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第12話 炎の向こうで


 ろうそくに灯った炎。燃えているのは現在には違いないが、過去であるあの時の炎とどう違うのだろうか。
もしも、あの時と同じ炎を灯すことが出来れば、もう一度あの時に戻れるのかもしれない。
その炎だけは現在も過去も全てを知っているのだから。


 早智子は四角い座テーブルに丸いケーキを置く、それにローソクを立てて二人分の取り皿を並べる。手料理を並べ終わると人刺し指で足りないものは無いかと確認してから座った。
 真後ろにあるベッドに背を持たせかけると大きく伸びをしてから溜息をつく。座テーブルの向こうの席には誰もいなかった。
 真後ろに両手を伸ばしてベッドの上を探ると、やわらかい毛布のような生地の熊のぬいぐるみに手が触れる。そのぬいぐるみの足をひっぱって抱き寄せると彼の代わりに抱きしめる。熊の顔に自分の顔を押し当てて目を瞑ったまましばらくの時間を過ごした。
 早智子は高校を卒業してから親元を離れて一人暮らしを始め、就職した今でもその近くへ他のアパートへ引っ越して暮らしている。それから、毎年のように独りぼっちの誕生日を過ごさなればならなかった。
 中学の時から付き合っている彼も同じ大学ではなかったが、近くでそのまま就職して今でも同じアパートに住み続けている。いつも一緒にいられるようにと二人で話し合って決めたのである。しかし、彼は毎年この誕生日は小学校時代の友達と集まるために実家に帰っていた。
 終電に間に合えば今夜中にも来てくれるのだが、間に合わない時は次の日の朝早くお腹をすかしたまま来てくれる。だからこそ、誕生日の準備だけは済ませて独りぼっちで彼を待っていなければならない。何故、誕生日を独りで過ごさなければならないのと不満をもらしたことはもちろんある。しかし、彼も友人達も自分の誕生日を向こうで祝ってくれている、そんな意味合いもあるのだと思うとあきらめるしかなかった。

 もうそろそろ彼から電話があるかもしれない。いつも、涙声で「誕生日おめでとう」という電話をくれる。その電話があることで自分への気持ちが伝わってくるように感じられて嬉しかった。
 その時ちょうど電話がなって受話器を取って「もしもし」と話し掛けると、「さっちゃん。誕生日おめでとう」といきなり彼がしゃべる。時折、うっうっと涙を堪えようとしている様子が伺える。鼻をすする音さえ聞こえている。たった一本の電話に嬉しいと思いながらも、こんな思いまでして彼等に会いに行かなければいけないのかと思わないでもない。
「ありがとう……どうだった?みんなに会えた?」
 やっぱり涙を堪えながら「うん」と彼がつぶやく。
「あのね。あいつらさぁ。お前だけさっちゃんといい思いしやがってとか言ってさぁ。笑ってんだぜ。まったく、あいつら何なんだよ一体。」
 電話ごしの涙声で話す彼に「うんうん」とあいづちを打ちながら続けて話す彼の言葉を聞いた。
「それから、大人っていいよな…なんて言って……ビール飲みながらくだらない話したりしてさぁとか言って……大人になったら貴史はパイロットになりたかったって言ってたよ。勇次は新聞記者で、裕志は警察官だったってさ。森尾は世界をまたにかけた泥棒なんていうだよ。ルパン三世とか言って……あははは。それでね、貴史が逃亡を手伝って裕志が捕まえてそれを勇次が新聞に書くんだってさ。おかしいだろ」
 とても笑う気分ではなかったが、それに合わせて笑ったのは彼の気持ちを少しでも和らげてあげたかったからだった。
「何であの時……俺がジャンケンで勝っちゃったんだろうな……あいつら俺がジャンケンに弱いの知っててジャンケンしようって言ったんだぜ……それなのにあの時に限って何で……」
「馬鹿なこと言わないで……お願いだから。仕方なかったんだよ……」
 電話の向こうでは堪えきれず泣いている彼に叱りつけるようにして彼女は叫び、少し落ち着いたのを確認すると今度は優しく話しかけようと気持ちを整えた。
「言ってくれたんでしょう。みんなは私たちと一緒に生きてるんだって……」
「うん。言ってくれたよ。お前が……毎年来てくれるから……一緒に成長することが出来たんだって……」
 彼はその言葉をかみ締めるようにゆっくりと話す。実際、彼にとって唯一の救いの言葉に違いなかった。
「そうだよ……。ねぇ、大丈夫? 早く来てくれるでしょう?」
 彼は「うん」と一言だけ返事をする。彼女の「じゃあね」と言葉に彼も「じゃあ」という言葉でお互いに電話を切った。

 あの日の夜、早智子のために誕生日を開こうと隠れ家であるあの小屋へと集まって、一通り準備を終えてジャンケンで誰が早智子を呼びに行くのかを決めたのだ。
 ジャンケンに勝った彼が早智子の家に来た時には、彼らの気持ちは高まり頂点に達しようとしていのだろう。今となっては誰がローソクの火を倒したのかは分からない。その小屋に発火性の薬品が置かれていたのは後になってから分かった事である。
 一目につかない隠れ家は早智子と彼が言った時には、燃え盛る炎がまるで大きな獣のように二人の目には映り、ただただ抱き合って震えていることしか出来なかった。
 朝方に降った雨によりある程度燃やし尽くした小屋の火を消して、炭化した骨組みだけを残した。
 二人はまだ熱を発している小屋に入って、もうそろそろ扉に届いただろう所で手を伸ばして倒れていた貴史を見つけ、その焼けただれた手を触った。
 貴史のすぐ後ろで倒れていた裕志と窓際で倒れていた勇次、それから一番奥で丸くなって倒れていた森尾。みんなの手を触って回り一生忘れないようにと心に刻み込んだ。
 あの炎の向こうで苦しんで逝ったみんなの手を……。

This story was written by Dink in HP『しろく』.