「あれ、アスカ、ここにいたんだ」

 シンジが、アスカに声をかける。

 「うん、ちょっとね」

 アスカが簡単に、でもしっかりとシンジを見て答える。

 シンジは少しビックリしたようだったが、すぐにアスカに笑顔を返した。 

 

 

夏の鈴の音

後編

ssrider

 

 

 アスカ達は訪問先を辞し、家路につく。

 「シンジ、ゲーセンに行かんか」

 トウジがシンジを誘った。

 「鈴原、碇君は忙しいの。それに…そんな時間はないでしょ」

 ヒカリがトウジをたしなめる。ケンスケはキラリと眼鏡を光らせた。

 「トウジ、洞木さんの言葉、何か意味ありげな言葉だな」

 トウジは慌てて答える。

 「いや、別にイインチョと約束しとるちゅうことはない…」

 「バカ」

 「イテェ」

 トウジはヒカリから脇腹をつねられたようだ。

 ケンスケはトウジ達のことは素知らぬ顔をして、今度はシンジに向かって言った。

 「シンジ、今夜は一緒に花火に行かないか?」

 「ゴメ…」

 「ダメよ、シンジはアタシと約束しているから」

 シンジが答える先にアスカが先に答えていた。

 「なんだよ。やっぱり、お前らもか」

 そして、踵を返す。

 「じゃあ、ここでお別れだな。二人とも仲良くな」

 「ケンスケ、すまん」

 「ごめん」

 「あぁ、じゃあな」

 「シンジ、わしらもここで」

 ケンスケが去り、トウジ達も去って行った。

 

 

 しばらく、アスカとシンジは黙って家に向かって歩いていた。

 そして、木陰の下でどちらともなく歩みを止めた。

 「ねぇ、シンジ(アスカ)」

 二人の声が重なる。

 アスカの話を遮ったと思ったシンジはアスカに謝った。

 「ゴメン」

 「それより何よ、話しなさいよ」

 「アスカこそ話したい事があったんだろ?」

 「そうだけど…いいわ、アタシから話す」

 歩みを止め、アスカはシンジの前に回った。

 「シンジ、今日、…アタシと一緒に…花火大会に…行かない?」

 アスカは少し赤くなって話す。

 「さっきケンスケにそう言ったよね。でも、あすか、なぜ急にそういうことを言うの?」

 「理由はどうでもいいでしょ。シンジ、アタシと行きたいの?行きたくないの?どっち?」

 「そりゃ、行きたいさ」

 シンジは笑顔で言った。

 「良かった〜。」

 アスカは一言言うなり、笑顔を満開にさせてシンジに飛びついた。

 シンジも真っ赤になる。

 「あ、あ、アスカ」

 「えっ、あっ。これは……」

 アスカは慌ててシンジから身体を離し、更に真っ赤になる。そして意味もなく手をばたばたさせた。

 それを見たシンジは、くすっと笑った。

 「何笑っているのよ!」

 アスカはシンジに怒ったように言う。もちろん、怒っている訳ではなく、照れ隠しだけなのだが。

 シンジは、アスカに微笑みながら言う。

 「いつもそうしていたらもっと可愛いのに」

 『可愛い…アタシが?』

 シンジの笑顔と言葉にアスカ、完全に沈黙した。

 それを見たシンジは穏やかに話しを続ける。

 「僕の話はね、今日の花火大会に改めて誘おうかなと思ったんだ。
  この間、浴衣を買った時に思ったんだけど、言う勇気が無くて……。
  昨日、アスカに先約があるって聞いた時、自分に腹が立ったよ。
  それで、洞木さんに朝、電話して訳を話したんだ。
  そして、洞木さんに僕がアスカを誘っていいかって。
  今日はずっとアスカを誘いたいと考えていた……でも、結局は言いだせなかったけど。
  ごめんね。」

 「シンジ、なぜアタシを誘いたいと思ったの……いや、この質問パス。聞かなかった事にして」

 アスカはシンジから目を逸らした。

 シンジはアスカを見て思う。

 『ここで逃げちゃダメだ。はっきり言うんだ。』

 そして、アスカを見つめて話す。

 「アスカ、僕はアスカが大好きだよ。もっと一緒に居たいし、もっとアスカを知りたい。
  そして、……アスカを独り占めしたい。
  だから、僕と…つきあって欲しいんだけど。だめかな?」

 アスカは黙っていた。シンジは辛抱強くアスカの返事を待つ。

 アスカはしばらくうつむいていたが、紺碧の瞳に強い意志の光をたたえてシンジを見た。

 そして、語り始めた。

 「アタシ、意地っ張りで自分に正直になれないことが多いの。自分でも嫌になるくらい。
  だけど、絶対シンジと一緒がいい。シンジが好き。
  これだけはアタシの確かな気持ちなの。」

 アスカは突然シンジの腕の中に包まれる。

 「やった!アスカ、ありがとう」

 突然抱きしめられたアスカはちょっとびっくりした。

 「あっ、ごめん。その……うれしかったから、つい」

 シンジはすぐにアスカを離す。頭を掻きながら言い訳をした。

 「うん。ちょっとびっくりしただけ」

 「ごめん」

 「馬鹿シンジにしちゃあ、やるじゃない。
  まぁ、他の男だったらびんたの一つでも食らわせるところだけど、今回は許してあげる。
  ほら、準備があるからもう帰らなきゃ」

 シンジは微笑み、答えた。

 「うん、そうだね。」

 そうして二人は家路につく。

 その距離は少し近くなっていた。

 

 

 夕方、日が暮れた頃、シンジは市立体育館の前の広場に待っていた。

 シンジは千草色の無地の浴衣に白緑の帯。下駄の鼻緒も浴衣に合わせて青い。

 アスカの見立てで買った(無理やり買わされた)ものである。

 なかなかの男振りで、花火会場に向かう女の子達からも注目されていた。

 そうこうしているうちに花火の打ち上げ開始時間が迫ってきた。

 『アスカ遅いな……女の子ってどうして遅いんだろう。』

 シンジはそう思いながら待っていた。

 

 しばらくして、

 「シンジ〜」

 アスカの声にシンジは振り向いた。

 そして、アスカを見たとたん、フリーズしてしまった。

 アスカは、花を散らした空色の浴衣を真朱の帯できりりと締め、
 真夏の暑い空気の中で爽やかな涼しさを醸しだしていた。

 「ごめん。待った?」

 アスカがシンジの前に立つ。

 シンジはアスカを見つめたまま曖昧に返事をした。

 「あ、う。うん」

 シンジの返事にアスカは少し不安げな表情をする。

 「アタシ、何かおかしい?」

 「違うよ、あまり…その、とても…き、綺麗だから」

 シンジは照れながらも正直に思ったことを言う。

 「本当?」

 アスカは不安げな表情から一転して本当にうれしそうな表情を浮かべた。

 その表情の変化は、『一瞬にして大輪の花が咲いたような』とも表現すればいいのだろうか。

 シンジは更に眩しそうにアスカを見た。

 アスカはそんなシンジを見て、胸の中でつぶやく。

 『シンジが綺麗だって言ってくれた。シンジの為にがんばったから…うれしい』

 アスカを見つめていたシンジは笑顔を見せて言った。

 「もう始まるよ。行こうか」

 「うん」

 二人は花火会場に並んで歩き始めた。 

 

 

 二人は湖畔のボートハウスの中庭にいた。

 ここは、花火の打ち上げ個所からもっとも近く、よく花火が見える場所としてなかなか人気がある。

 すでに打ち上げが始まっていて、花火は夜空を鮮やかに彩っていく。

 そこで二人は並んで花火を見ている。

 花火を見ているアスカの髪から女の子特有の柔らかな香りがしていて、

 シンジは『女の子って、いい匂いがするんだな。』と思ったりしながら花火を見ていた。

 花火は次第に佳境に入っていく。

 アスカは夜空に咲く色とりどりの華に見入っていた。

 「シンジ、ほら見て見て。ハートの花火よ」

 「すごいわね。今度も大きいわ。きっと」

 子供の様にはしゃぐアスカの顔を花火が照らしている。

 シンジは、そんなアスカの横顔を見つめながら自分の気持ちが加速していくのを感じていた。

 抱きしめたくなるような感情。

 いつしか花火よりもアスカの横顔を見つめていた。

 そんなシンジの視線に気がついたようにアスカがシンジを見た。

 「どうしたの?シンジ」

 シンジの方に顔を向けて、微笑むアスカ。その端正な顔に花火の光が当たる。

 

 アスカはシンジの視線に気づいていた。

 でも、なかなかシンジを見ることができない。

 今日のシンジはなんだか急に大人びて見えて、なんだか恥ずかしい。

 『アタシ、弱くなっちゃったのかな』とも思う。

 でも、見られることが気持ちいい。

 『もっと見てほしい。』とも思う。

 そして、自分を見ているシンジの表情を確かめたくって、アスカはシンジに笑顔を向けた。

 

 シンジはアスカの笑顔を見て、『アスカって、本当に綺麗な女の子だ。』と思う。

 そして、愛しい気持ちが抑えられなくなってしまった。

 シンジはアスカの肩に両手を軽く添え、アスカの顔に自分の顔を近づける。

 『えっ、えっ』

 アスカはあわてた。

 『ち、ちょっと、シンジ。まだ、心の準備が……』

 シンジの顔が迫ってくる。

 『でも、シンジが望むなら……違う、アタシはシンジを好きだから…いいよ』

 アスカは目を閉じた。

 

 時間が止まる。

 音が消える。

 

 シンジとアスカは二人だけになった。

 花火が上がり、一瞬、光が一つのシルエットを浮かび上がらせ、また、消えた。

 

 

 花火大会も終わり、みんな一斉に帰宅の途に就く。

 今年も昨年以上の人出のようで、混雑は結構なものである。

 アスカとシンジは手を繋いで歩いていた。

 

 アスカは夜店の前で足を止めた。屋台では風鈴が涼しげな音をたてている。

 「アスカ、欲しいの?」

 シンジが聞く。

 「うん、それとちょっとね」

 考えながら答えたアスカは急にシンジの方を向くと、小悪魔の笑みでねだる。

 「ねぇ、アタシのはシンジが買ってくれるのでしょ?」

 すかさず、屋台のお兄さんが声をかけた。

 「お兄ちゃん、きれいな彼女だね。ぜひ今夜の思い出に買ってあげなよ」

 今夜の思い出という言葉に真っ赤になる二人。

 それを見た屋台のお兄さんはからからと笑う。

 「いや、青春だねぇ。俺もうちのかあちゃんとつきあっていた頃を思い出すぜ。
  少しまけておくからどれでも好きなのを選びな」

 

 シンジは赤い彩色がされたガラスの風鈴をアスカに選び、アスカはそれとは別に青いものを一つ買った。

 「はい、釣りの1千万両だいっ。毎度っ! 暗いから気をつけて帰りな。
  いや、お二人さんは暗い方がいいか?」

 回りから笑いが起きる。

 「ありがとうございます」

 律儀にシンジはお礼を言い、また、笑いを誘う。

 「バカ」

 アスカは真っ赤になってシンジの脇腹を小突いた。

 

 二人が去った後、屋台のお兄さんは煙草に火を着け、つぶやいた。

 「夏ももうすぐ終わりだな。末永く仲良くだぜ、お兄ちゃん達」

 

 

 

 翌日、アスカはシンジの自転車の後ろに立って二人乗りしていた。

 向かっているところは昨日の家。

 

 古い家の門に入り、開け広げている玄関で声を上げた。

 「「こんにちは」」

 二人の声に応じて、昨日のおじいさんが出てくる。

 「はい、どちら様かな。おお、昨日の学生さんじゃな。今日は何か? 忘れ物かな?」

 アスカがおじいさんに来訪の目的を告げた。

 「こちらのちっちゃいお嬢さんにお土産を買ってきたんです」

 「ほ?今はうちには小さい子供はいませんがの。何かの間違えじゃないですかの?」

 「いえ、奥の縁側で、5〜6歳くらい青いワンピースを着ていた女の子と昨日話をしたんです」

 おじいさんの眉が上がる。

 「奥の縁側ですか…そうですか…まぁ、お二人ともお上がりなさい。お茶なぞ進ぜましょう」

 そして、二人は奥の座敷に通された。

 冷たい麦茶が出される。

 「どうぞ、今日も暑いですなぁ。コーラなどというものはありませんが麦茶でよければお飲み下さい」

 「「いただきます」」

 喉が渇いていた二人は麦茶で喉を潤した。

 「お嬢さん。昨日、女の子とはそこの縁側で話したのかな」

 「そうですが…そうそう、『いのち短し恋せよ少女』って唄を歌ってくれました。それも4番まで」

 おじいさんはウンウンと頷きながら話を聞いていた。

 「お嬢さん」

 「アスカと呼んでください」

 「それでは、アスカさん、信じて貰えるかどうかわかりませんが…
  その女の子はうちの守り神、座敷童(ざしきわらし)様じゃ」

 「それって、幽霊?昨日の女の子は普通だったけど」

 「いや、神様じゃ。妖怪という説もありますがの。我が家では神様としております。幽霊ではありません。
  ところで座敷童様がでてこられた時、鈴の音が聞こえませんでしたかの?」

 「そういえば……聞こえた」

 「本当?」

 シンジは気味が悪そうに辺りを見渡した。

 「ほっほっほっ、怖がることはありませんよ。特に何もしませんから。
  柳田国男の遠野物語をご存じですかな」

 おじいさんの質問に二人は首を横に振った。

 「座敷童様は、旧家に住み、子供の姿をしているといわれておりましての、
  座敷童様のいるあいだは福運に恵まれ、退散と同時に家運が傾くと言われております。
  いわば福の神というか守り神というものかもしれません。
  最近では東北の旅館にもお出でになるということを聞いたことがありますがの」

 アスカが質問した。

 「でも、青いワンピースを着ていたわよ。神様にしろ妖怪にしろワンピース着るかしら」

 「ほっほっほっ、その東北の旅館の座敷童様は青いチャンチャンコを着ていましての、
  そのチャンチャンコは、東京から来た若者がお供えしたもので、それを着て遊んでおられたようです。
  子供の神様ですからワンピースなどは喜んで着るかもしれませんな」

 シンジがおじいさんに尋ねた。

 「おじいさんは会ったことがあるのですか?」

 「はい、50歳前の頃、大病した時にここで寝ていたら、
  女の子が枕元で心配そうに見ていたことがありました。
  快癒した時に家人に尋ねてみましたが、誰もその女の子を見たことがないということでしてな。
  私はその女の子が先祖から伝え聞いていた座敷童様と思っています。
  それに、座敷童様はたまに歌を歌うようなんですわ。
  といいますのも、孫が聞き慣れない歌を歌っていたので、私の息子…その子の父親ですな…が聞いてみると
  『おじいちゃんの家で知らないお姉ちゃんが教えてくれた。』と答えたとのことでしたわ。
  その歌が『いのち短し恋せよ少女』なのですわ」

 「そうですか。不思議な話ですね」

 「ほっほっほっ、私らは生活の一部ですからの。あまり不思議とも思いませんがの。ほっほっほっ」

 「おじいさん」

 アスカが話す。

 「アタシ、昨日、少し落ち込んでて、座敷童様から励ましてもらったの。
  御礼に風鈴買ってきたのだけど。ここに掛けさせてもらえますか?」

 おじいさんはうれしそうに頷いて、答えた。

 「座敷童様とお会いしたのは、最近では孫以外、アスカさんしかいません。
  それはうれしいお話ですな。ぜひ、お願いします」

 

 アスカとシンジは風鈴を縁側につけた。

 風鈴は涼しげな音をたてる。

 アスカ達は晴々とした気持ちになった。

 

 用件が済んで、アスカ達は帰ることとした。

 「じゃあ、おじゃましました」

 「はいはい、こちらこそ感謝いたします。また、遊びにおいでください」

  「「失礼します」」

 そのときだった。

 

(ちりん)

 

 鈴の音。

 そしてあの女の子の声がアスカの耳に届いた。

 「お姉ちゃん、良かったね。お土産ありがとう」

 アスカはあわてて回りを見渡したが、女の子の姿はなく、声ももう聞こえなかった。

 「シンジ!、今聞いた?」

 「ううん、なにを?」

 「アスカさん、何か聞こえましたかの?」

 「今、確かにあの子の、座敷童様の声が聞こえた」

 「ほっほっほっ、それは良かった。喜んでいらっしゃったでしょう?」

 「はい」

 「座敷童様はアスカさんの優しい心がうれしかったのでしょうな。ぜひ、またお出でください」

 「はい、ありがとうございます」

 

 

 そして、アスカとシンジはおじいさんの家から出て、来た時と同じように仲良く帰って行った。

 風鈴が涼しげな音をたてている夏の日のことだった。

 

 


おしまい

2003.1.8 改訂        

 

戻 る


ごあいさつ   ※注 自由LAS同盟に掲載時のものです


夏ももうすぐ終わりですね。 
今回は、盆休みを利用して季節ものを手がけてみました。
でも、欲張り過ぎて、中途半端になったことは否めません。
少し反省しています。

今日、推敲中に座敷童、座敷童子どっちの表記がいいのかネットで見てみましたら
レイの座敷わらしシリーズがあるのを知りました。
そっちのほうが面白そう(笑)。
まぁ、その話しは置いといて、ここの座敷童様はレイではありません。念の為。

アスカ達の浴衣のイメージは、とみゅーさんのCGからいただきました。
感謝しております。とみゅーさん。
そのCGはとみゅーさんのサイトに素敵なSSとともにあります。
まだでしたらぜひご覧ください。(注 とみゅーさんのサイトは閉鎖されました)

現在、公私共に忙しくなってきているので、執筆もぼちぼち行きたいと思っています。
今後ともよろしくお願いします。

では。また。