LAI−LA

第7話

 

 

シンジはあせっていた。

全く、アスカの行き場所が判らないからだ。

マンションにも帰っていない。ヒカリの家も誰もいなかった。

それに今、シンジは携帯もコインも持っていない。

したがって、ミサトやヒカリ、トウジたちにも連絡を取りようがない。

自分しか頼れる者はなかった。

 

シンジは、道行く人にパジャマ姿を奇異に見られても探すことをやめない。

パジャマが汗で肌にへばりつく。

スリッパはもう限界で、壊れかけている。

『シンジはいつも自分ばっかり。アタシの想いなんてわかっていないのよ』

シンジの耳にアスカの声が響く。

「くそっ。あれほど後悔したのに…まだ、ぼくは…」

 

シンジは思い出していた。

アスカが「ママ」とつぶやいた夜。

シンクロテストで自分に抜かれ、強がっているように見えて実は怖がっていたアスカ。

そして……ココロを蹂躪されたアスカ。

自分の殻に閉じこもったアスカが横たわっている病室。

誰もいない、無機質な白い部屋。

そのあとの混乱。

 

『もう傷つけないと思っていたのに。』

 

シンジは、アスカの行きそうな場所を次々とのぞいてみる。

公園、パン屋、喫茶店、ケーキ屋のテラス、デパート、甘味処、ブティック、本屋、フルーツパーラー、ボウリング場、

メディアショップ、美容室、ゲーセン、ペットショップ、文具店、………

アスカが足を向けそうなところ、全て捜し求める。

 

「はぁはぁ…、いない」

シンジは映画館の前に立っていた。

今一番人気のラブロマンスが上映されている映画館である。

当然チケットを買うお金のないシンジは入ることができない。


シンジはチケット売り場の女の子に尋ねてみた。

「今日、はちみつ色の髪をした女性は来ませんでしたか?」

「女性…ですか?」

明らかにシンジを警戒している。パジャマ姿でうろうろすれば当然である。

「背はこのくらいですらりとしていて、瞳は蒼く、意志が強い感じで、全体としては可愛いというか……美人というか…」

真っ赤になって説明しているシンジの後ろから聞き慣れた声がかかった。

「センセ、何しとるんや?」

「碇君、どうしたの?」

シンジが振り返ってみると、トウジとヒカリがビックリした顔で立っていた。

「何しとるんや?そないなカッコで。病院はどないし…」

言いさしたトウジの声をシンジが遮る。

「トウジっ、洞木さんっ、アスカを見なかった?」

トウジはあっけに取られながらも首を横に振る。

ヒカリは逆にシンジに問いかける。

「碇くん、アスカに何かあったの?」

「うん…それが…」

「なにがあったの?はっきりしなければわからないわ」

詰めよるヒカリをトウジが押し止める。

「ヒカリ、ちょっと待ちや…。シンジ、話を聞かせてもらおか」

真剣な瞳で見つめる親友にシンジは黙ってうなずいた。

 

 


「それで、あわててシンジは惣流を追いかけているっちゅうわけやな」

公園の東屋で三人が話していた。

「うん、でも、どこにもいないんだ」

「碇君、どれだけアスカが…」

「シンジ、惣流の事、どう考えてるんや?」

ヒカリの言葉をさえぎり、トウジが聞く。

「どうって…」

「おのれは追いかけてどうしたかったんやちゅうこっちゃ」

「ぼくは追いかけて謝らないと…」

「どアホウ!」

公園にトウジの声が響きわたる。

「惣流が『アタシの想い』と言ったんやぞ。 男やったらそれにちゃんと応えんかい!」

「僕も考えてるよ!」

「どう考えてるんや。」

「アスカのことを好きなのかどうかわからない。」

「なっ!」

「でも、アスカのいない世界は考えられないんだ。ぼくにとって大切な人と思う。
それが好きと言う気持ちだったらそうかもしれない」

トウジは、意外なシンジの正直な言葉を聞いて黙ってしまった。

ヒカリが口を開く。

「じゃあ、碇君、アスカにどう応えるの?」

「僕の今の気持ちを話そうと思う。
 僕には、まだ、人に好きとか愛とか言いきる自信はないよ。
 けれども、アスカのことは大事にしたい。いや、護りたいんだ」

「本当?」

ヒカリはシンジの瞳を覗き込む。

そこには迷いのない眼があった。

「……わかったわ」

そして、勢い良く立ち上がるとトウジに言った。

「トウジ!何しているの」

「何って…」

「早くアスカを探すのよ。手分けをしてね」

「お、おう」

「洞木さん、ありがとう」

「その前にアスカの携帯に電話をかけるわ。
………だめ、つながらない。たぶん電源を切っているわ。やっぱり探すしかないわね。
トウジは商店街の方をお願い。私は一度家に戻ってみる。
みんな、定期的に私の携帯に連絡をしてね」

「うん、ありがとう。…トウジ、ゴメン、少しお金を貸してくれないかな?」

「センセ、しっかりしてぇな。…という訳で、ヒカリ、シンジに貸してやってくれ」

ヒカリが呆れた顔でトウジに言った。

「トウジ…持っていないの?」

「さっきの映画代で…すまん」

「しょうがないわね」


ヒカリは財布を取り出しながら言った。

「これはトウジへの貸しだからね」

「なんでや?借りるのはシンジやないかぁ」

「だめ。彼女に恥をかかせたんだから…まったく、もう」

「洞木さん、ごめん」

「いいのよ。それよりもまだ入院中だから、身体に気をつけてね」

「うん。大丈夫だよ」

「じゃあ、わいは行くで。」トウジが商店街の方に向かっていく。

「私も行くわ。」ヒカリも駆け出して行った。

シンジもまたアスカの姿を探しはじめた。

 

 

時間は少し逆上る。

病院を出たアスカは走り続けた。

そして、街角で曲がったところで、横から歩いて来た女性とぶつかった。

その女性は荷物を落してしまった。

アスカは「ごめんなさい」とその女性に声をかけ、そして、顔を見た。

「あれ?レイ?」

蒼い髪の少女が冷静にアスカを見て、たしなめた。

「あぶないわ。アスカ」

「うん」

そして、アスカはレイのカバンからこぼれ落ちた本を拾う。

レイはそのようなアスカの姿をじっと見ていた。

「こういう本も読むんだ」

アスカは拾い集めた児童文学書や絵本をレイに渡す。

レイは少し赤くなりながら、アスカから本を受け取った。

「ありがとう」

「じゃあ」

また、アスカは足早に立ち去ろうとした。

「待って」

「何か用?アタシ急いでいるの」

「何を?」

「アンタには関係ないわ、とにかく急いでいるの」

「そう」

かけ出そうとしたアスカにまたレイが声をかける。

「アスカ、待って」

アスカのイライラが増してくる。

「何よ!アタシ急いでいるって行ったでしょ。アンタ聞こえていないの?」

「聞こえているわ」

「じゃあ、邪魔しないで」

「アスカが泣いているから」

「泣いてなんかいないわ。どこを見ているのよ!」

「でも、泣いている」

アスカは泣いてはいなかった。

でも、表情は明らかに何かを物語っていた。

「…アンタに何がわかるのよっ!」

「私は何もわからない。 けれども、このままアスカを行かせるわけにはいかない」

レイがアスカの手首をつかむ。

「離しなさいよっ」

「だめ」

「このっ」

アスカはレイに向かって反対の腕を振り上げた。

しかし、その腕が振り下ろされることはなかった。

レイの紅い瞳がアスカを見ていた。

暖かい視線。心配そうな表情。

アスカの表情が軟らかくなっていく。

そして、俯き、小さくつぶやいた。

「どうして…アンタはいつもいつもわかるのよ」

「行きましょう」

レイはそのままアスカの手を引いて歩きはじめた。

 

 

 

 

アスカはレイとともに大きな建物の前に来た。

第三新東京市立総合図書館。

ここの蔵書、メディアは、量、質とも充実している。

特に使徒との戦いが終った後、文芸書や家庭関係、児童書等の貸出しが飛躍的に増えている。

平和になった証拠であろう。

レイは玄関の図書返却用ポストに本を入れるとアスカを促し図書館の中にある喫茶店に入った。

この喫茶店は、小さいながらも良い趣味が感じられる庭園に面しており、来館者の中で密かに人気がある。

そして、場所柄、静かな環境のためレイも好んで来ているらしい。

二人は奥の庭園に面した席に座った。

「いらっしゃい。今日はお友達と一緒ですか」

店のマスターがレイに声をかける。

レイはマスターに頷き、オーダーをいれた。

「今日はあのお茶はありますか?」

「ありますよ。お出ししましょうか?」

「お願いします」

マスターはにこりと微笑み、奥に戻っていった。

アスカは庭園を見ていた。レイはそういうアスカの様子を見守っている。

しばらくして、マスターが席にやって来た。

「お待たせしました」

小さい白磁の茶碗に入れた冷たい緑茶と煮梅。

「なに、これ?年寄りくさいわね」

思わずアスカが声を上げる。

マスターがそんなアスカに穏やかに言う。

「そうですね。これは、本当はここの館長専用のものなのです。まぁ、お試しください」

そう言って、奥に戻って行った。

茶碗を手に取り、口をつけるアスカ。

「日本茶程度で……(ごくっ)………これ、おいしい」

ビックリした顔でレイを見るアスカ。

「そう」

レイが短く答え、また、二人は黙ってお茶を飲みはじめた。

ゆっくりした時間が流れる。

しばらくたって、マスターが二人の席にやって来た。

「もう一杯いかがですか?」

アスカは素直に答える。

「いただきます。甘味があってビックリしました」

「喜んでもらって良かった。
 これは冷蔵庫の中で煎茶を氷だけで何時間もかけて淹れたものです。
 室温で作ったら苦みが出ますけど、冷蔵庫の中でゆっくりと時間をかけて少しずつお茶の持ち味を引き出して淹れれば、
 思いも寄らない良い味が出るものです。でも、とても商売にはなりませんが」

「そうですか…」

「すこし講釈がすぎましたね。では、ごゆっくり」

マスターはお代わりを注ぐと去って行った。

 

ゆっくりした時間の中でアスカは考える。

“ゆっくりと時間をかけて少しずつお茶の持ち味を引き出して淹れれば、思いも寄らない良い味が出るものです”

“少しはぼくの気持ちを考えてよ”

『……急ぎすぎたのかも…』

『でも…シンジが』

『こんなはずじゃなかったのに』

思いは千々に乱れる。


そんなアスカを見ていたレイが静寂を破る。

「アスカ、碇君のことでしょう?」

「………」

アスカの表情が変わったのをレイは見逃さなかった。

「信じてあげて」

「……別に、アタシは………」

「アスカはわかっているでしょう?」

レイの言葉にアスカは黙るしかなかった。

アスカは不当に責められているような気がした。

だけど

「……うん」と返事をした。

そして、立ち上がる。

「ごちそうさま」

「アスカ」

レイの心配そうな声。

「ゴメン、一人で考えたいの」

アスカはレイに一言残して、席を立った。

 

しばらくして、マスターがレイの席にやって来て、アスカの茶碗を片付けながら「大切なお友達みたいですね。」といった。

レイは何も答えず、マスターもそれ以上何も言わず去って行った。

しばらくして、レイはぬるくなったお茶を一口飲んだあと、

「碇君が悲しむから…。そして…大切な…トモダチだから」

そっと、口の中でつぶやいた。

   

 

2003.3.8 ほんの少し改訂

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