〜カメ(5)  亀趺(キフ)の亀
この項は<参考>〜神使の亀ではありません
亀趺(キフ)とは、亀の形に刻んだ石碑の台石のことをいう。
大きくて重い石碑を甲羅の上に載せる亀なので、巨大な石亀である。
亀趺(キフ)の亀

亀趺(キフ)とは台石の一種で、石碑を載せる台石を大亀の形にしたものである。
亀趺は、もともと中国の貴族階級の風習だったのが、江戸時代に日本でも取り入れられた。
亀趺は功績や功徳などを刻んだ石碑を載せるものが多いが、鳥取藩主池田家の墓碑のように墓石を載せるものもある。
亀趺の亀は贔屓(ひいき)といい、龍の九子のうち龍になれなかった一子で、巨大な亀の形に似た想像上の霊獣だとされる。
「贔屓(ひいき)」は「贔屓にする」などと用いられる「贔屓」である。
贔屓は「一生懸命努力して力を出すさま」を意味するとされるが、それが「特別に便宜を図ったり、力添えをする」意味に使われるようになった。

  
金昌寺(秩父4番札所)
亀甲地蔵尊/地蔵を載せる亀趺
(享保年間のものを大正10年に移設した)

埼玉県秩父市山田1803-2
西武秩父駅から定峰または皆野行バスで金昌寺バス停歩5分

月照寺(松江市)

高さ1m、首尾3mの亀趺の上に高さ3mの碑

安永7年(1778)4月

月照寺は代々の松江藩主の菩提寺であるが、この寺に小泉八雲の随筆に登場する亀趺がある。
「夜な夜な水を求めて動き回るので、首を切られた」大亀として登場する。
六代宗衍(むねのぶ)公五十の賀に七代不昧(ふまい)公が建立したもので
「寿蔵碑」と呼ばれる。

島根県松江市外中原町179

観音禅院(武蔵野市)
寺への貢献を記した石碑を載せる亀趺
平成12年(2000) 

東京都武蔵野市境南町2-4
JR中央本線武蔵境駅南口1分

長崎孔子廟の贔屓(=竜蝠)

崎孔子廟は、1893年(明治26年)に清国政府と在日華僑が協力して建立したもの。
中国山東省曲阜にある本廟を習って、建材をはじめ孔子像、72賢人石像などはすべて中国から取り寄せられたもので、華麗な伝統美を凝らした、日本で唯一の本格的中国様式の霊廟。


                        孔子廟の儀門



華麗な孔子廟の儀門の前の左右に一対の
贔屓(ひいき)=竜蝠(りゅうふく)」が置かれて、石碑を載せている。

案内板によると、贔屓
(竜蝠)は、石碑を載せた石亀に似ているが、亀ではなく竜の九子のうちの一子であり、日本の亀跌(きふ)はこの贔屓(竜蝠)から転化したものとのされる。

竜蝠(贔屓)が背に載せている石碑には孔子を礼賛する文言が記されている。 

孔子廟 儀門前 (右)

孔子孔子大哉孔子
孔子以前既無孔子
孔子以後更无孔子
孔子孔子大哉孔子

宋 米? 孔子賛記

?の文字が表示出来ませんが、「くさかんむり」に市と書きます。
「べいふつ」〜北宋を代表する書家の一人。


長崎県長崎市大浦町10-36