主よ、人の望みの喜びを

 

     最終話 いつか晴れた日に







シンジはひさしぶりに自分のフラットに戻ってきた。

EVのステーションワゴンを自分の駐車スペースに入れる。

シンジはいつも空いている隣のスペースに車がとまっているのに気がついた。


『誰か新しく入居したのかな。アスカと同じ車なんてめずらしいや。
 でもアメリカではけっこう多いものなのかな?』


今はクラシックカーである真紅のAMG Mercedes SLK。

スーパーチャージャー付の2,294ccエンジンが、バリオルーフのコンパクトなボディをエレガントに走らせる。

アスカのお気に入りの車である。


『アスカは「メルセデスという名前がいいのよねぇ。」とか言っていた…』

すぐ、アスカのことを思いだすシンジであった。

『こんな気持ちでは離れて生活はできないぞ、しっかりするんだ。碇シンジ』

自分に言い聞かせながらシンジはリアシートに放り込んでいたスーツケースを取り出し、エントランスへ向かった。




エントランスの横では、管理主任のクリーシィが花壇の手入れをしていた。


いつもはあいさつ程度しか交わさないが,シンジはよく庭木草花の手入れをするクリーシィを

『歳は違うけど加持さんに雰囲気が似ているなぁ』と思っている。

年配のクリーシィがかつて勇名を馳せた元傭兵だとは知らない。


そのクリーシィが珍しくシンジに話しかけた。

「お帰り、日本から帰ってきたのだね」

「ただいま、クリーシィさん。花の手入れですか。御精が出ますね」

「ものを育てるということはすばらしい、シンジ、わかるだろう?」

「そうですね」

「そして、美しいものは常に手を入れて大事にしておかなければならない。
 男っていうものは…辛いものさ」

ニヤリとするクリーシィ。

シンジは、クリーシィの何か言いたげな態度の意図を図りかね、

「はぁ」とだけ戸惑いながら答えた。





クリーシィと別れて自分の部屋の前で、カードキーを取り出し、ロックを解除する。

いつもの癖で「ただいま」と声を出す。

シンジは、あのマンションのときからの癖で誰も答える者のいない部屋であっても必ず『ただいま』だけはしていた。



しかし、今日はいつもと違っていた。

聞き慣れた声が奥から聞こえてくる。


「お帰りなさい、シンジ」


「アスカ、ただい…え〜っ、ア、アスカ?」


アスカがシンジの部屋にいた。

「どうして…ここに?」

混乱するシンジ。アスカが出てきて言う。

「ちょうどよかったわ。シンジ、手伝って」と言いながらまた奥にはいる。



アスカの後ろに続いたシンジは、段ボールの山が目に入った。


「なんじゃこりゃあ〜」

ジーパン刑事の最期ではない。

当然アスカの荷物である。

膨大な量はとても10年前の比ではない。

わざとらしくアスカがシンジに言う。

「あれっ?シンジに引っ越すこと言ってなかった?」


『ミサトさん、だから笑ったのですね。レイもみんなもぼくに黙って…、ひどいや』

心で泣くシンジ。


「引っ越すとは言ってたけど、こことは言ってなかったよ。アスカ、ひどいよ」

「シンジ、私がここに来ることがいやなの?あの誓いは嘘だったの?」

目をウルウルさせてアスカが言う。

もちろん演技である。

「いや、そうじゃないよ。びっくりしただけだよ。ぼくもうれしいよ」

演技とはわかっているものの、後が怖いので慌てて関係修復に努めるシンジ。

しかし、シンジの言うことは本音ではある。


『美しいものは常に手を入れて大事にしておかなければならない。男っていうものは…辛いものさ』

シンジにはさっきのクリーシィの声が聞こえてくるようだった。


「そう、それならよろしい。ぼやっとしていないで荷ほどきを手伝って」

ため息をつき、シンジは部屋に入る。

「これは…」

シンジは絶句した。

シンジが自分の部屋にしていた部屋は、すでに2つの大きなベッドが置かれ、シンジの荷物は跡形もなかったのだ。

『まさか…』10年前の記憶がよみがえる。

隣の部屋に行ってみる。

さらにシンジは驚くこととなる。

そこにはワークステーションや様々な情報機器が入っていたのだ。

「アスカ、これって……」

「私、UN派遣の研究員としてMITに協力することとなったの。
 教授から聞いているでしょう? 先輩のUN関係の研究者が訪米するからって」

ニコッと笑ってアスカが言葉を続ける。

「ネルフの方は在宅勤務よ。
 ここの機器はネルフの所有物だから、今は部外者のシンジは触ったらだめよ。
 ちなみにMITでの身分は非常勤の講師となるわ。ヨロシクね」

「はぁ、よろしくお願いします…」

すでに諦念の境地に入ったシンジであった。




全然片づいていない部屋の中、シンジはアスカとベッドにいた。

「シンジ、怒っている?」

「いや、なぜそんなこと聞くの?」

「私、シンジのいない生活が続くことが耐えきれなかったの。
 私の誕生日もクリスマスも大晦日も1人。いつも1人。
 ミサト達は一緒にいてくれたけど、一番いて欲しいシンジはいなかったの。
 仕事好きだったけど、辞めようと思った。
 そしてすぐにシンジのところに行きたかった。
 辞職をリツコに話したら怒られたわ。
 『なぜ私たちに相談しないの?』って。
 そして、ネルフで初めての在宅研究員を考えてもらったの。
 その後、MITでの研究の話もきて…。
 ここに来られるようアタシ頑張ったわ。
 そしてやっと来れたの。
 ねぇ、シンジ、私ここにいていいよね?」

「当然じゃないか。アスカ、僕の家がアスカの家だよ」

「シンジ……」


  恋人達の夜は甘く更けていく。





アスカの荷物は10日をかけてやっと片づいた。

その後も、アスカは仕事で忙しい日々を送っていたが、最近ようやくペースがつかめてきたようである。

シンジもアスカのいない暮らしはもはや考えられなかった。



アスカとシンジは、バーニーズ・マウンテン・ドックの小犬と生活をはじめた。

一緒に買い物に出たとき、たまたま見かけた小犬を一目で気に入ったアスカがシンジにねだったのだ。

シンジは、フラットで飼えることを確認した後、紹介してもらったブリーダーからこの小犬を手に入れた。

小犬は、アスカから『シーザー』と名付けられた。





シンジはアスカとお茶を飲んでいる。

レイから贈られたカップが仲良く並んでいる。


「シンジ、散歩に行かない?」

「うん、行こうよ」

「じゃあ、着替えてくるね」

着替えを終えたアスカが戻ってみると、シンジはリビングの壁の写真を見ていた。

「また見ていたのね」

「うん」

あの日のガーデンパーティの写真。 みんな笑っている写真。 欲しかった笑顔のある写真。





「おはよう、アスカ、シンジ、シーザー、朝の散歩かね」

クリーシィが声をかける。

「おはようございます。クリーシィさん」

アスカがにこやかに答える。

「今日は特に天気がいい。ゆっくりしておいで」

「ありがとうございます」

大きくなったシーザーをつれているシンジが答える。



住宅街を抜け、川に出る。

シーザーは体格は大きいがおとなしい犬だ。

子供達にも人気がある。

しばらくして、アスカはシンジと代わってシーザーのリード(引き綱)を握る。

堤防の上をアスカとシーザーが歩く。

アスカは楽しそうだ。シーザーも尻尾をゆっくり振って一緒に歩いている。

空は抜けるように青い。

『あれっ、この感じ…どこかで…?』

後ろを歩いていたシンジが思う。



「シンジ、どうしたの?」

考え事をしていたシンジにアスカが振り向き声をかける。

「いや、以前こんなことがあったような…そんな気がするんだ」

シンジが答える。

「ここはよく散歩するから…かな」

また前を見ながらアスカが言う。

そして、また少し黙って歩く。



「シンジ」

また、アスカが声をかける。

「なに、アスカ?」

シンジが答える。

「ううん、なんでもない」

アスカは言い、少し歩いた。



そして、また、振り向いた。


「明日も天気だといいね」

といって微笑んだ。







全てが終わり、時が経過して、始まる物語。

優しくなった時代。

あるひとつの可能性。

これはその物語。





この話はひとまずおしまい。








後書き(注 自由LAS同盟へ投稿時のものです)


皆さん、こんにちは。

いかがだったでしょうか。

このSSは、私の処女作ですが、諸般の事情で公開していませんでした。

今回、さくぎんさんのご好意で無事、公開に相成りました。


私は、このサイトの設立趣旨でもあるように皮肉な結末となった二人の補完のために、この作品を書きました。

みんなが優しく、幸せになってもらいたい、そういう祈りを込めています。

だから、全てがハッピー。

皆さんの気に入っていただければ幸いです。


次回の作品(補完第3弾)は、この二人のちょっと後のお話です。

また読んでいただければ嬉しいですね。


では、さようなら。


皆さんそして、いつもお世話になっているさくぎんさんに感謝を込めて  ssrider







2005.2.13 改訂        

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