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第6話 内ポケットの風


 街明かりで照らされた夜空は明るすぎて星空なんて見えはしない。それとはまた違った人工的な騒々しい光に包まれ、まるでステージのスポットライトを浴びているような感じがした。
 自分が他の誰に注目されているわけではないし、クリスマスイブに男が独りで歩いていてライトを浴びるなど馬鹿げている。しかし、少なくともすれ違うカップル達は、自分達こそスポットライトを浴びているのだと思っているかもしれないし、そう思っても良いのではないだろうか思う。つまり、自分が今こうして商店街を歩いているのが場違いに思えてならないのだ。妙な気恥ずかしささえ感じる。
 川口智也は帰宅するための、電飾が張り巡らされた駅へ向かう商店街を歩きながらそう考えていた。
 何だってこんな日にやっかいな仕事を引き受けなければいけないのだろうか。すれ違う恋人達は肩に手を掛けたりと寄り添って歩いているのに。まるで禁止区域でも歩いてるかのようにさえ感じてならない。
 そもそも、こんなクリスマスイブを過ごさなければいけなくなったのは、川口の付き合っていた恋人、いや元恋人だった桐子のせいである。名前を思い出すだけで忌々しくて仕方がない。
 イブの予定も経てプレゼントまで用意してあった。そしてイブ直前の週の半ばに最終的な待ち合わせの時間など打ち合わせをしようと桐子の携帯電話に電話をかけ、他の男を家に連れ込んでいることが判った。
本心から好きだったわけではない。彼女に対して怒っていながら、随分と身勝手ではないかと思わないわけでもない。それは、決して悔しさにまぎれてそういうわけではない。  川口は、その週末にも彼女を喫茶店に呼び出して、桐子の言い分を聞いた。桐子は戸惑いながらもあっさり浮気を認めて誤った。そして、その相手の男とは遊びであり川口との恋こそ本物なのだと言い、許してほしいと言ったのだ。
 桐子の浮気に対して不思議と腹が立たなかったが、むしろその言葉の方にこそ腹立たせた。また、せっかく楽しみにしていたイブの夜への期待と熱を冷まさせたことに対してだ。
 用意してあったプレゼントをテーブルに置いて、そのまま別れを告げた。桐子がすすり泣くのを背にして店を出ながら、なぜだか、わざとらしい演技のように感じていた。
 週が明けたクリスマスイブの当日。この日の夕刻ギリギリになって、川口の所属する課にちょっとしたトラブルの電話がなって、顧客へ誰かが出向かわなければならなくなった。
 普段なら誰か手の空いた者が率先して行うのだが、さすがに今日は、それを誰が行うのかとしばらく問題になり。急ぎはしない仕事に取り掛かっていた川口が行う必要はなかったのだが、今夜暇にしていることを聞きつけて頼まれれば取り掛かっている仕事を後回しにしてでも顧客を優先しなければならなかった。

 しばらく商店街を歩いていてふと気が付くと、自分が着ているスーツの袖にすぐにも溶けてしまう程の小さな雪が落ちた。ちらほらと降る白い雪は黒い生地には埃ように見えなくはない。しかし、ゆっくりと空中を漂う様子は小さな羽毛か綿毛のようにも感じる。
「寒いはずだ」
 と、ついつい呟いてしまう。カバンを持っていない方の右手を口元に近づけると、ハァーと白い息を吐いてその空気の冷たさを視覚的に寒さを確認した。

「あぁ、ホワイトクリスマスだぁ」
 正面から歩いてくる恋人達のうち、女性の方が甘ったるい声で空に軽く手を伸ばして感動の言葉をもらした。
「俺からのクリスマスプレゼントだよ」
 男性の方は俺が降らしたんだと言わんばかりに台詞を吐いてニヤニヤと笑っている。その女性の肩に手を掛けて、無言で「寒いだろ。もっとくっ付けよ」なんてやっている。
「もしかして、プレゼントってこれだけ?」
 と、女性が少しプッと顔を膨らませて男性を見つめる。
「俺の体もプレゼントする」
 男性がそう言って、女性を両手で抱きしめる仕草をした。女性は「もう」と男性を軽く突き飛ばすとケタケタと笑って喜び、また男性へと寄り添って歩いた。

 いい加減にしろよ。そう思いながら、恋人達を避けてすれ違った。
 その恋人達とすれ違ってからしばらく歩いて、やっと情けないようなため息をついた。だからといって、一緒にイブの夜を過ごすはずだった桐子に未練があった訳ではないが、さすがに見せ付けられると寂しさが込み上げてくる。そして、それを吹っ切るように別の素敵な女性と出会わないだろうかと考えながら目を泳がせた。
 しかし、クリスマスイブの夜に独りで出歩いてる女性などいるはずがなく、少し可愛らしい女性の隣には必ず彼氏が並んでいる。当たり前かとチッと舌をならして、イルミネーションの掛かった駅ビルへ歩く足を速めた。
 お決まりのようにもう一度ため息をつきかけて、そのまま息を長く吐いて白い息に変える。もしも、誰かに見られているとすると情けなく思えた。


 駅ビルのイルミネーションを見つめていると、身体にずしりと何か重いものが入り込んだように感じて、妙に惹きつけられ立ち尽くして見入ってしまった。風と雪による寒さを思い出したように感じた。白い息をハァーっと吐くと、ぽっかり開いた駅ビルの口の中へと歩きかけてから、またすぐに立ち止まった。
 駅ビルに掛かったイルミネーションのちょうど真下に、細身の女性が膝をぴたりとくっ付けてスカートの中が見えないように細心の注意を払いながらしゃがみ込んでいる。
 彼女の左足はこげ茶色のストッキングで遠目からでも靴などの履物を履いておらず、つま先を垂直に立ててバランスを保っていた。屋根のかかったギリギリの所のようでコンクリートは濡れていないが、冷たい様子で時々足を摩ったりしている。そして、少し茶色がかった肩より少し長めの髪の毛が俯いている顔にかかるのが邪魔で、時折、耳や肩へとかき上げる。傍目に見ても非常に困難な体制で、両手で溝に挟まったハイヒールの踵をはずそうとしていた。
 横顔しか見えないが髪をかきあげるたびに柔らかそうな頬が見え、落ち着いた感じのこげ茶色のコートの裾から見える赤いスカートがワンポイントとなって映える。
 全体的な仕草は、控えめな感じではあるが決して暗い感じはしない。むしろ、ハキハキした明るい感じの印象が、懸命な動作のため無表情でありながら。それでも笑顔のように見える優しそうな表情から伺えた。
 入り口の中央にある太い柱の陰になっていて、通行する人々には死角となり、彼女に誰も声をかけることもなければ、傍らを通りすぎる人すらいない。
 出来るだけ足早に彼女に近づく。頭の片隅で、足音を立てすぎても、忍び足でも、彼女を驚かしてしまうのだろうと考えていた。彼女もその足音で気が付いたようで顔を上げて困っているのと恥ずかしそうな複雑な表情で見つめ返してくる。その表情が甘くなんとも言えずドキッとさせられた。
 その時には、桐子のことはすっかり頭から消え失せていて、今この目の前にいる女性にすっかり惹かれてしまっていた。

「大丈夫?足、冷たいんじゃない?いいから、これに載せて」
 と、言って左手に抱えていたカバンを彼女の左足のそばに置いて、戸惑う彼女に大した物は入ってないからとカバンに足を乗せることを薦めた。
「ごめんなさい。ありがとう」
 しばらく断り続けていた彼女も、片足ずつ動かしてカバンに左足を載せようとした。しばらく、無理な体勢でいたせいで、川口の両肩に手を突いて「きゃぁ」と可愛らしい声をあげて、照れ隠しに笑って左足を載せた。
川口がヒールの踵を外そうとしている動作を見ると、彼女は慌てて声を発した。
「ちょっと待って!ごめんなさい。無理に引っ張ると踵が取れちゃう。手伝って貰ってて悪いんだけど……それ大事なヒールなの。ごめんなさい。」
「あっ、ごめん」
 と、呟いて慌ててヒール全体をつかんでいた手を、慎重に踵だけに集中してゆっくりと力を入れて引っ張った。ようやく溝からヒールの踵が外れて地面に置いたカバンの横に彼女が履きやすいように並べて置いた。
「本当にありがとうございます。助かりました」
 そう言って可愛らしく微笑むと、彼女がヒールを履こうとした。その時、川口の携帯電話が鳴って、一瞬だけ彼女の動作が止まった。
「はい、川口です。……すいません、何度も電話をしていたのですが……無事、終わりましたので……はい、お疲れ様でした」
 同じ会社の先輩からの電話だったが、その電話を切った後、彼女がカバンをパンパンと掃ったまま持っていてくれたカバンを差し出して微笑みながら口を開いた。「川口さんって言うんですね」
 携帯電話を胸ポケットに入れる時に名刺入れに手が当たってそのまま名刺を差し出した。仕事上の癖で名前を聞かれるとすぐに名刺へと手が伸びてしまう。右手で差し出した名刺に左手を添えて、これまたいつもの癖で会社名から言いそうになって戸惑いながら、その名刺と交換に自分のカバンを受け取った。
「川口智也と言います。宜しく」
「あの……もしかして……グットモ?」
 自信のない不安な表情で見つめる彼女に戸惑った。

 小学校の三年生の頃だろうか、学校に行く前の時間帯でテレビの情報番組で英会話が流行った。その頃、同級生が洒落っ気を込めて川口の「グ」と智也の「トモ」をくっ付けて呼んだ仇名ではあるが、グットモーニングを省略してもある。しかし、中学校へ進む前には「グットモ」と呼ばれるたびに「おはよう。って馬鹿じぇねえか」なんて言い返していたりして、そうこうしているうちにその仇名では呼ばれなくなったのだ。つまり、今そのグットモと呼ばれていたことを知る人は同じ小学校に通った生徒以外いないのである。

「えっ、何で知ってるの。まさか……」
「嘘。本当にグットモなの。私、黒田麻巳子です。覚えていますか?」
 と、彼女ははしゃいで名を名乗った。
「嘘だろ。黒玉かよ。可愛くなったな」
 懐かしい再会に自然とはしゃいでしまっていた。彼女は「くろだまみこ」の名前のうち、「くろだま」までを取って呼ばれていたのだ。
「ひどい。この年になって、そんな悪口で呼ばれるなんて思ってなかったな」
 彼女は頬を膨らまして少しだけこちらを睨み付ける。そんな彼女を見て「しまった」と思った。

 今の彼女からは想像も付かないほど、彼女は当時おっとりとしていて、特別白い顔だった彼女とは対照的な仇名は、むしろ悪口として彼女自身も非常に嫌がっていた。
 誰が言い始めたのか判らないが、男子生徒からは「ばい菌」として避けられたこともあった。さすがに殴られたり蹴られたり等の暴力へと発展することはなかったが、それでも酷い虐めには違いない。

「ごめん。そうだよな。あの時、俺たち君のことを……ごめん。」
「うん。あの時はとっても辛かったわ……でもね。グットモだけは虐めたりしなかったわ。それだけがたった一つの救いだったの」
 彼女は虐めの話しになると急に俯き加減で話していたが、話の最後の方になると少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 虐めなんて最低だ。そう言ってあげられたらどんなに良いだろうか。彼女の微笑んでいるのを見ているとあの頃を思い出して少し胸が痛んだ。川口はあの頃、虐めは最低だと思いながらも、実を言うと関わりたくなかっただけなのかもしれない。一緒になって虐めるのが嫌だっただけなのだった。そんな自分を思い出して恥ずかしく、情けなく思えてならなかった。
「ごめん。結局、かばってあげることも出来なかった。見てみぬ振りして一緒に虐めていたのと同じだった」
 言い終わるともう一度「ごめんなさい。本当に悪かった」と言って、深々と頭を下げた。 「そんな……そんなことないよ。……そうだよ。あのフォークダンスの時だって、ちゃんと手をつないでくれたし、嬉しかったよ。ありがとう」
「そんなの、たったそれだけだよ。きっと、自分も一緒になって虐めているなんて自覚したくなかっただけだよ。偽善者だったんだ。最低だよ」
 彼女は「ううん」と首を振って無邪気に微笑んだ。
「ねぇ、ラブレター覚えてる?あの時、ごめんね」
 と、彼女は思い出したように顔を曇らせて言った。
「なんで……謝るの?あれだって俺の方が悪いのに……せっかく書いてくれたのに……読みもしないで突っ返したりして」
「だって……私からあんな物、渡したら迷惑だったでしょ。そのせいで、皆から冷やかされて……グットモ、皆を相手ケンカしたじゃない。タンコブ出来たんだよね。痛かったでしょう。本当にごめんね。ずっと気になってたの」
 彼女は今にも泣きそうな表情で、俯いたまま顔を背けた。
「君が悪いんじゃない。俺が悪いんだ。ラブレターなんて照れくさくて……だから、あんなこと。ごめんね。なんか謝ってばかりだね。そうそう、タンコブかぁ。それでもケンカ止めれなくて暴れまくるもんだから、皆から押さえつけられてからそのまま保健室まで抱えられたまま連れて行かれたりしたな。でも、俺ってからかわれると、すぐムキになるからすぐケンカになってタンコブ作ってたから。あの時に限ったことじゃないよ。だから、全然、気にしなくてもいいのに」
 彼女も胸のつっかえが降りたように無邪気に笑い、川口も一緒になって笑った。
「でも、あの時ラブレター貰って読んでいたら……もしかしたら、こんなに可愛い君ともっと早く再会して……付き合ったりしてたかもしれないなんて思うと勿体ないことしたな……」
「本当?本当に?」
 彼女は満面の笑みをこぼして、川口の顔を見つめた。そんな彼女に照れくさそうに笑いながら頷いて、彼女の注目にたまらず視線を逸らそうとした。そのたびに、彼女はその視線の前へと動いて川口の顔を覗き込んで見つめ続けた。川口はそんな彼女の気を逸らそうと思い出話を始めると彼女もその話に乗って、そっちの方へと盛り上がっていった。

 当時の彼女に対する虐めは、そのラブレターが原因だったのか判らないが、その後しばらくして道徳の時間に話し合うまでにもなった。虐めていた男子生徒の言い分と、彼女、黒田さんの言い分という話の進め方であった。その甲斐あって虐めは無くなった。いや、表立って行われなくなったと言った方が良いのかもしれない。
 誰も悪口を言わなくなったし、あからさまに避けることは無くなった。しかし、すぐに何も無かったように仲良くなったとはいかず、避けはしないものの嫌な顔をしたりと非常にぎこちなさは残った。
 今更ながら、虐められていた時ばかりか、あの話し合いの時もその後さえも彼女は傷ついただろうと想像できる。そして、そのぎこちなさも時間とともに忘れられて解決するはずだったが、次の学期に入る前には彼女が転校していってしまった。

 彼女は転校した先では友達に恵まれたことや、楽しかったことを交えて話してくれた。それは彼女の楽しそうに表情と、明るく可愛らしく成長していることが証明しているように思えた。
 彼女との思い出話は、ほんの5、6分のことではあったが、川口にとってこんなに楽しく話しに盛り上がったのは久しぶりに思え、もう少し……いや、ずっとこんな時間を過ごせれば……なんて思った。
「良かったらもう少し話さない。どっかで飯でも食べながら……お腹空いてない?」
 思い切って川口は切り出した。彼女と、このイブの夜を過ごせたらどんなに良いだろうか。彼女は少し困った顔をしたが、思い切ったように口を開いた。
「ごめんね。恋人と待ち合わせしているの」
 と、彼女はその断り文句に申し訳なさそうな表情を込めて言った。
「そっか、イブだもんね。仕方ないか。でも、こんな可愛い子をずっと待たせたままで、酷いやつだな……」
 川口は彼女の彼氏をけなしてしまったことに後悔して口を閉じて、彼女を怒らせていないかと顔色を伺った。彼女が急に俯いたのを見ると、取り成す言葉を捜したが見つからなかった。
「本当は明日帰ってくるはずの出張に言ってるんだけど、私が彼に無理言って約束したから仕方ないんだ」
 彼女は少し寂しそうにではあるが、無理しているのか笑いながら話した。
「そっか。」
「独身最後のクリスマスイブだから……私、来年の春に彼と結婚するの……」
 彼女は言葉の最後の方になると幸せそうな笑顔で笑った。
「結婚……するんだ……その彼さぁ……」
 川口は、いい奴なのと聞こうとして止めた。彼女の幸せそうな笑顔を見ていると優しそうな彼しか想像できなかったからだ。その代わりに川口はがっかりせずにいられなかった。しかし、それを顔に出さないように笑ってごまかして言った。
「いい奴なんだね。おめでとう」
 彼女は嬉しさを見せないように隠すように、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ありがとう……私ね、ラブレターのことずっと気になっていたから……だから、グットモに会えて良かった。また、会えるなんて思っていなかったもの」
「気にすることなかったのに……でもね。俺もあの時のこと君に……黒田さんに謝れたらって思っていた。本当に会えて良かった。」
「あの頃、私……全然可愛くなかったよね」
「何言ってんだよ。黒田さんはいつも笑ってたね。笑顔……可愛かったよ」
 あの頃の彼女は、虐められている時は、笑っているか怒っているかのどっちかだった。気の強かった彼女は怒って一生懸命に戦っていたが、反面、笑っている時も一生懸命に辛さを笑顔でごまかそうとしていたのだと思う。そんなことを思い出してながらも言ったその言葉は、川口の本心そのものだった。そして、今の彼女の幸せそうな笑顔と、あのラブレターを突っ返した時に唯一見せた彼女の大粒の涙が、何故だかだぶって見えて、より一層に今の彼女の可愛らしさを引き立たせて見えた。
 最初は信じようとしなかった彼女も、川口の言葉に照れくさそうに微笑んだ。
「そんなこと言ってもらえるなんて思わなかった。ありがとう」
 その彼女の言葉が合図だったかのように、今度は彼女の携帯電話が鳴った。彼女の彼氏がすぐに迎えに来るという内容が、嫌でも聞こえてくる彼女の電話への話声で判った。
 電話で話している彼女は、優しさと彼に対する軽い嫌味ともとれるような言い方で、旨く飴とムチを使っているかのようで、川口までついつい吹き出してしまい笑いを堪えなければならなかった。そして同時に、川口と話してる時の彼女とは少し違って、本物の恋人同士……今にも結婚しようというカップルなのだと思い知らされた感じがした。
「じゃぁ……俺はこれで……お幸せに」
 電話での会話への余韻がまだ冷め切らずにいた彼女が、ふいに目の前に川口がいたことを思い出したように照れ隠しに笑っている時、川口はさよならを言ったのだった。
「うん。じゃあ、また……また、会えるかな?」
 彼女はさよならの言葉の後、再会を確認したが、川口は笑いながら首を横に振った。彼女はうんと頷くと微笑んだ。

 彼女と別れて川口は駅ビルの中に入ると、駅舎の中を拭きぬける風が急にせばめられて外よりも強くさらに寒く感じる。改札口の付近にいた女性の携帯電話が鳴って話しているの見て、川口は急に桐子の声が聞きたくなった。携帯電話を操作して桐子の電話番号を表示させて、しばらくその番号を見つめていたが電源をきってスーツの内ポケットへしまった。
 結局、桐子に振られたのは自分の方だったのだと川口は思った。たぶん、彼女が他の男と浮気したあの夜に……


 男は人差し指を二本くっ付けて星空を指差す。指差した先は一番明るく見えるあの星。その星からハの字に開くようにして夜空をなぞり始める。
「クリスマスツリー……無くって、ごめんね」
 男が夜空に指でなぞったクリスマスツリーは、彼女と二人だけの物。男の肩に頭を持たせかけている彼女が男の言葉に、静かに首を横に振る。そんな彼女の肩に右手をかけて肩を抱く。
 彼女はあの一番明るい星を、右手の人差し指で指差すと、男は左手の人差し指をその指にくっ付ける。そして、クリスマスツリーを二人で描いた瞬間、魔法のように流れ星が二人の前を横切った。
 たった一つだけ流れた白い流れ星が、二人のためのホワイトクリスマス。

This story was written by Dink in HP『しろく』.