ご支援、ご協力、頂きました皆様へ

昨年10月19日に記者会見を行い、以来募金活動を行って参りましたが、修一さんの容態の変
化と海外での移植を断念せざるを得ない諸事情により、今年6月をもって募金活動を休止し、

国内での移植の可能性を期待して修一さんへの1日でも早い心臓移植が出来る事を、祈ってい
たのですがその甲斐もなく、11月24日午後9時15分 46歳という若い人生に終止符を打つ事
になってしまいました。寒い中の街頭募金活動、修一さんの故郷である青森からの協力、母校
(高校)の先生や在校生OBOGの皆様、今住んでいる自治会の皆様、修一さん恵子さんの会社
関係の皆様、その他全国いろいろな所からのご支援、ご協力を戴きました。

その間新潟の地震や大雨の被害さらに、スマトラ沖の地震と、国内外でとても大きな災害が起こりました。今年に入ってから、募金活動の詐欺事件があり、私達の募金活動にもかなり、影響が出てしまいました。

まだまだ目標に届かない中、借り入れをしてドイツ へ行く事も考えましたが、あまりにも負担が多く、ドイツでの滞在が長くなっ てしまった時の事を想定しますと、さらに負担が増えてしまいます。また、修 一さんの体調の方も5月に脳出血を起こしてしまってからあまり良い状態とはいえず海外渡航をするには困難な状況でした。
したがってこの段階でのドイツへの渡航は、断念せざるを得ないと判断いたしました。

幸い国内での移植の順位が補助人工心臓を装着しましてから上がっている様だという事と、心臓移植の法案が、良い方へ変わってもらえれば、修一 さんを含めて多くの方が生きる望みを持てると思い、修一さんの体調を良い状態で維持しながら、国内での心臓移植を待つ事を決めまして頑張って参りました。

脳出血の後の右側の麻痺も、殆んど残る事なく普通に歩けるようになっていましたので、十分
に国内待機は大丈夫だと思っていたのです。
8月の初めに右腕の筋肉血腫で腫れてしまい、腫れが引くまでリハビリを休み、又リハビリを再開して9月の初めに目の充血にはじまり、鼻血、発熱と修一さんを苦しめました。
9月28日にポンプの交換をして戴き少し落ち着くか思われたのですが、10月に入り透析を始め
るようになり、黄疸も出てきて、容態はだんだん悪化してしまいました。
最後は、苦しまずに眠ったまま静かに息をひきとりました。

本当に頑張って頑張って、病気と闘ってきた修一さんを、誉めてあげたいと思います。修一さん
はドナーカードを持っていまして、角膜を提供する意思をもっていましたので、コーディネーター
の方にお話をして、提供することが出来ました。修一さんの暖かい心がこれからも、どなたかの
体の一部として生き続けてくれる事を信じ、悲しみの中にも明るい光を見る事が出来ます。

集まりました募金の方ですが、全国で移植を待っている皆様に、支援させていただく為、只今
準備をはじめておりますので、詳細はHPをご覧くださるよう、お願い申しあげます。
本当に長い間、ご支援・ご協力、ありがとうございました。


E−mail :shuichisawo.suukai@ebony.plala.or.jp
URL :http://www9.plala.or.jp/shuichisan/
ホームページ

山田修一さんを救う会 代表 三澤紀夫 救う会一同


ご支援、ご協力、を戴きました皆様へ

この度は、主人修一の募金活動に、ご支援・ご協力を戴きましてありがとうございました。

「元気になりました」という、報告が出来る日を楽しみに頑張ってまいりましたが、残念ながら
11月24日午後9時15分に亡くなってしまいました。

なんとか元気になってほしいと思い、会社も行かせてあげたい、そんな気持ちで街頭募金も頑張りました。自治会の会長さんをはじめご近所のかたや、友達、主人の会社や私の会社(すでに退職している会社も含めて)本当に多くの方のご支援、ご協力でここまで来られたと思いますありがとうございました。

昨年7月に入院してから、1年4ヶ月、補助人工心臓を装着する手術をはじめ脳梗塞、脳出血、
いろいろな事がありました。主人には苦しい入院生活だったと思います。
それでも二人でいられる時間をたくさんもらえたと思っています、普通のご夫婦以上に。

CICUに入ってからはあまり長く、一緒にいられる事は少なくなってしまいましたが、先生方も
看護師さん達にも、とても良くしていただきました。最後は、とても静かで、眠ったまま逝って
しまいました。

主人はドナーカードを持っていましたので、相談しまして、角膜を残してあげる事が出来ました
どこかで光を得られた方がいる事を信じて、これからも頑張っていきます。
主人と同じ病気を持つ方達を少しでも助ける事が出来ればと思っています。

本当に長い間、ありがとうございました。
                          

                                              妻 山田 恵子