日曜日の早朝。まだ、街は眠っている頃。

一人の青年がバイクを押して歩いていた。

ライディングスーツに長身の身体を包み、軽々とバイクを押す姿には

かつての線の細かった少年の面影はない。

「今日もいい天気になりそうだな」

そう独り言を言ったあと、青年は笑った。

『今日は特別な日だから…良かった』

その笑顔は昔から変わりがない。

 

そして、青年は近くに人家がない場所に来た。

待っていた女性にバイクを渡す。

「お待たせ」

碇シンジ、25歳。

 

「シンジ、いつもゴメンね。はい」

ヘルメットを渡す女性。

シンジより少し背が低いものの健やかに伸びた肢体は真紅のライディングスーツで強調され、見る者を魅了する。

惣流 アスカ ラングレー、25歳。

 

 

 

Two Hearts

ssrider

 

 

 

二人はそれぞれ自分の愛機に火を入れる。

伝統のデスモドロミック機構を採用しているLツイン空油冷エンジンが目を覚ます。

2000rpmよりすこし高いところでスロットを固定。

チョークは使わず、丁寧に暖気を行う。

2分程度でいったんエンジンを切ったシンジはアスカを振り向いて言った。

「タイヤのエアは?」

「だいじょうぶ」

「じゃあ、行こう」

ヘルメットをかぶった二人は、再びイグニッションを廻し、朝の静寂の中に入っていく。

走り始めた二人は、最初、自然に4000rpm以下をキープし、、その後、高回転域まで引っ張っていく。

アスカはシンジから教えられたように五感、特に音で機体の調子を探っていた。

『おかしいところはないわね』

アスカは後続のシンジにサムアップで合図を送ると、ペースを上げた。

シンジもアスカの合図を見て、スロットルを開ける。

そして、アスカの後ろ姿を見ながら、少し昔のことを思い出した。






シンジがバイクに凝りはじめた後、なぜか、アスカもライセンスを取得した。

シンジは最初反対していたが、言い出したら人の言葉を聞かず、また、人の助けも好まないない彼女の性格を

よく分かっていたため、見守っていたのだった。

シンジは、アスカがライセンスを取った後、バイクの購入について何か言いだすものと思っていたが、

アスカは何も言わなかった。

シンジは、単なる負けず嫌いの性格から免許だけをとったのだろうと考えていた。

 

 

 

ある日、シンジは、聞き慣れない乾いた排気音が近づいてくることに気がついた。

その音は家の前で消えた。

シンジが玄関に出てみると、家の前に立っているのはアスカであった。

 

「シンジ、ほら」

「アスカ…これって…」

「アグスタのセリエ・オロ。それもエディ・アーバインの所有していた301台目よ」

胸を張って答えるアスカの後に真紅のきれいなバイクが止まっていた。

「は?」

アグスタ、それも‘黄金’の名を冠されたについて、その希少さを知っていたシンジはちょっとビックリした。

そのシンジのとぼけた返事が、アスカの予想していた反応と少し違っていたため、アスカは少しカチンと来た。

「あのね、見て判らないの!」

「う、うん、ちょっと見せて」

アスカの言葉に押されるようにバイクを見はじめるシンジ。

アスカは得意そうにシンジの後に立って、彼の背中を見ていた。

熱心に見ていたシンジは、その後、アスカに言いづらそうに言った。

「アスカ、これ、たぶんSだよ。ケースやヘッドは砂型じゃないし、リアサスのアームの支点が1つしかないし…。

どこで買ったの?」

アスカはシンジの言葉に少なからず動揺した。

彼のイタリアンバイクに関する知識が確かなのを知っていたからだ。

「え?そうなの?」

「うん、外装のカーボンは良くできているし、マグネシウムの部品もそれらしいけど…。

シリアルナンバーがないしね」

「………相田の奴〜」

『ケンスケ、また、危ないことをしているのか』

シンジは心の中で呟いてため息をついた。

レアモノ好きが嵩じてブローカーまがいの仕事をしている友人の顔を思い浮かべながら言った。

「で、でも、アスカ、これは物凄くいいコンデイションだよ。たぶんここまでの良い物はなかなか無いと思うけど」

友を救うべく、慌ててフォローをするシンジ。

ここでひとつ注釈を加えるならば、ケンスケもそこまでは気付いていなかったらしい。

もともと、ケンスケはアスカに頼まれて探してやっただけで、善意というものである。

 

アスカはシンジのフォローに応えることなく、携帯を取り出し、電話が相手につながると鬼のように怒りはじめた。

「アンタ、アタシをはめたわね!この代償は高くつくわよ!…………何がアーバインのセリエ・オロよ!

シンジにバカにされたじゃない」

『僕はバカにはしていないよ』 心で思いながらもこの場は敢えて口には出さないシンジである。

「…………とにかくこれはもう要らないわ。…………えっ?アレが見つかったですって。

ほかの部品も?………そう、それでいいわ。すぐに持ってきて」

 

シンジは話を聞き、アスカの腕を突いてアスカに言う。

「ちょっと、アスカ、そのF4要らなかったらぼくが買うよ」

「相田、ちょっと待って」と携帯から顔を離したアスカはシンジに向かって小声で言った。

「…シンジ、だめよ、これはケチがついたから」

「別に構わないよ。」

「アンタが構わなくてもアタシが構うの!」

アスカはシンジを言葉で撃退して、電話に戻った。

 

「ちょっと、F4はやっぱり買うわ。ただし、すぐは乗らないから保管させといて。…………そう、酸化させないでね。

………わかったわ。……それと頼んでいたもの、すぐに組んで持って来させて。………ありがとう、よろしく」

携帯を切ったアスカは妙に上機嫌である。

「どうして、乗らないくせにF4を買うんだよ!」

シンジが不満そうに言う。

「いいのよ。男がグチグチ言わないの!ほら、お茶を用意してよ」

アスカが軽くいなし、シンジは訳のわからないまま家の中にアスカとともに戻っていった。

 

 

 

「シンジ、いるんでしょ。ちょっと表にてできなさいよ」

1週間後、家で仕事の整理をしていたシンジは、アスカに呼び出された。

そこにはイタリアンレッドのドゥカティ900SSと真紅のスーツに身を包んだアスカがいた。

「それって、僕のじゃ…」

「違うわよ。アタシのよ」

ムカッとした顔でアスカは直ぐ反発した。

『ちっとも変わらないな、アスカは』などとのんびり考えながら、シンジはバイクの細部をよく見始めた。

ドカとしては珍しい2into1タイプの排気システム、RC30のフロントブレーキマスター、

マグネシウムホイールやクワンタムのショックを初めとする足周りなどシンジのバイクの仕様に驚くほど似ていた。

「でも、よく似ているね、どうしたの、これ。」

「シンジにセッティングを教えてもらえれば簡単だし、無駄もないし…。だから、一緒に走ってあげる」

タンクの色に近いほど真っ赤になりながらアスカが言った。

「うん、ぼくもドカ仲間がいるとうれしいよ」

「仲間……そうね。頼むわよ。」

「任せてよ、アスカ。」

それから二人はいつも一緒に走った。

シンジはもともとソロでしか走らない主義である。

でも、元戦友であり、心憎からず思っている相手からの申し出である。喜んで走った。

そこでシンジが驚いたのは、二人で走っても気持ちが良かったのである。

アスカは勘が良い方である。シンジとのユニゾンも経験済であり、息もぴったりであった。

シンジは持っている経験を全てアスカに伝え、アスカは良い生徒であった。






シンジが追憶から戻った頃、2人はワインディングに入った。

シンジとアスカの900SSはダンスを踊るようにコーナーを曲がっていく。

その感覚は二人が至福になれるもの。

二人だけが感じるエクスタシー。

 

シンジの後輪が滑る。

しかし、破綻することはない。

シンジは全てを掌握しているのだから。

 

アスカは鋭くコーナーに入っていく。

そして、出口で滑らかに立ち上がっていく。

アスカは安定を手にいれているのだから。






峠のパーキングでシンジとアスカはバイクを降りた。

「飲む?」

シンジがコーヒーを入れた水筒を見せる。

「うん」

アスカがうなずき、シンジはアスカにコーヒーを回した。

アスカが飲み終わった後、シンジが自分のために注ぎ、一口飲んだ。

そして、穏やかに言った。

「アスカ、来年の春、ちょっと長いツーリングに行こうと思っているんだ」

「そう。どこまで行くの?」

「南から桜前線とともに北上しようと思っているんだ。いつも、桜と一緒」

「ふふっ、おもしろいわね」

「そして、北の地で新たな人生を迎えたいと思っているんだ」

『?』

「これからの人生も好きな人と走りたい。アスカ、そのツーリングに一緒に来てくれないか?

そして、北海道で結婚しよう」

「…………」

「だめかな?」

「…………」

「アスカ?」

「シンジ、人が胸一杯になっている時に言葉は要らないのよ」

アスカは、シンジの胸に飛び込んで、キスをした。







桜の咲く中、二人が走る。

ある時はアスカが前。

ある時はシンジが前。

ふたりはパートナー。 

二人の季節はこれから初夏を迎える。

 

おしまい

 

2002.8.4 改訂

 


これは私のネットデビューの作品にあたりますが、転載を機に細部を改訂しております。 

内容は、片岡義男の短編からヒントを頂いていますが、彼と彼女の幸せな日々を感じていただけますでしょうか?

モーターサイクルは、風や陽射し、雨や寒さを感じながら走ります。とても不自由な乗り物です。

走っていないと倒れますし、無理なことをすると転びます。ある意味ヒトに近い乗り物ですね。

しかし、二人は、協力し、楽しみながら進んでいくでしょう。

お読みいただき、ありがとうございました。

 

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