今日も暑い一日

 蝉の鳴く声が夏を過剰に演出する。

 刺すような日差しの中、二人の少女が歩いていた。

 二人とも相当な美少女だが、1人はどことなく元気が無かった。


 「暑いわね。アスカ」

 「………」

 「元気だして。ね?」

 「………」

 「アスカ?」

 「ヒカリぃ〜」

 アスカがヒカリの方に顔を向けた。


夏の鈴の音

前編

ssrider

 



 アスカの元気のない理由は昨日のマンションでの出来事。

 

 昨日、アスカとシンジとミサトは夕食をとっていた。

 ミサトは冷蔵庫を開け、プルタブを起こす。

 そして、一口飲むと、突然何か思いだして、シンジに話しかける。

 「シンちゃ〜ん、明日何があるか知ってるぅ?」

 アスカは我関せずの風情で食事をしていたが、ミサトの言葉に微妙に反応したのは隠せなかった。

 ミサトはアスカの反応を見て、秘かにニヤリとする。 

 「明日は土曜日ですけど……」

 「曜日じゃないのよ。 ほら、明日は大花火大会じゃないの」

 「そうですね」

 「『そうですね』じゃないわよ。 ちゃんとデートの約束したの?」

 「僕ですか?」

 「シンちゃん以外、ほかに誰がいるのよ〜。で、したの?」

 ミサトはニヤニヤしながら徐々に言葉の罠を狭めてくる。

 「誰とですか?」

 「何トボケているのよ?いるじゃない。 シンちゃんの想い人がすぐそばに」 


   “バン!”

 アスカが麦茶を入れたコップをテーブルに置いた後、 「ごちそうさま」 と言って席を立とうとした。

 

 「あら、アスカ、逃げるのかなぁ?」

 ミサトはアスカに目標設定したようである。

 アスカはキッとしてミサトに反攻する。

 「逃げる?バカ言わないで欲しいわ。 アタシはつまんない話には興味がないだけよ」

 「そうかしら〜?」

 ミサトの瞳が細くなる。

 「アタシは、シンジが誰と花火大会に行こうと興味がないし、関係もないわ」

 「ふ〜ん、そうだったのぉ。 お姉さんの見間違えかなぁ〜。 誰かさんが昨日楽しそうに浴衣を試着していたのは」

 更にミサトはアスカを追い詰める。

 「みっ、見てたの?」

 アスカは瞬時に真っ赤になる。

 そして、慌てて否定した。

 「あ、あれは違うわよ。 あれは…… ヒカリ、そう、ヒカリ達と一緒に行くからよ」

 「その割には、誰かさんの顔、へらへら〜としていたわね」

 「そ、それは……」

 その時、シンジがミサトに声をかけた。

 「ミサトさん、明日、僕はトウジ達と約束していますから…」

 「ありゃ?」

 アスカをからかっていたミサトが、シンジの言葉に意外な顔をする。

 「だから、ミサトさん、あまりアスカを…」

 「シンジ」

 シンジの言葉を遮り、アスカがシンジに言い放つ。

 「アンタが早く答えないから、ミサトが気を回して変なことを聞くのよ。誰がアンタなんかと…」

 「ははっ、そうだね」

 「ミサトもわかったわね。じゃ…」

 と言い、アスカは自分の部屋に戻って行った。

 


 沈黙の時間が流れ、その後、少し寂しそうに後片付けをするシンジの後ろ姿を見ながら、

 『ちょっち、まずったわね。』 

 と思いつつ、ミサトは苦くなったビールを口に入れた。

 





 その夜遅く、アスカはヒカリと電話していた。

 「どうしよう〜ヒカリ、ねぇ」

 「ねぇって、アスカ、自分で碇君にそこまで言ったら…」 


 ヒカリも困惑していた。

 長時間、同じ話題でそれも答えが出ない話をするのはつらいものである。


 「でも、不可抗力だったのよ。売り言葉に買い言葉だったし」

 「不可抗力って、アスカが自分で余計なことを言ったんでしょ」

 「ヒカリ〜、そんな…ひどいじゃない」

 「だったら、なぜ碇君に『一緒に行こうよ』って言わないのよ」

 「でも、シンジは鈴原達と行くって」

 「アスカ、鈴原は碇君とは約束していないわよ」

 「だって、だって、シンジが言ったんだよ」

 「そうだけど…でも、…鈴原は私と約束しているから(ぽっ)」

 「えっ、そうなの。シンジ、アタシに嘘をついたわね。さては…他の女と…いや、ファーストかも」

 修羅の顔になるアスカ。

 ヒカリは今日二桁目のため息をつく。

 「ふぅ〜、アスカ、碇君がそんな器用な人じゃないくらいわかるでしょう。
  アスカがからかわれているのが我慢できなかったのよ」

 「じゃあ、シンジが『アスカと行きます』って、ミサトにはっきり言えばそこでお終いになるじゃない。 
  結局、シンジはアタシとは行きたくなかったんだわ」

 「違うと思うけど」

 「どこが違うのよ」

 「その前にアスカから『関係ない』って言われたら、誘えないわよ」

 「うっ………」

 「あのね、アスカ、そもそもこの間、碇君に買い物につきあってもらって浴衣を買ったでしょう。
  そして、無理矢理、碇君にも買わせたわよね」

 「無理矢理じゃないもん」

 「………まぁ、その話はおいといて、その時に約束すれば良かったじゃないの」

 「だって、そういうことは男の子から言ってくるものだし、浴衣を買った時にアタシから話したら下心丸出しじゃない」

 「下心って……、じゃあ、今からでも碇君に話したら」

 「それが出来れば電話なんかしないわよ」

 ヒカリは心の中で『そうよね』と相づちを打つ。

 しかし、それを言ったら話が続かない。

 だから、無駄とは思いつつ、引き続き提案する。

 「明日の朝に言ったら」

 「だから、出来ないってさっきから言っているじゃないの」

 「じゃあ、鈴原から言ってもらう?」

 「ダメ〜っ、絶対だめっ。鈴原達に言ったらヒカリでも承知しないわよ」

 「わ、わかったわ。でも、明日、夏休みの研究課題を碇君達と一緒にすることになっているでしょう」

 「研究課題って」

 「ほら、みんなで、昔から続いている由緒ある家の歴史を調べるって決めたじゃない」

 「あ…」

 「一緒に行ける?」

 「……別々がいい」

 「一人で行くの?」

 「ヒカリも一緒」

 「はいっ?」

 「ヒカリ、お願い。何とか理由をつけて二人で別に行こう。ね。」

 「はぁ〜」

 ヒカリは、また、ため息をつき、アスカに諭すように話す。

 「だめよ。それじゃ、グループ研究にならないわよ。」

 「え〜っ、そんなぁ」

 「別行動をとると、碇君からかえっておかしく思われるわよ。」

 「う〜ん。ヒカリ、どうしよう」

 ヒカリはアスカのエンドレスな話に、また、ため息をついた。



 


  翌日の朝

 「おはよう」

 アスカは全く冴えない顔で部屋から出て来る。 そして、冷蔵庫からミルクを取り出し、コップに注いだ。

 「おはよう、アスカ」

 シンジがいつもの様子で朝のあいさつをする。 もう朝食もとり、出かける前のようであった。

 「洞木さんからさっき、電話があったよ。今日、予定通りだって。
  で、その前に用事があるからアスカにもつきあって欲しいといっていたよ」

 アスカは、腰に手を当ててミルクを飲みながら、シンジに短く答える。

 「ふ〜ん」

 シンジはアスカの朝食の支度をしながら話を続ける。

 「僕もトウジから電話があって、ちょっと行くところがあるから先に行くよ」

 「わかったわ」

 「ミサトは?」

 「ぼくが起きた時にはもう出かけたみたいだね」
 

 優秀な指揮官様は状況不利な戦線から早々に離脱されたらしい。


 「そう。あの、シンジ……」

 「何?」

 「あの……今日の天気は?」

 アスカは正直に言えない。

 「晴れだよ。今日も暑くなるからアスカも日射病とか気をつけて」

 「うん」

 食事の準備を手早く整えたシンジは微笑みながらアスカに言った。

 「トウジたちとの待ち時間もすぐだし、そろそろ先に行くよ。後片付けは帰ってするからそのままにしておいてよ」

 「そっ、アリガト」

 アスカの言葉にシンジは再度微笑み、そして家を出て行った。 



 ドアの音でシンジが家を出て行った事を確認したアスカは寂しそうな顔をした。

 「やっぱり、言えない」

 ぽつりとつぶやく。

 そして、アスカはテーブルに頬をつけて、ぼんやりとシンジの用意してくれた食事を見た。

 おいしそうな朝食が目の前に並んでいたが、食欲は湧かなかった。







 数時間後、アスカは、シンジ達との待ち合わせ場所である見学場所にヒカリと一緒に向かっていた。

 「暑いわね。アスカ」

 「………」

 「元気だして。ね?」

 「………」

 「アスカ?」

 「ヒカリぃ〜」

 アスカがヒカリの方に顔を向けた。

 「アスカ、私達が出来ることはここまでよ。あとはアスカ自身で解決して」

 「そんなぁ」

 「だめ。アスカがまいた種でしょう。アスカが刈り取るのよ」

 ヒカリはアスカに厳しく言う。 それはアスカを大切に思うから。

 「……うん。ごめんね」

 アスカはヒカリの真意を判っていた。

 「アスカ、大丈夫よ。うまくいくわ。」

 ヒカリは何故か自信満々でアスカを励ました。




 


 訪問である旧家に着いたアスカ達はシンジ達と合流して、その家の当主から話を聞いていた。

 アスカはシンジから離れて座っていたが、視界の隅でシンジの姿をとらえていた。

 「…………ということで、私で15代目ですわ。
  そして、この家は増築や改装をしてますが、母屋は江戸後期からつづいています。」

 その家の当主である白髪の温厚そうな老人がシンジ達に家の歴史などを説明していた。

 「何年ぐらい経っているのですか?」

 ヒカリが聞く。

 「確か200年ちょっとになりますかな。」

 おじいさんの答えにトウジが思わず声を上げる。

 「古いなぁ。どうりでカビ臭い訳や」

 「鈴原くん!」ヒカリがたしなめる。

 「いやいや、若い人にはそうかもしれませんなぁ。蔵にはもっと古いものがありますよ。興味があれば案内しますが。」

 ケンスケが答える。

 「お宝ですか。ぜひ見せて下さい。」

 「ほっほっほっ、お宝なぞはありませんが、昔の民具なぞはありますから見ていかれるとよろしい。
  けっこう珍しいものもあります。 どれ、案内しましょう。」 

 みんなが立ち上がり、おじいさんの後をついて部屋を出た。

 ぼーっとしていたアスカも、慌てて立ち上がり、みんなの最後尾について部屋を出る。

 でも、アスカの歩みにはいつもの元気が見られなかった。 




 玄関から靴を履いて、中庭に入り、蔵に向かう途中で、ちりんと鈴の音がした。

 アスカがその方を見てみると、縁側に少女が座っている。

 5〜6歳くらいの女の子で、淡いブルーのワンピースを着ていた。

 『ここの子どもかしら』

 ちらっとそう思いながら、みんなの後を追いかけようとしたアスカに、少女は話しかける。

 「お姉ちゃん。お話しをしない?」

 「え」

 アスカは、シンジ達の後ろ姿を見ながら、その足を停めていた。

 再度少女は話しかける。

 「お姉ちゃん。私と少しお話しをしよ」

 「うん……まぁ、いいけど」

 なぜかアスカは少女と話す気になっていた。

 少女の言葉に素直にうなずくと、少女の隣りに座る。

 アスカはなぜか素直なそして爽やかな気分になっている事に気付く。

 蝉の鳴き声が止まった。


 「お姉ちゃん、さっき、あの優しそうなお兄ちゃんばかり見てたでしょう?」

 「うん」

 「お姉ちゃんの恋人なの?」

 「ちがう」

 「好きなんでしょ?」

 「そう……かもしれない」

 「いいなぁ。あんな優しいお兄ちゃんとラブラブだったら」

 「でも、シンジがアタシを好きかどうかは判らないのよ」

 「私はお姉ちゃん達はお似合いだと思うなぁ。 今日の花火大会には一緒に行くんでしょ?」

 「……行かない」

 「どうしてなの?」

 「アタシがつまんない意地を張って、シンジに嘘をついて、行けなくなったの…」

 「そうなんだ。……う〜ん、あのね、お姉ちゃん、 『いのち短し恋せよ少女(おとめ)』って唄知ってる?」

 「ううん」

 「昔々の唄なの。じゃあ、歌ってみるからよく聞いてね」

 女の子はしっかりときれいな声で歌いはじめた。

  いのち短し 恋せよ少女
 朱き唇 褪せぬ間に
 熱き血潮の 冷えぬ間に
 明日の月日は ないものを

 いのち短し 恋せよ少女
 いざ手をとりて 彼の舟に
 いざ燃ゆる頬を 君が頬に
 ここには誰れも 来ぬものを

 いのち短し 恋せよ少女
 波に漂う 舟の様に
 君が柔手を 我が肩に
 ここには人目も 無いものを

 いのち短し 恋せよ少女
 黒髪の色 褪せぬ間に
 心のほのお 消えぬ間に
 今日はふたたび 来ぬものを

 アスカが拍手をする。

 少女は少し得意気な顔になった。

 アスカが感想をいう。

 「上手ね。すこし言葉が難しいけど、だいたい判るわ。いい唄ね」

 「うん、私好きなんだ。これ」

 「おじいちゃんに教わったの?」

 「へへっ。内緒」

 「『いのち短し恋せよ少女』か。そうよね」

 ウンウンとアスカはうなずいた。


 その時、

 「アスカ、いるの?」

 という言葉とともに庭にヒカリが姿を現し、アスカの注意はそっちに向けられた。

 「アスカ、探したわよ」

 「あぁ、ヒカリ、ごめんね。ここの子供と少しおしゃべりを……あれ? いない」

 「子供って、人が心配していればそんなことだったの」

 「確かにいたんだけど……それより、ヒカリ、『いのち短し恋せよ少女』って知ってる?」

 「確か大正時代の唄で、1952年の黒沢映画『生きる』で、俳優の志村喬演じる主人公渡辺勘治が歌ったのが有名ね。
  あと、田河水泡の漫画『のらくろ』でものらくろが歌っていたようだったけど。その唄がどうかしたの?」

 「そ、そうなの……よく知っているわね」

 ヒカリの説明は的確であったが、少し問題があるようである。

 気を取り直したアスカがヒカリに言う。

 「まぁ、いいわ。ねぇ、ヒカリ、アタシ、今晩浴衣を着るから着付けを見て欲しいんだけど」

 「そう!頑張る気になったのね。もちろん、いいわよ。」

 「お願いね。美人薄命と言うし、短い人生、前向きに行かないとね。」

 「それで、『いのち短し恋せよ少女』なのね。」

 「うん、あとはシンジね。どのように誘おうかなぁ。」

 「アスカ、自然よ。自然。 あまり力むと、また退屈だからとか言ってしまって失敗するわよ」

 ヒカリはアスカの性格をよく把握しているようである。

 「う〜ん。そうね。自然に、か。それが一番難しいのよね」

 「そうだよね」


 その時、蔵からシンジ達が帰ってきた。

 「あれ、アスカ、ここにいたんだ」

 シンジが、アスカに声をかける。

 「うん、ちょっとね。」

 アスカが簡単に、でもしっかりとシンジを見て答える。

 シンジは少しビックリしたようだったが、すぐにアスカに笑顔を返した。 

2003.1.8 改訂

 

 

つづく

 

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