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第5話 エレベーターホール


「上ボタン……良し(7階か降りてくるのに時間かかるな)」
「あのぅ。五十嵐さん。ですよね?」
「えぇっ。(可愛い!誰だろう。今から行く会社の人?)……(こんな可愛い女性に声をかけられるなんて)……(でも、俺の名前を覚えているはずないよな)」
「外回りですか? あのぅ。宜しければ、少しお時間頂けませんか?」
「あっ(お時間? 何だろう?)はぁ(今、何時? 12時10分前か)ごめん、ここの6階に入っている会社に12時に約束してて、(何で12時に指定されるんだよ)だから、もうそろそろ行かないといけないんだけど。(でも、12時にここに来なかったら声もかけられなかったのか。ふぅ)」

「そうなんですか……」
「……(すごく残念そう。どうしよう。)」
「じゃぁ、終わってからなんてどうですか? 何時ごろ終わります?」
「あっ、たぶん1時前には終わると思うけど。(そうだ、何とか引っ張れ)良かったらランチでもどうかな?」
「はい、私も1時ごろまで2階に入っている会社の用事済まして置きますから、じゃあ、あそこの喫茶店に1時に……」
「うん、じゃあ1時に。(やっぱり、あの会社の女性じゃないんだ。じゃあ、誰だろう)」
「ええ、お願いします」
「……(可愛い!笑ってるよ)あははっ(ううっ、抱きしめたい!)あの(馬鹿っ、何考えてんだ)ところで、どんな話? (しっぽ。いや、ポニーテール)」
「あの、こんなところで言い難いんですけど……、前から……その」
「……(前から何? まさか、告白なのか?)……(照れてる。笑って誤魔化そうとしてる?)……(やっぱり告白?)」

「ところで……もうそろそろ結婚を考えてるとか……あるんですか?」
「……(いきなり結婚? 何? 何? 何!)いやっ無いけど。(嬉しそう)好きな人はいるんだけど……(馬鹿っ何言ってんだよ。悲しい表情になった)でもっ、振られたんだけどね。(また、嬉しそう。告白? 告白?……告白!)あっはっはっ。(駄目だ!パニック)」
「……」
「……(馬鹿っ、何か言わないと)」
「ええっと……可愛い。(違うって、何言ってんだよ。でも、微笑んだ)あはっ。(ほっぺた。えくぼ。吸い込まれそう)良かったら今度映画でも行かない? (わっ馬鹿。ランチの時に言えばいいのに)……(喜んでる。でも、驚いている)あっあの。その、付き合って欲しいとか、恋人になって欲しいとか、そんなんじゃなくて……(駄目だ。何を言ってんだ。)友達。友達からでいいんだけど。(微笑んでる。でも、少し残念そう)あっでも、デート。デートには間違いないよ。(わぁ、今度は喜んでる)」
「はい!喜んで」
「……(えぇ、喜んで? OK)あっはっは。(ヤッター。ヤッター)やったぁ。(わっはっは。彼女も嬉しそうだよ)」


 チーン

「来ましたよ」
「ああ、うん」
「……」
「……」
「2階だったよね。(わぁあ、まだドキドキしてるよ)それから、6階っと(ドキドキ!馬鹿だな。自分で告白しちゃったよ。わっはっは。OKだって、ヤッター)」
「あのう、だからって誤魔化さないで下さいね。ちゃんとライフプラン考えたんですから」
「ええ? (にこっ、って可愛い)……(誤魔化す?)……(ライフプラン?)……(パンフレットを出した。保険)……あっ、あの保険のおばぁ(馬鹿っ、歳下の女性におばちゃんはマズイだろう。)おばぁ(マズイ。誤魔化さないと)尾花さん。保険の尾花さん? (苦しすぎる)違った。名前、御免なさい。覚えていないけど……保険のおねーさん」
「やだぁ、おばさんとかって言われるかと思っちゃいました。もしかして、気付いてなかったんですか? 御免なさい。今度、会社に伺おうと思ってたんです」
「あははっ。(眼鏡を出した。そうだ、黒渕の眼鏡。だから、気付かなかったんだ)こっちこそ、御免なさい。(そっか、保険の話をしたかったのか)」

 チーン

「じゃぁ、1時に喫茶店で」
「うん。1時に喫茶店で」
「えっ、降りちゃっていいんですか?」
「……(えっ、つられて降りちゃった)うん、いいんだ。(微笑んで、手を振ってくれてる)……(手、振っちゃえ)あはっ」
「じゃあ、私ここですから……」
「あははっ。(入ってった。ああ、入る直前のキリッとした表情もいいなぁ)……(ああ、でもデートOKだったよな)あはっ。(疲れた。やべぇ、力が抜けて座り込んじゃった)……(もう一台のエレベーターが上がってくる。開くのか?)」

 チーン

「……(やばぃ、女性が2人降りてきた。早く立たないと……)」
「やだぁ、何? この人」
「駄目だよ。早く行こうよ」

「あはっ。(何だよ。変な目で見やがって。へへんだ。デートOKなんだからな)……(いいよ。いいよ。変な目で見てろよ。あんな可愛い女性とデートだぞ。デート)わぁはは。やったぁ」


 言葉(セリフ)は重要である。時には、人を心地良い気持ちにさせてくれ。また時には、人を不快な気持ちにさせたりもする。
 一度、心地良い気持ちにさせたと思えば、その直ぐ後で不快な気持ちにさせてしまったり。また、不快な気持ちにさせたと思えば、その直ぐ後で心地よい気持ちにさせたりもありえる。
 言葉(セリフ)に対して相手の気持ちは上がったり下がったりのエレベータと同じと言えよう。そして、言葉(セリフ)はそのエレベータのボタンなのかもしれない。

This story was written by Dink in HP『しろく』.