半側空間無

→患者にとって半側空間無視とは


同じ高次機能障害でも失語症を持つ患者さんは、一般的に失語症への困り・改善への希望の訴えが強いのに対し、半側空間無視を持つ患者さんから「左を見落として困るので治して下さい」という訴えがあまりないのはなぜか?

半側空間無視はそれだけが単独で現れる事はほとんどなく、無視症状とそれに対する病識欠如がセットになっていることが通常です。
半側空間無視のリハビリテーションを行う際、無視症状そのものよりも秒識が低いことが最も対応に苦慮するところであり、まずは本人の自覚、問題意識の向上が目的となります。

しかし、ここで改めて患者自身にとって半側空間無視とはどのような存在なのかを考えてみましょう。


私達からすれば、患者さんに半側空間無視が起こっているのは歴然とした事実であるのだが、患者自信にとっては、今認識している世界がすべての世界であり、半側空間無視は主観的な事実ではないことが根底にあります。

そこに、身の覚えのない「あなたは、左を見落とすから気をつけて!」というような事を言われても、気にとめるはずもないでしょう。なかには内省力があがっていくケースもありますが、おそらく半側空間無視を持つ患者さんの多くは、訓練経過中の中で失敗体験やスタッフの指摘が蓄積され症状が軽症化されてきても、根本的な病識の希薄さが変わることは少ないのではないかと感じられます。


「左が弱いから気おつけます。」と検査場面や日常生活場面において慎重に振舞えるようになった患者さんでさえ、車の運転については「今までやっていた事だから大丈夫です。」と平然と言う事が多いのです。
病識の改善が認められたとしても、実践としては希薄であり、失敗行動という証拠を突きつけられ、植え込まれた「どうも左を見落とすらしい」という認識、そしてスタッフとの信頼関係ができたことによる「看護婦さんや先生たちに言われるから気おつけよう」というつくられた認識なのかもしれません。


 半側空間無視は行動の確実性や安全性に支障をきたすものであり、リハビリテーションが必要であると考える一方、多くの患者さんにとっては不合理なことを要求されているということも、私達は考え関わっていく必要があると思います。
病識がきわめて低い患者さんに対して、注意を促すために「また、左を見落として!!」と再三言っても、それは進んで”ヌカに釘”状態を招いている対応なのだと思います。

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