主よ、人の望みの喜びを

 

    第五話 平和      




       所変わって、ここは日本。ネルフ本部である。

ネルフはUN特務機関から研究機関へと移行し、生体科学などの先端科学のトップリーダーとして存続している。

当然、軍事色は一掃されている。


現在は、冬月が局長として最高責任者となっており、碇ゲンドウは顧問としてのみ名をとどめている。

しかしながら、ゲンドウの各方面への影響力は暗然たるものがあり、事実上両頭体制である。

そのゲンドウの影響力もあり比較的円滑に研究機関へ移行されたのだ。



葛城ミサトは統括営業部長として、赤木リツコは研究部の首席主任研究員兼研究部長として、

引き続きネルフの中枢で働いていた。

加持リョウジは、3重スパイという複雑な状況下にあったため、一時姿を隠していたが、

現在は葛城ミサトと一緒に新しい生活を送っている。

オペレータ三人組もそれぞれ責任あるセクションに就いていた。



ミサトは颯爽とネルフの廊下を歩いている。

今はすでに軍人ではないが、その颯爽としたスタイルから、新生ネルフとなってからも『葛城三佐』と言われることが多い。

新しくネルフに入った所員も理由は判らないまま呼ぶことがあるくらいである。

ずぼらながら要所では締め、明るい豪快な性格は、厳しいながらも気持ちをわかってくれる上司として

男性女性問わずファンが多い。

 

 

ミサトは、『赤木研究室』のプレートのかかった部屋をノックした。

「リツコ はいるわよ ちょっといい」

「なに? 用事があればメールでいれなさいよ」

「いいじゃない。それに緊急かつ最重要事項よ。コーヒーもらうわ」




勝手知ったる他人の部屋。

一言断る前にすでにカップにコーヒーを注いで、飲みながらミサトとはリツコのテーブルに動く。

リツコはディスプレイから目を離さず、知らない者が聞けば冷たいともとれる口調で話すが、

ミサトは昔よりずっと優しくなったこの親友を良く知っていた。



「なにが緊急かつ最重要事項よ。どうせ宴会の誘いでしょう? あなたにとって宴会はそうでしょうけど私は忙しいの」

「だから『その乾いたこころに潤いを』と思って誘っているのじゃないの。
 今度はすごいの。なんと冬月邸での宴会が決定したのよん」 

少し驚いたリツコがミサトの顔を見る。

「よく局長がうんと言ったわね。
 いままで自分の生活にも他人の生活にも立ち入ることがあまりなかったのに」

「局長が幻の焼酎を手に入れてね。職員食堂でリョウジにそれを話したらしいのよね。
 そしたら大学のゼミ室で飲んだ焼酎の話題で話が盛り上がっちゃってね。
 一緒にいた日向君や青葉君も加わって話しているうちに局長も教授時代を思いだしたのかもねぇ。
 じゃあ、今度うちで軽く一杯やるかと言ったらしいのよ」

「呆れた。あなたその場にいなかったのでしょう。呼ばれていないじゃない」

「私もそこまでずうずうしくないわよ。局長が希望者全員いいぞといってくれたのよ」

「そう。またあなたが得意の手でまるめこんだのかと思った」

「ひとぎきわるいわね」  ミサトは少し怒った顔をして見せた。


そんな親友の表情に慣れっこになっているリツコは、にっこり笑って一言言った。

「平和ね」

ミサトもすぐに表情を崩し、優しい笑みで 「そうね」 と言葉を返した。


ミサトはコーヒーカップに口をつけた後、言葉を継ぐ。

「それにさぁ アスカのこともあるし」

「そうねぇ。ちょうどいいかもね」

「そう思うでしょう。だからレイと…碇司令にもリツコから伝えて欲しいのよ」

「あなたが言いなさいよ」

「私あれ以来ちょっと話しづらいのよね」

「自業自得よ」




説明しよう。ミサトの『あれ』とは…


かつてネルフは特務機関として絶大な権限委任を受けていたが、それだけに資金の自己運用は禁じられていた。

また、当時は非常時でそのような状況下にもなかった。

現在の研究機関体制に移行した際、ネルフは独立採算制となり、資金の自己運用が可能となったのだ。

そこで、ミサトはネルフの資金で株式投資として大日本麦酒酒造株式会社の株を買い始めた。

『えびちゅ』の製造元である。どうやら株主優待があると思ったらしい。

それがばれて、冬月とゲンドウからひどく怒られたのだ。

実損はなかったので、ミサトは処分だけは免れたが恐怖の体験をすることとなった。

冬月が、「要職に就いていながらこれでは先が思いやられる。この際、葛城君を徹底的に叩き直す必要がある」と言い出し、

ゲンドウの「そうだな。葛城君は始末書慣れしているから別の方法で反省してもらおう」との一言により、

縦書きの児童用学習帳に般若心経と反省文を筆ペンで書いて毎日冬月に提出するという

ネルフ史上前代未聞の苦行を3か月も課せられたのだ。

当然、その間、ビール抜きである。


『これじゃあの独房の方がましだわ』

と血の涙を流したミサトは一時転職をも考えたのだが、

ネルフ、いやゲンドウの怖さを十二分に知っているため、それもできなかったのである。

この罰は秘密にされたので知っている者は少ないが、

知る者の内の一人である赤木リツコが 『無様ね』 とのたまわったのはお約束であろう。

 



話は戻って…

手を合わせて頼むミサトにリツコは苦笑を浮かべて

「まあ、いいわ。あの人とレイには私の方から伝えておくわ」

と言った。

「サンキュウ〜」

と簡単に礼を言ったミサトは世間話を始め、リツコはディスプレイに目をもどし、メールを読みだした。


あれこれミサトと世間話を話しながらも、学術的なやりとりが多いメールを読み、

てきぱきと処理を行うのはさすが赤木リツコである。

そのリツコの指が止まった。



「あら、めずらしい。リーアム教授からだわ」

リツコがつぶやく。ミサトが素早く反応した。

「その人、シンちゃんの担当教授じゃない」

「そう、MITの教授ね。あの人、厳しいからシンジ君大丈夫かしら?」

「あんたに散々鍛えられているから大丈夫じゃないの」

『ミサト。それは自分のことじゃない。』と心の中で思いつつ、リツコはメールを開いた。

ミサトが画面を覗き込む

「ちょっと、人のメールを読まないでよ」 リツコが抗議する。

「いいじゃない、減るものではないし。 シンちゃんの保護者としては心配しているのだから……。
 なにこれぇ?
 『シンジは、来た当初、頭も目も耳も口もちゃんと備わっていたが、
 その使い方がよく分かっていなかったようだった。
 しかし、最近ようやく自分の前後がわかりはじめたらしい。
 来期も引き続き指導することとした。』
 ですって。何様のつもりなの?」

「これはあの人独特のほめ言葉なの。ちょっと変わっているけど。
 普通の出来の学生だとすでに見放されているかもね。
 シンジくん頑張っているだけではなく、研究者としても認められているようね。
 教授はシンジ君をつれて新東京工科大学のカンファランスに来るみたいよ」

「そうなの?」 あわててミサトはまた端末に目を向けた。リツコは続ける。

「しかも『後は夏休みにはいるのでシンジの自由にさせている』ですって。
 でも、たぶん日本でゆっくりする時間はないと思うわ」 

 

ミサトは考え事をしているらしい。返事をしなかった。

 

 

つづく

 

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