第4話 ひとりじめ、 |
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押入れの奥壁にある小さな穴。 この穴のおかげで隣に住む相馬先輩の部屋と繋がっているような感じがする。 向こうにしてみれば僕の部屋の押入れまで、単にこちら側からの一方通行。 始めてこの穴を覗いた時は誰もいなくてがっかりした反面、ホッとした。 ガランとした部屋だが、ちょっとした小物が女の子らしいと思った。 その誰もいない部屋に胸の鼓動が高鳴ったことは、1年経った今でもハッキリと覚えている。 そして、すぐにダンボールをちぎってガムテープで貼り付けて塞いだ。 もちろん、いつでもはずして覗けるようにした。 このアパートは近辺の学園都市に通う学生専用であり、大学に入学する直前に入居した。 それ以前に住んでいた人が1年上の相馬先輩だった。 角っこにあるこの部屋で以前下着を盗まれて、僕が入る前にちょうど空いた隣の部屋へ移った。 僕にとっても窓が多くて明るい良い部屋でありがたい。 この部屋で生活していた相馬先輩をよく想像していた。 備え付けのベットで寝る時は特に…。 ショートカットの相馬先輩は気が強くて優しい。 八方美人ではないのでなおさら笑顔が可愛く見える。 先輩がバイトしている本屋には良く行った。 レジでカメラ雑誌を差し出す僕に「ふ〜ん。カメラに興味あるんだ!?」一言だけ声をかけてくれた。 それから次第に話をするようになって、僕のバイト先である喫茶店に来てくれたりもした。 日曜日には映画に行ったり、先輩の買い物に付き合ったりする程にもなった。 「あんたの先輩なんだから、プチデートしてあげるよ。後輩想いでしょう!?」 そう言いながら先輩は笑った。 僕は壁に貼ってある先輩の写った写真を見ながら思い出した。 この前の日曜日にいつものプチデートで告白してしまった時のこと。 「僕は、先輩のことが好きです。あの…恋人になってもらえませんか!?」 そう言った後ももっと軽く言った方が良かっただろうかと、あれこれと考えていた。 先輩は自分が女性だった事に今気付いたとでもいうぐらい驚いていた。 そして目の前にいる僕が男性だという事にも。 今までお互い気軽に話し掛けていたのに、それっきり何も話せなくなっていた。 しばらくの沈黙が続いた後、先輩は何も言わずに黙って帰ってしまった。 それから、先輩とは会っていない。 壁一枚の隣の部屋にいるのに、もう何をどういえば良いのか判らなかった。 先輩は次の日も、その次の日も大学へもバイトにも休んだ。 壁の写真では先輩が子犬に向かって微笑みながら、頭を撫でている。 その隣の写真は遠くから撮ったもので、公園に座っている先輩がどこか遠くを見つめている。 次は商店街を歩く先輩を後ろから撮った写真。 そして、花壇の前で写っている先輩の横顔の写真。 僕は壁や天井に張り巡らされた先輩の写った写真を順番に見ながら思わず笑った。 洗面台の鏡には、あの穴から撮った写真で今にも服を脱ごうとしている。 それを見ながら、胸の鼓動が早くなるのを感じた。 たった一枚を覗いて、どれもカメラ目線ではない。 そのカメラ目線の写真はベットの上の天井の上にある。 新聞を大きく広げるより大きく引き伸ばして、ベットで仰向けになると笑いかけてくれる。 これだけ大きいとかえって気恥ずかしくなる。 突然、ドアをドンドンと叩く音がして、ドキッとした。 「ねぇ。開けてよ。…早く…開けて。」 今にもドアを叩き壊すのではないかと思うほどドアを強く叩きながら先輩が叫んでいた。 僕はベットから起き上がり、ゆっくりとドアの方へと歩いた。 「早く開けないと、勝手に入るわよ。この部屋の鍵持ってるんだから…。」 『そうだ…先輩は前にこの部屋に住んでいたのだ。』改めてそう思った。 「今、開けるから待って…。」 僕は部屋中に貼りめぐらされた写真を気にしながらもすぐに鍵を開けた。 鍵が開くとほぼ同時にドアノブが回って、ドアが開いた。 勢い良く入ってきた先輩は、少しだけためらいながらも僕を押しのけた。 靴を脱ぐと部屋の中に入って立ち止まり、部屋中の写真を見回した。 呆然と立ちすくむ先輩がいったい何を考えているのか判らなかった。 そして、振り返った先輩の頬からは一筋の涙が流れていて、僕はドキッとした。 いつになくキリッとした険しい表情で僕を睨みつけた。 僕は反射的に目をそらした。 しかし、どこを見ても貼られている先輩の写真に、キョロキョロと目を泳がせるしかなかった。 先輩は僕の襟首をギュッと掴んで、思いっきり体当たり。 それに対してびっくりしたのと同時に、僕はゴホゴホとむせいでしまった。 「あの写真は…。」 思いっきり掴んだ襟首にそれ以上は言葉にならなかった。 先輩はそのまま僕へと全体重を預けて、今度は声を出して泣き始めた。 両手で先輩の両肩を軽く抱いた。 しばらく、泣き続けた先輩はゆっくりと口を開いた。 「あのね。ずっと一緒にいたいよ。だから…ごめんね。」 僕はそのまま先輩の背中へと両手をまわして軽く抱きしめた。 「きのう、バイトから帰ってきたら…びっくり…したよ。」 何故だか、またあの穴を思い出していた。 いつかまた覗こうと思っていたのに、二度と覗かなかったあの穴の事を…。 |
恋をするとおかしな行動をしてしまったり…。 いろいろな恋がある。 周りから見れば、「あれっ!!」と思っても本人たちには、 それはそれで良いのかもしれない。 This story was written by Dink in HP『しろく』. |