波 と 兎
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一般に、月と兎、梅と鶯、もみじと鹿、竹と虎、波と千鳥、雲と龍など組み合わせの決まった図柄は、人々に広く好まれて、様々な場面に用いられてきた。「波と兎」もそのひとつである。
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謡曲「竹生島」の一場面 <以下 筆者(福田博通)意訳> | |
竹生島も見えたりや 緑樹影沈んで 魚木に登る気色あり 月海上に浮かんでハ 兎も波を奔(カケ)るか 面白の島の景色や |
(竹生島もまじかに見えてきましたね) (緑の木々が陰影も濃く湖の中にまで映っています… 湖水の中を泳いでいる魚がまるで木に登っているように見えますね) (月が湖面に映えて浮かんでいるように見えるときには きっと月の兎も湖面の波の上を駆け跳ねているのでしょうね) (竹生島の景色は趣があって素晴らしいものですね) |
★ 竹生島 「竹生島」は滋賀県琵琶湖の中の島で、弁才天を祀り、江ノ島、厳島(宮島)と共に日本三大弁才天とされる。 ★ 謡曲「竹生島」のあらすじ 「竹生島参詣に出かけた人物が琵琶湖湖畔で、老人と女の乗った舟に同乗させてもらって、春の湖上を眺めながら竹生島へ着くが、老人と女は人間ではなく、琵琶湖の龍神と竹生島の 弁才天だっ た。 弁才天は神徳を説き、龍神は宝珠を授ける。」 |
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謡曲「竹生島」は広く知られた曲で、長唄、筝曲、常磐津などで庶民の間でも演じられた。 上記の詞の情景表現はその秀逸さから好まれ、その情景を軽妙に図案化した「波と兎」が狂言装束の肩衣の図柄ともされた。 兎が月の精とされ、不老不死、豊穣など慶事の瑞兆とされていたことと相俟って、江戸 の初・中期にかけて、「波と兎」の図柄は庶民の間に広まった。 「波と兎」は、「月と兎」を映したもので 、両者は同意ともいえる。 調神社(さいたま市)旧本殿(享保18年-1733)の欄間彫刻 |