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第3.75話 とまどい


「あのさぁ、何で受付、引き受けるちゃうの!?しかも、結婚式と披露宴の間中、ずっとだよ。普通、こういうのって交代でするもんだろ」僕は、美裕に抗議の意を込めて言った。
「だって、硬苦しいから出席したくないとかって愚痴ってたでしょ。友達の結婚式なんだよ。だったら、せめて受付でもしているのが、友達甲斐ってものでしょう」美裕は笑いながら言った。美裕は結構楽しんでいるようだ。
「確かに言ったけどさぁ。だけど、どんな人と結婚するのか、知らないんだよ。ずるいよ、美裕はもう会ったんだろ」そう言うと、得意げにニヤニヤと笑っている。
 こういう、意地悪なところは相変わらず変わらないが、付き合い始めてから随分大人っぽく落ち着いた方だと思う。
 付き合い始めてもう3年ちょっとになるが、その時は苦手だったその振る舞いも、付き合い始めると、これが結構可愛いものだと思い始めた。
 しかし、その時から、少しずつ変わっていく美裕がなんとなく寂しい。一人だけ先に大人の魅力に染まっていく美裕に、自分だけが置いてけぼりを食わされているような、劣等感を感じていたのかもしれない。それでも、2人きりの時には逆に子供に戻ったように甘えてきたり、そのギャップに前とは比べようもない魅力がある。

「ねぇ、そう言えば何で、誘ってくれないの!?可愛い子だとか…とっても素敵だとか…いつだって感想ばかりで…たまに会ってんだろう」僕は、わざと不満そうに言った。
「何でそんな興味があるの!?それって私になにか不満があるってこと!?」ほっぺたを軽く膨らませたようにして美裕は見つめ返してくる。こういう表情をされると、やましい気持ちがなくても焦ってしまう。
「べっ、別に興味あるわけじゃないよ。だって、美裕がいるから…。ただ、広志の友達として一応は…」  急に受付の台の下で、美裕が僕の手をギュッと握って来る。おいっ、やめろよ恥かしいだろ。そう思いながら美裕を見つめる。すると「大丈夫、誰も見てないわ」と、まるでそういうように見つめ返した。
「分かってるよ。興味があったら広志さんに言って、勝手に会ったりするもんね。私、広志さんに絶対会わせないでって頼んだの。でも、そんなこと一度も言ってこないよって言ってた」ペコンとごめんなさいって顔をした。
「何だよ。だから、あいつ…会いたいか!?って、何度も聞いてきたんだ」広志の言葉を思い出して、笑ってしまった。きっと、会わせるつもりもないのに、しつこく聞いたりして、それで美裕に言いつけるだとか言って、からかうつもりでいたらしい。引っかからなくて良かったと胸をなでおろした。
「大体、そんなに可愛い子なら、会って何話せばいいんだよ。こんにちは…って言って、それじゃあって別れるのか!?絶対、変だよな」
 自分でも言っていて情けなくなってくる。多少、オーバーに言ったつもりだったが、実際、向かいあってただ沈黙している姿しか思いつかなかった。
「そうだね」そう言ってくすっと笑った。

「すごく綺麗だったよ。ウエディングドレス」少しの沈黙の後、美裕はポツリと呟くように言った。
「えっ、見たの!?そっか…。何だよ、どっかに行ってたかと思えば…」
「見たかった!?」また、台の下で握った手に力がこもった。
「別にいいよ。でも、そういうのって同じ女性としては、興味あるもんなんだろ!?」ちらりと、美裕の顔を見た。
「うん」
「そっか」その割に、何故か寂しい表情。何故だろうと考えながらも、とりあえず出た言葉だった。
「うん」ほとんど、惰性で返事をしているようだ。
 僕は、ふっと思いついたように聞いてみた。
「もしかして…。そろそろ、結婚したいな!!…とかって思ってる!?」また、美裕の表情を覗うように見つめた。
「ううん。駄目」
「えっ、駄目!?それって…僕とは結婚なんて考えていない…ってこと!?それとも…まさか結婚するなら…別の人とって…思ってるの!?」期待した返事と違うことに、驚きと焦りを隠せなかった。
「ううん。なんか…まだ駄目だな…って思うの…分からないけど…」
「ねぇ、何かこうやって2人きりで落ち着いて話しているのって、久しぶりでいいよね」美裕は話を変えるように言った。
「えっ、ああ。そうだね」
 そう答えながらも、しばらく美裕の「まだ駄目」という返事の意味を考えていたが、結局は頼りないのだろうかという方向に行き着いてしまう。
 そして頭の思考を変えて、美裕との会話が少なかったことを反省した。もちろん、デートは頻繁にしていたが、ただ一緒にいるだけで、お互いの気持ちを分かっているつもりでいたのかもしれない。
 台の下で強く握り締められた手に、もう少し美裕のことを分かりたいと思わせられるとともに、そう努力しなければいけないと決意していた。


 美裕には他の同僚たちの方と楽しむようにと促して、自分だけは結婚式と披露宴の受付が終わった後も、写真撮影だとか二次会だとか、何だかんだと雑用ばかりしていた。
 確かに友達であり同僚でもある広志の結婚の相手が全く気にならないでもないが、やはり遠目に見ても可愛らしい女性に気後れしている。広志の近くへ行く事さえ落ち着かないような気がして、避けていたというのが本音だった。
「もうそろそろ、こっちに来て飲んでくれよ」広志は僕を気遣ってくれたが、多少はこれで避けることもできないのだとあきらめなければならなかった。
「ああ、そうだな。ありがとう」僕はそんな素振りを見せないようにと、軽く笑顔を作って答えた。
「何だよ。礼を言うのはこっちの方だろ。サンキュウ」そう言って僕の肩をポンと叩くと、また自分の結婚相手である彼女の傍に戻って、向かい側付近に僕のスペースを確保してくれた。

「なぁ、そう言えばお前さぁ、確か石川県とかあっちの方の出身じゃなかったか!?彼女もあっちの生まれなんだよ」広志の突然の言葉に、他の同僚たちや彼女の友達は一斉に僕の方を見る。
「違うよ。昔、住んでいただけだよ」僕は皆の注目を嫌い、それを回避するつもりで素っ気なく言った。
「ふぅ〜ん。どの辺!?私、金沢の近くの…」その言葉に彼女を反応させてしまった。
「えっ、ああ。僕もその辺りだよ。懐かしいな」彼女と直接話すことになろうとは思ってもおらず、慌てて彼女の言葉を遮るように答えてしまう。美裕とは違った清楚で純粋な雰囲気の彼女と真正面に向かい合って動揺している。それでも、彼女は気にしていないようで、静かに微笑んだ。
「本当に懐かしい」
 ふと、彼女のその言葉に白い雪景色を思い出す。自分の頭の中の脳だけがぐらっと揺れるような感覚に襲われた。
「金沢っていえば、金沢城とか、兼六園とかがあるんだよ」僕は他の同僚たちを見回すようにして言った。
「あ、兼六園って聞いたことある」同僚の女性のうちの一人が答えた。
「それから、百万石祭りとか」皆は知らないと首を振る。彼女だけは楽しそうに、うんうんと聞ききながら皆の反応を観察している。
「じゃあ、難しいのにして…キンコウダイとかって知ってる!?」僕は彼女に向かって言った。
「え、キンコウダイ!?ううん。知らない」彼女は少し困った顔をした。
「何だよ。キンメダイとか、魚か!?」少しふざけた様子で、他の男が口を開いた。
「ごめん。普通は…コウダイって言うんだけどね。たぶん、知らないだろうな」僕は意地悪そうに笑った。
「ああ、分かった。金沢工業大学のことだ!!」彼女は少しはしゃいでいた。
「すごい、あそこら辺も分かるんだ。あの辺で一番にファーストフードが出来てさぁ、友達なんかキーホルダーもらって喜んだりしてさぁ」彼女が嬉しそうに聞き入っていたので、僕はその場の雰囲気も考えずに、いっきに思い出に引き込まれていった。

「なぁ、そんな話はいいからさぁ。広志。さっきの話の続きは…」いいかげん、彼女と僕だけの話にうんざりという感じで不満の声があがった。
「ああ。あれな。その男の子と別れた後、肺炎を煩わせて一週間ぐらい寝込んでしまったんだ。その間に隣の病室の友達が死んでしまって…」彼女はその話になると恥かしそうに、広志が代わりに話しているのを聞いている。
 また頭の中が揺れる感覚を味わいながら、雪ウサギやさつきちゃんのことが思い出される。美裕と恋人として付き合いだしてからは、一度も思い出したことはなかったのに。
「さつきちゃん…」僕は思わずもらしてしまって、はっとして口をつぐんだ。
「馬鹿。お前何言ってだよ」そう言って、隣にいた同僚が僕の頭をポンと叩いた。
「お前…何で…まさか!?」広志と彼女は、びっくりして僕を見つめた。僕は何かマズイことを言ったのだろうか!?真剣に見つめる二人に気持ちだけが後ず去った。
 その時ちょうど、美裕がさっきまで話込んでいた友達を残して、僕の腕にもたれかかってきた。 「ごめん。ちょっと飲みすぎちゃった。もう帰ろうよ」美裕はゆっくりと僕の両腕に抱きついて哀願してくる。
「待って!!私、あの…あの時の女の子はさつきちゃんじゃないの。私、いつ死んでもおかしくないっていう看護婦さんの話を勘違いしてしまって…もしもの時のために、友達のさつきちゃんの名前を教えてしまって…まさか、さつきちゃんが死んでしまうなんて思わなかったから…」彼女の頬から一筋の涙が流れ、広志は彼女の肩に手を回して優しく引き寄せながらも、僕の方へ笑いかけた。  美裕が僕の腕を軽く引っ張って、もう一度僕に哀願する。美裕を見つめながら、思い出から引き戻されていた。 「違うんだ。その時の男の子は僕の友達で…さつきちゃんと会えなくなって寂しがっていて…それでさつきちゃんの話をしてくれたんだよ。だから…あれは僕じゃないんだ」僕を見つめていた彼女の顔が、少し残念そうな表情に変わった。

「その友達の名前は何て言うんだ。彼女その男の子の名前も知らないんだ。教えてくれよ」
 広志の言葉に彼女の目にも輝きが戻り、もう一度僕を見つめる。焦った。一面に広がった雪ウサギの光景が目の前に浮ぶ。雪ウサギ。雪ウサギ。そして、雪ウサギ。
「雪ウサギ…」思わず呟いてしまい、広志と彼女がその言葉に一瞬固まり、もう一度聞き返した。
「えっ…。雪…。ユキオ。マツモトユキオって言うんだよ。そう…あいつもなんか…素敵な恋人が出来たって言ってたな。確か…3年くらい前だったかな…」慌てて答えながら自分自身一体何を言っているのか分からず、とにかく笑ってごまかすしかなかった。
「あの、その人の住所を教えて………。手紙を出すわ。あの時のこと、教えてあげたいの」彼女は広志の顔を途中でチラリと見て、広志がうんと頷くを確認してから、続けて僕に言った。
 焦りが足元から全身を揺らすように、体の下の方から湧き上がってくる。腕に絡みついた美裕が僕の顔を覗き込んだ。 「ごめんなさい。やっぱり、気分が悪いの。帰ろうよ」僕は美裕を腕から離すと、正面から抱きしめて頭に手を当てて「分かった」と一言呟いた。
「あいつには年賀状さえ出してないから…。連絡のとりようがないんだ。他の友達に頼んで調べてもらうよ。そのことは僕の方から伝えておくから…ごめん。美裕を送らないと…先、帰らせてもらうよ」
 広志も彼女も僕の言葉に納得したのか、それ以上聞かず、広志は彼女の軽く抱きして落ち着かせていた。

「美裕。大丈夫か!?」
 美裕は二次会の店をでると、一人でスタスタと僕より先を歩いた。彼女の肩を抱こうとすると、スルリと逃げるようにしてまた先を歩こうとする。
「なぁ、気分が悪いんだろ!?」
 彼女は首を横に振り、僕から眼をそらすように俯いている。本当に大丈夫だろうか!?彼女の顔を覗き込むとポタリと落ちる涙が光った。
「ごめんね」彼女は真っ赤になった眼から頬を伝った涙を手でぬぐい、こわばった表情で無理やり笑顔を作っている。
「何が!?」いきなり謝られて訳が分からず聞き返した。
「ううん。何でもない」彼女は無理して作った笑顔から、すっと何か抜け出たように自然な笑顔に戻った。
「でも、その友達に恋人が出来た事は…知っているのに、連絡の取りようがないなんて、変だよね!?」
「え、そんなこと言ったかな!?」焦って並べた言葉を思い出そうとすると、ただその時の焦りが思い出されるだけだった。
「ねえ。………。もういいよ」突然、彼女は満面の笑みを浮かべて、僕を見つめて言った。
「………。いいって何が!?………。ねぇ、何だよ」
 僕が何度聞いても、彼女は意地悪そうに笑って見つめ返すだけだった。


 もう一度会えたら…。
 相手の人生は、自分とは別の場所で流れている。それを忘れて、同じ気持ちに戻れるような気がしたり…そして、初めてそのことに気付く。

 もう一度会えたら…何がしたいか!?…そうではなく、何をすべきか!?なのだと思う。

This story was written by Dink in HP『しろく』.