ネルフ訟務部
第1話
ssrider
私はネルフ直行のリニアに乗っていた。
今は平和な日々が続いている。
先日はこの政府専用列車の廃止が検討されていることが発表された。一般路線のみになるらしい。
そうなるとこの静かな余裕のある車内では無くなり、雑多な電車になるのだろう。
それもまた平和なしるしだ。
そんな事を思いながら、私は仕事の資料を読んでいた。
列車はもうすぐ第三新東京市に到着する。
「シンジ、そんなのことも判んないの?」
車内に大声がした。
私は仕事の資料から目をあげると少年と少女の姿があった。
紅茶色の髪の女の子が最近少し逞しくなって来た少年に何か突っかかっているようだ。
「アスカ、昨日話したじゃないか。今日は魚料理にしようって」
少年もなかなか言うようになったようだ。どうやら今晩のおかずの事らしい。
二人の通称『夫婦漫才』はネルフの名物行事で珍しいことではないらしいが、私は初めて遭遇した。
「ナニ寝言を言っているのよ。明日は体育の授業なのよ?」
「だから?」
「アンタ、バカぁ?魚なんかで、このか弱いアタシの体力が持つわけないじゃない。今日はお肉よっ。当然の選択よね」
「太るよ」
彼は彼女から目をそらしてボソッと言った。
私はそれを聞いてプッと吹き出してしまった。
「何か言った?」
彼女は私をギロッと一瞥した後、彼に抗議する。
「真実だよ」
「バカシンジのくせに〜、最近、アタシに言うようになったわね」
「僕はアスカのことを思って言っているんだよ?」
彼は笑顔を彼女に向ける。なかなか爽やかな笑顔だ。
たぶん、彼は父とは遺伝子の構造が大違いなのだろう。ネルフの七不思議の1つに数えられる所以だ。
彼女は、赤くなって、沈黙した。
「もう、魚屋さんに鮟鱇を注文しているから、今日は絶対お魚だよ」
「アンコウ?あんなガギエルみたいなの食べられるの?」
彼女は、未知なるものへの好奇心とわずかな不安を見せながら彼に尋ねたようだ。
彼は微笑みながら答える。
「おいしいと思うよ?もし、アスカの口に合わなかったら、カレイも注文しているから大丈夫だよ。
カレイの煮つけはコラーゲンがいっぱいだから、美容とか体にいいんだって」
「ふ〜ん、まぁ、それだったら仕方ないわね」
「それと、さっき、ミサトさんから電話があってね、ミサトさんだけじゃなくて、青葉さん達も来るって。
鮟鱇鍋を楽しみにしているみたいだから、もう変更は無理だよ」
彼女は短いため息をついた。
「ふ〜っ、また、宴会ね。まったく、少しは人の迷惑を考えて欲しいわね」
彼女は、ぼやいた。
「そうだよね。また、暴れるんだろうな、ミサトさん。少しは考えて欲しいよ」
「そうね。まぁ、行き遅れの三十路女達は飲むしか能がないのよ。ネルフも今はたいした仕事も無いしね」
「ははっ、もう使徒も来ないからね。でも、そういうことは言ってはだめだよ、ミサトさんに悪いよ」
「真実だからいいじゃない。それじゃあ、今日は早く健診を受けて、さっさと準備するわよ」
その声に、彼は、彼女に優しい微笑を向けながら何か答えた様だった。
その時、列車はネルフのプラットホームに滑り込み、二人は何か話しながら降りていった。
私も、資料を鞄に入れ、ゆっくりと列車を降りた。
「シンジ君とアスカ君は付き合っているのか?」
私は自分のオフィスに戻り、部下に尋ねてみた。
部下達もちょうど休憩したかったのか、話しに乗って来た。
「いえ、別に恋人とかの関係じゃないはずですが」
「仲がいいのか。悪いのか、よく分からないですね。よくケンカもしていますし」
「ケンカするほど仲がいいって言うじゃないか」
私の投げかけに部下が答える。
「あ、でも、それはレイちゃんもですよ。最近、よくアスカちゃんと口げんかしているみたいですね」
別の部下が口を挟んで来た。
「でも、前みたいにギスギスしてないっていうか…いい感じですね」
「しかし、相変わらずアスカ君はシンジ君にだいぶんきついことを言っている様だけどなぁ。
シンジ君あの歳で我慢できるな」
「尻に敷かれるタイプですね」
「お前みたいだな。かみさんとの小遣い増額交渉、即時却下だったんだろ?」
「くっ……そうなんです」
「あはははははは」
くだらない冗談でも和むオフィスはいいものである。
適度な緊張と弛緩、これがいい仕事を生むのである。
失礼、私の自己紹介がまだだったようだ。
私はネルフの首席訟務検事。
ここはネルフの訴訟事件を取り扱っている訟務部であり、私は同部の部長である。
検事というと、刑事事件の検察官を思い浮かべる方も多いと思う。
ネルフは軍事組織の面があることから、私もネルフの組織内においては検察の職権を有しているが、
ほとんどは対国または対民間との民事訴訟を司っている。
まぁ、ネルフの検察官兼顧問弁護士と思っていただければいいだろう。
巷では、ネルフは特権を利用して、国民の権利を侵害しているように言われているがとんでもない。
確かにA−17による資産凍結などの強権発動は行ったことはある。
あの場合は、我々は人類の危機を未然に防ぐという大義を有していたし、
さらには、法に則った適正な手続きであったものである。
しかし、資産凍結により損害を被った人が多くいたことは確かであり、
法的には問題はないといえ、政府はその対応に苦慮し、大きな政治問題に発展した。
その人達からネルフに対して損害賠償請求訴訟が提起されたのはやむを得まい。
また、第七使徒に対するN2爆雷攻撃の結果生じた駿河湾の土地補償・漁業権補償問題や
第三新東京市近郊の水利権の問題も解決しておらず、今も訴訟が継続している。
このように戦闘の結果、何らかの訴訟が提起され、今でも我々が仕事に困ることはないのである。
それはともあれ、ネルフから、全ての使徒が殲滅され、世界の平和は保たれたとするという声明が出されて
もう2年近くになる。
事後処理も進み、ネルフも解体されるという噂も出ている。
それはそれでいいことだと思う。
子供達が命を削る必要がもうないとすれば、これに勝ることは無い。
私たちは、残された残務の仕事に全力を尽くせばいいことだ。
私はそれからしばらくして長期間の海外出張に出かけ、各国の法曹(ほうそう)関係者と会い、協議を行ってきた。
ほぼ、満足のいく成果を得て、日本に戻ってきた。
そして、帰国後、久しぶりに出勤した私は、部下の若い法務官から質問を受けた。
「部長、アスカ君の問題、聞きましたか?」
「うむ。帰国問題かね? 正式に要請が来たそうだな」
「はい。ドイツ連邦から国連事務局にねじ込まれたようですね」
「君達の意見は?」
「アスカ君は超法規的に入国しています。
現在、不法入国とはいえませんが、早急に再入国手続きをとる必要があると考えます。
日本政府としても、本件のような事情による国連職員の再入国手続きについては明確な事由が無い以上、
認めると思います。
ですが、ドイツ連邦から彼女の親権者の意思を理由として除隊と帰国を主張していますので、話は難しいですね。
さらにドイツが日本国や関係諸国に圧力をかけてくることも考えられます。
しかし、アスカ君の国籍はアメリカですから、ドイツ連邦が要求してくる事が正当かどうか……」
「うん、そうだね。とてもナイーブな問題だね」
私は心配そうな部下の顔をみながら答えた。
口は悪いが、前より明るくなった彼女はネルフの人気者であるため、みんな、本当は彼女に帰国して欲しくないのである。
実は、この彼女…アスカ君の問題については、以前から懸念されていた事項である。
以前から法制上の問題について検討の指示が私の許に来ており、
私達が秘密理に作成した検討結果は既に司令に提出していた。
部長室に戻った時、私のデスクの電話が鳴った。
すぐ、私は電話を取った。
「はい、私です。……………………………判りました」
話の内容は予想していたものであった。
電話をフックに戻した私は部下のいる事務室に戻り、大きな声で部員に話しかけた。
「諸君、仕事を中断して聞いてもらいたい」
PCや資料に目を走らせていた部下達が顔を上げ、一斉に私を見る。
「3日後の午前0時を持って、ネルフはA−17を発動する」
「おおっ」
動揺する部下達の顔をみながら私は言葉を繋いだ。
「今回の発動はさらに特殊なものになる。
関係各庁に対する手続きは前回と同じく我々が行うが既存のマニュアルでは対応できない。
そこで…管理官」
私は管理官に鍵を渡した。
「はい」
管理官は机の中のセキュリテイボックスのかぎを開け、中からメモリーカードを取り出した。
そして、自分の端末に差し込み、部員各自の端末にデーターを走らせる。
私は説明を続けた。
「今回のA−17は地域及び効力範囲が限定される。
簡単にいえば、ここ、ジオ・フロント内だけに限りネルフの権限が全てに最優先される。
しかし、我々に対して別組織による監視が入ることになり、厳密には従来のA−17とは別のものと考えてもらいたい。
詳細は口頭では説明しきれないので、諸君の端末に今送った概要とマニュアルを参考にしてもらいたい。
既存のマニュアルでは対応できないので、各関係機関と再調整が必要だ。よく読んでおくように。
行政及び国際課の職員は、至急手続きに入ってもらいたい。また、民事のみんなもサポートよろしく頼む。
ただ、前回と異なり、通常事務はリスケ(Reschedule)できないので、各自の仕事の進行管理にも十分注意して欲しい」
部下の一人が質問した。
「なぜ、今頃になってA−17の発動なのですか?」
その質問について、私はまだ全てを話すわけには行かない。
「その質問に対する答えはマニュアルに記載されている。6時間後に公式発表されるが、それまでは、一応、部外秘だよ。
しかし、今回の内容は極めて穏便なものだ。安心してもらいたい」
「部長からの伝達は以上だ。細かい話は管理官に聞くように。では、各人、すぐに取りかかってもらいたい」
副部長が話を締めくくった。
各人がデスクに戻り、仕事を再開した。
「いよいよですね」
副部長が秘かに私に囁いた。
「そうだね」
そう短く言って、私は湯飲みの茶を喉に流し込んだ。
翌日、プレスリリースが開催された。
ネルフの広報担当官から説明を受けるため多数の記者達がネルフの臨時ミーティングルームに集まっている。
定刻から少し遅れて部屋に入ってきた広報担当官は、長身の男性で眼鏡をかけていた。
一見にこやかに見える表情であるが、その目は眼鏡に隠されており、真意が掴めないようにみえる。
広報担当官の説明の後、質疑に移り、記者達の質問が広報担当官に殺到した。
「今回のA−17の宣言ですが、その理由が我々には理解できません。
前回の時も甚大な経済的被害がありました。平和になった今、必要性があるのでしょうか?」
「そもそもネルフは平和宣言を行っているじゃないですか。今回の宣言は矛盾しています」
記者の鋭い質問に広報担当官が丁寧に答えていく。
「今回のA−17は市民の皆さんの権利を制限するものはありません。
ただ、ジオ・フロントを再開発…いえ、『発掘』するにあたり、必要な処置として行うものです」
広報担当官の答えに記者が噛みつく。
「回答になっていませんね。それならば、現行の体制でも十分ではないですか?」
広報担当官は質問した記者の方を見て、そしてプレス室を見回した。
「現在、我々はエヴァンゲリオンを凍結中ですが、今回の発掘にあたり、1体のみを稼働可能状態にし、
作業に使用する予定です。
そのため、『平和的臨戦態勢』をジオ・フロントに限定して、発動するものです。
今回の措置はこのためのものであり、原則として全国的な資産凍結などの権利制限は一切行われません。
従いまして、今回の発動により市民の皆さんにご迷惑をかけることはあり得ません。
しかしながら、ご存じのとおり、エヴァンゲリオンは兵器として存在していました。
市民の皆さん、また、各国も少なからず不安が残るものと考えております。
全ネルフ支部は既にデーター及び施設の処分をすすめています。
また、この本部において、国連並びに戦略自衛隊を始めとする各国の文官または武官を監視団として迎え入れ、
エヴァンゲリオンの平和利用を監視してもらうこととします。今回はその為の法整備の一つと理解ください」
更に記者達が質問をぶつける。
「そもそもエヴァンゲリオンが必要なのでしょうか?」
「ジオ・フロントの広さをお考えください。まずエヴァンゲリオンなしでは不可能です。
幸い、エヴァンゲリオンの活動のための条件も整っています。
既存施設の利用により、費用も最小限度になると試算されています」
広報担当官は丁寧に質問に答えていく。
「ジオ・フロントの発掘ははたして費用に見合うものでしょうか? ネルフを存続させるための方便じゃありませんか?」
「我々はジオ・フロントの発掘の結果が人類の先史を知る手がかりになるものと確信しております。
お手許の資料にありますとおり、既に世界中の大学・研究所から協力の申し出を受けています。
その点から見ても、これがいかに重要なプロジェクトか、お判りになると思います。
2つ目の質問については、ネルフは、ジオ・フロントの調査を10年以内に終了させた後に、
基本的には解体される予定です。これは次回の国連安全保障理事会により決定されるものと我々は考えております。
また、必要性が無い戦闘関係の部署は近日中に解体・廃止される事になっています。
さらに、付け加えれば、エヴァンゲリオンも、発掘における必要性が無くなり次第、確実に解体・廃棄される予定です」
「先程、期間を10年とおっしゃいましたが、A−17が10年間継続するということですか?」
「いえ、計画ではエヴァの稼働期間は3年としています。したがって、3年間は発動が継続されます。
しかし、必要がなくなればそれ以前に終結しますし、発動期間中はその限定的な内容が変わることはありません」
「でも、ネルフが必ず約束を守るという保証はありません。
別組織に移行する為に更なる勢力拡大を図っているのではないですか?」
「そのため、監視団を迎えるのです。既に日本政府も了解しています。
我々は、今まで使徒殲滅のためには手段を選びませんでした。
ただ、市民の皆さんには多大な損害を与えましたが、必要最低限の止むを得ない損害であったと確信しております。
しかし、私たちが使命を果たした今、今後はそのようなことは許されるわけがありません。
今回、私たちは事前に情報を提供しましたが、今後も市民の皆さんの不安を無くす為、
情報開示の積極的開示を約束いたします。
そのために報道関係者のプロジェクトへの参加も求めることとしています」
「エヴァンゲリオンのネルフの独占に危惧の声が聞こえますが」
「エヴァンゲリオンは確かにネルフが保持しています。
しかし、核と同じで、分散するより集約して、管理そして監視が行われる事が適切と考えます。
そのようなご心配を杞憂とするために、我々と各国の代表団により厳しい管理体制を保持していきたいと考えています」
一人の女性記者が手を挙げた。美しい髪を持つその女性は魅力的で、知性にあふれていた。
広報担当官は、その美しい女性記者にすぐ気付き、指名した。
「ご質問をどうぞ」
「エヴァンゲリオンのパイロットについても情報は開示されると考えていいいのでしょうか?」
広報担当官は女性から目を離し、部屋にいる記者全員を見渡した。
「残念ながら、その件にはお答えできません。我々は彼らのプライバシーを守る義務があります。
したがいまして、彼らについてのご質問には、今後も含めて一切ノーコメントです。ご理解ください」
「しかし、彼らの行った業績についても詳細は発表されておりません。
彼らには何らかの評価が必要なのではないのでしょうか。
少なくとも一連の戦闘内容及びその影響について詳細な発表を望みます」
「人はヒーローを求めているということでしょうか?」
「はい?」
広報担当官は少し言葉を切った。そして、記者の質問の挙手を無視して発言を続けた。
「彼らが未成年者であるということはご存じだと思います。
彼らにつらい戦いを強いたのは誰でしょうか。
そして彼らは楽な戦いをしたのでしょうか?
いいえ、絶望的な状況下において彼らは任務を遂行しました。
彼らの精神的・肉体的なダメージは私たちの想像を超えるものでした」
静まり返った室内に広報担当官の言葉が響く。
「使徒との戦闘の合間に、あるネルフスタッフが一人のパイロットにこう言いました。『あなた達に未来を託している』と。
それに対して、そのパイロットは『勝手な言い分ですね』と答えたのです。そのとおりです。
彼らは、適格者という理由だけで戦いに赴かざるを得ませんでした。
彼ら自身のために、そして私たちのために…」
ここまで広報担当官は、一気に行った後、少し黙った。
「我々は彼らに対して責任を負わなければなりません。
また、その責任は人類全体の責任でもあると考えます。
そして、我々ネルフの彼らに対する目下の責務は彼らのプライバシーを守ることにあります」
あるヨーロッパ系の男性記者が質問した。
「しかしながら、それでは先程の情報開示の発言と内容が伴わないものと言わざるを得ません。
何らかの形で……そうですね、パイロットの権利を保護した上での使徒などに関する詳細な説明を求めます」
「その件は現段階では一切お答えできません。ただし、それはネルフの意思ではなく、国連の総意とご承知おきください」
ざわついた会場では同様な質問がされたが、広報担当官の回答は変わらなかった。
先程の質問をした女性記者が再度質問をした。
「ある筋からの情報ですが、あるパイロットの親権者から国連事務局に帰還要請が提出されており、
それに対して、当のパイロットからは地位保全の申し立てがされているとのことですが、本当でしょうか?
そのことに対してネルフはどのようにお考えですか?」
広報担当官は眼鏡を外し、女性記者に微笑んだ。
彼は、笑うと少し若く見え、人懐っこい感じがした。
ただ、その目は笑いながらもその女性記者を鋭く見ていた。
「申し訳ありません。先程の回答のとおり、ノーコメントです。
しかし、一般的な話として申し上げれば、先程述べたとおり、私たちは彼らを守る為に出来る限りのことを実行します」
「今回のA−17の発動、それもその為ですか? 確かに彼らを拘束できる理由ができますわね」
広報担当官の顔にさらに笑みが広がった。
「はははっ、そのようなことではA−17は発動できませんよ。失礼ながら、貴女も穿った(うがった)見方をされる方ですね」
そして広報担当官は、むっとした女性記者とその他の記者達の挙手を無視して、話を締めくくった。
「報道関係者の参加要綱など詳しい情報は近日中に発表します。
何かご質問等がありましたら、資料にあります私の連絡先までお問い合わせください。
当面は毎日定期的にプレスリリースを行う予定です。
事前にいただいたご質問は極力その時点で回答する予定です。では、今日の会見はこれまでとします」
以上でプレスリリースは終了した。
その記者発表の行われた数日後、訟務部長室に私はいた。
A−17は発動されているが、特に大きな混乱は生じていない。
十分な情報開示と広報を行ったからであろう。
一方、現在係争中の民事訴訟でエヴァンゲリオンや使徒に関する事実を明らかにしようとする動きがあるようだが、
その点の対策は既に訴訟方針に折り込み済みである。
また、万一、その争点のために敗訴になっても損害賠償金ですむ話である。
それに関する情報の開示について、一般市民に当事者適格はない。我々も開示するつもりは毛頭ない。
いや、開示できないと言ったほうが正しい。知らないことが幸せなこともある。
その点では、ネルフは、いまでも合法的な秘密集団かもしれない。
そう言う事を考えながら、私は電話を待っていた。
しばらくして、電話がなった。
「はい、私です。……………………判りました」
私は簡潔に答え、電話をフックに戻した。
スーツのボタンをとめて、私は部屋に副部長と検事達を呼ぶ。
待機していた俊英の検事達が部屋に集まった。
「諸君、いよいよ始まるよ」
みんなは黙って頷いた。
「しばらく私はそちらの専任となる。みんな、よろしく頼む」
「はい」
「これからは、特に重要な事項のみ副部長に、その他の権限は管理官に全て委任する。
私には事後報告のみでよい。副部長、お願いします」
「はい、判りました」
そして、みんなが退出した後の部屋で一人になった。
私はやめていた煙草が無性に吸いたくなった。
『これから……だな』
お茶を飲みながら私は祈りたくなった。
事実を立証していく訴訟事務には祈りは不必要だ。
そのことはよく分かっていた。
しかし、祈らざるを得なかった。彼女のために。
そのとき、既に彼女の戦いは始まっていた……