コーヒー
夜:鍋物の変形で
  豆と野菜のトマト煮込みになる予定


12月5日(水)


「モデムを認識出来ません。モデムを認識出来ません。
モデム付いてないんじゃないの?!このパソコン?!!
フンッ!!!!!」

・・・・・・・・・と、夫のパソコン内でLinuxが言い続けてはや数週間。
相変わらず手強いぞLinux!な日々である。

夫がGetaWayのパソコンを義父に譲り、自作機の中に二つのOS、
WindowsとLinuxを入れて使い始めたのが一ヶ月前のこと。
以来、Windowsはせっせと働き、たまにウィルスを連れて帰り、
Linuxはというと、その間、冒頭の通りである。ダダをこね続けているのである。

なにせモデムを認識してくれないので、
パソコンでありながらパソコンにあらず、な状態が続いている。
色々な本を読み、コマンドを入力するのだが、
「モデムはない!」の一点張りのこいつ。
「・・・だったらおまえの身体のそこに付いている
(モデムを指し)それは何じゃあ??!!!」

と怒り狂い、星一徹と化してパソコンをひっくり返しそうになる夫だが、パソコンに罪はない。
悪いのはLinuxなのだ。

それにしても、モデムを認識してくれないと、いつまでたってもネットに出られない。
私のパソコンから夫のパソコンへ、下絵を送り、
夫のPCでLinuxの超高性能(多分)グラフィックソフトGIMPを使って
絵に色を塗ったり加工したりしてみたい♪という私の野心は、いっこうにかなえられないままだ。

本を読んでもらちがあかないので、夫もLinux関係のHPへ出かけて
<お助け掲示板>に助けを求める日々。
が、聞いてみると、そのお助け掲示板は夫と同じタコ達が揃って七転八倒している世界だとか。
<タコ>。
Linuxの世界では、ビギナーのことをそう呼ぶそうだ。
掲示板は
「モ、モデムがないって言われます」「モデムがつながらない。ひーっ!」
「助けてください!!!」
・・・何百匹ものタコ達がもだえ苦しむ地獄なのだった。
つまり、モデムが最大の難所、チョモランマのヒラリーステップみたいなものらしいのだけれど
ここまで皆が「出来ない」と言ってるのは、相当問題なのでは・・・・・・・と思ってしまう。
もともとがワークステーション用のOSで、個人ユーザーのことなんて念頭にないし、
ボランティアで開発している人が、ようするにOSを開発出来るほどの人達なんだから
タコにはついていけません!!
な、世界であって当然なのだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
でも!それでもなんとかしたいLinux。そういうタコ達が世の中にはいっぱいいるのだった。

本日も、夫のパソコンは
<ワープロの打てる、表計算の出来る、お絵かきの出来る白い箱>のまま一日を過ごしている。
そしてその箱の中で、ネットにつながらないまま井の中の蛙よろしく、
我がLinuxは暴君のようにワガママ勝手にお過ごしあそばされているのであった。

ったく。今に見てろよ!

朝:ゆで卵、野菜炒め(タマネギ、人参、緑ピーマン)
  サラダ(サニーレタス、トマト、大根)、フランスパン2切れ、オリーブオイル、リンゴ、紅茶
昼:サワラの塩焼き、シソ
  中華風スープ(白菜、人参、シイタケ、マイタケ、しょうが、油揚げ、ほたて貝)
  しょうが入り紅茶


12月2日(日)

・・・・・・・・・・・ドイツとイングランドが両方とも日本で試合をする?
・・・・・・・・・・・・・・うわ、最悪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


と、何百万人の日本人が、昨夜思ったことだろう。
ついにW杯の対戦組み合わせが決まった。

皇太子妃が無事出産。
というニュースは良かったねと思うものの、マスコミがこの話題一色というのは、ちとつらい。
W杯の対戦の組み合わせの方が重大ニュース!!
という人間だってここにはいるのだし。

とういうわけで、W杯。

はっきり言って、ドイツ&イングランドの試合を受けることになった
自治体の警察&商店街組合の方々には本当に気の毒。
くじけずに頑張れ!!としか言いようがない。
でも日本の対戦相手に関しては・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
も、もしかしたら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(本当にもしかしたらだけれど)
予選リーグを突破できるんじゃない?????
という相手になった!神サマありがとうございます!!
チケットの申し込みはこれからだけれども
これで、決勝トーナメントの試合へ申し込む楽しみが出来た!というものだ。
もちろん、チケットが当たる確率なんて、競馬の万馬券より難しいとは思うけれど、
まぁ、宝くじを買うような気持ちで。
ラッタラッタラン♪と。

12月1日(土)


我が実家のすぐそばに、ダリの彫刻がやって来た。
もちろん本物が!

というナイスな新聞記事を、今朝、朝◎新聞の香川県版で見た。

我が実家は、香川県の東部の郡部、O町という町。
ごくごくご〜〜く普通の瀬戸内海地方の町だ。
過疎化と高齢化が悩みの種の。
そのO町、10年ほど前から、町長が奮起して、ちょっとユニークな町おこしを始めている。
それは<人形劇>による町おこし。
町内のとある場所に<西日本唯一の人形劇専門の劇場>を作って、観光の目玉としたのである。
西日本唯一・・・ということは
東日本にはこれと同じ主旨のものがあるということだけれど、
それにしても「人形劇専門のの劇場・・・・・・・・??」
と、最初は誰もが?マークを飛ばしていたと思う。
かくいう私も、何考えているんだろう?と、感じていた。そんなもん作って人が来るの??と。
しかし、これはちゃんと地域に根付いたのだ。
もちろん、町の有志の熱意と努力の結果だけれど、
町内や近辺の町に人形劇のサークルが出来、ここで年に何度かの公演をするようになったし
劇場は、幼稚園や小学校の遠足コース、または課外授業のコースとして定番になっているし、
国内や国外から人形劇団がやって来て公演をするし、
ということで、<他にはないユニークな町おこし>は、今のところまずまず軌道に乗っているのである。
その人形劇場のある一体は
体育館あり、フィールドアスレチックあり、キャンプ場ありの公園として整備もされているのだが
この公園に、野外展示物としてダリの彫刻がやって来たよ!というお話。

彫刻は全部で9体。
スペイン、アメリカの美術館からの2年間のレンタルだと言うことだ。
あああ〜、さすがに買うお金はなかったのね〜〜というところだけれど
レンタルでも素晴らしい。
なんてったって、美術館なんてない、ほんっとに小さな町なんだから。
もちろん、様々な契約書を山ほど交わし、莫大な保険料を支払って彫刻を借りているのだろうけれど、
願わくば<アホゥな不心得者>が、これらにいたずらなどしないことを祈るばかりだ。
こんな地方の小さな町に、大事な作品を貸し出してくれた美術館の人のためにも。

彫刻が展示される公園は、我が実家から徒歩10分弱。
今度実家へ寄る時は、ぜひぜひぜひ行かなきゃね♪
それも出来るだけ早く!!だ。
こういう企画ものは、まだ時間があるわ〜〜などと思っていると、たいてい行き逃すものだから。


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