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第6.5話 …枯葉が落ちる


 「おいっ。待てよ。そんな事すると、有香ちゃんに喋っちゃうぞ。」
「分った。分った。止めるから言うなよ。」
テニス部の男子生徒2人がじゃれあっていた。
 「あはは。ゆ〜かちゃ〜ん。あはは。」
「待てよ。止めろって。」

 「それにしてもさぁ。お前最低だよな。浅野にやるはずのチョコ、有香ちゃんから取ってさぁ。」
「馬鹿。あれはちゃんと浅野の下駄箱に入れてやったんだよ。」
 「嘘言うなよ。だったら取らないだろう。普通。」
「もしかして、俺のじゃないかなとか思ったんだよ。それで、カード見たら浅野のだった。」
 「自分のだと思ったら、取らないだろう。」
「あぁ。そうだよ。俺は最低だよ。誰のか判らなかったから、知りたかったんだよ。」
 「でも、普通取らないだろう。」
「返そうと思ったよ。でも授業始まったら返すタイミングが無かったんだよ」

 テニス部の女子達が練習をしているのを、2人は見つめた。
「だから、仕方なく浅野の下駄箱にいれたんだよ。」
 「でもさぁ。お前も変わりに他の女子からもらったチョコを潰して入れたんだろう。」
「無くなってたらまずいだろう。ちょうど同じ包みのチョコがあったからな。」
 「やきもちにしても最低だな。」
「なんだよ。悪かったな。あぁ最低だよ。俺は。」
 「そう言えばその日、浅野が有香ちゃんをデートに誘ってたらしいぞ。」
「なんでだよ。有香ちゃんのチョコには名前書いてなかったのに。」
 「なんだよ。お前、名前書いてなかったから返したんじゃないか。」
「あぁ、そうだよ。絶対失敗だと思ったのにな。」
 「お前、絶対最低だぞ。それ、やばいって。」
「分ったよ。俺は最低だ。でも、絶対に言うなよ。特に…。」
 「有香ちゃんには。だろう!?」

 「でも知ってるか!?浅野の奴。もらったチョコ人に売ってんだぞ。」
「なんだよ。それ。」
 「いいよな。もてる奴は。俺もいっぱいもらいてぇ〜。」
「なんだよ。良くねぇよ。最低じゃないか」
 「お前が言うなよな。もらったチョコ潰して有香ちゃんのとすりかえといて…。」
「そうだけどさぁ。でも、やっぱり。」
 「何でも、それでデートの約束まで変わりにして、売りつけた奴に行かせるんだって。」
「なんだよそれ、本人じゃなきゃまずいだろう。」
 「あぁ。でもそのきっかけで、付き合い始めた奴もいるらしいぞ。」
「マジかよ。」
 「お前だったら有香ちゃんのチョコだったら買うか!?」
「買うわけ無いだろう。そんなの…。絶対…絶対…。買うかもな。」


 裏門の先の自販機の前!? やだぁ。きゃ〜ぁ。どうするんだろう。  その先の公園かな。裏門の方は人が少ないからデートにはバッチリね。 そして、その後は公園の先のファーストフードかな!?  やだぁ。やめ。やめ。楽しみが半減するわ。  部活の間中、今日のホワイトデーの事で頭がいっぱいだった。 それも終ると手っ取り早く制服へと着替えた。  そうだ、普段着持ってくれば良かった。 失敗したな。でも、ジャージよりはマシか。 鏡を見ながら髪をとかした。  よし、これでバッチリ。 カバンについている犬のぬいぐるみを見て、にっこりと笑った。  同じ部活の友達達にさよならをして、ホッと息をついた。 いつも一緒に帰っているので、今日も一緒に帰ろう何て捕まったら大変だ。  そして、一度教室に戻る振りをしてから裏門へと回った。 近くまで行くともう人が少なくなるのが嬉しい。  裏門の周りには家がなくて、もっぱら公園への通り道になっていた。 学校から公園へは近道に違いないが、外から公園には遠回りになるのが原因だった。  裏門を出ると一応誰もいないことを確認した。 そこから一歩外へでると、誰もいないためかヒンヤリした重苦しさも感じた。  さっきまでとは違ったとがった様な風が体に刺さるように吹きつけた。 学校の敷地内にそって生えた木からは、道路にまで枯葉を落としていた。  その枯葉に半分隠れた道をゆっくり歩くと、ぱさぱさと音が鳴る。 またその音からも、なんだか寂しさを感じる。  道の反対側はちょっとした森になっているので、近寄りたくない。 近寄ってしまうと、その森の暗闇へと連れて行かれるのではと感じられる。  その森と学校の敷地に挟まれた道を、しばらく歩くと三叉路になっている。 なぜ森の中の方へと曲がり角があるのか、とても不思議だった。  その三叉路を曲がって森に挟まれた道へは誰も入らない。 ただ自販機目当ての生徒達以外は…。  改めて見ると、非常に綺麗な自販機に思える。 こんな所にある自販機は、普通落書きされたり壊されていても不思議ではない。  ましてや、売り切れのボタンすら見当たらない。 とてもメンテナンスの行き届いているのに驚かされる。  そして、お金を入れずにただボタンを押してみた。 間違ってジュースが出ることはないが、それでも次々とボタンを押した。
 有香が自販機のボタンを押していると、誰か近づいてくるのが分った。 「有香ちゃん。」 浅野先輩の声とは違う、その声にびっくりして振り返った。  「やっぱり来てくれた。チョコ…美味しかったよ。」 そこに立っていたのは今年卒業する男子テニス部の先輩だった。  チョコ…美味しかった…なんで…この人が食べたの!? 浅野先輩…!?  「あのチョコ食べちゃったんですか!?あれは浅野先輩への…。」 「美味しかったよ。分ってるよ。あれは僕のだ…。」  「違うんです。あれは、何かの間違いです。」 「ふふふ。だって、君は僕のことが好きなんだろう!?分ってたよ。」  「違います。私が好きなのは…浅野先輩です。」 「あはは。違うよ。君は僕のことが好きで…僕も君のことが好きだ。」  何…言ってるの…この人!?  「だいたい、あんな回りくどいことすることないのに…僕に直接くれればいいのに。」 「だから違います。私は…。」  魔法のチョコ…なんで浅野先輩が食べないでこの人が!? 「………。」  「ねぇ、キスしようよ。僕達の愛を確認しよう。」  やめて…やめて…なんでこうなるの!?  有香は自販機から離れて走った。 「有香ちゃん。そっちは危ないよ。だめだよ。」 先輩が叫ぶ声を背に、この道の向こうに道がないことに気付いた。  森にはとても入れない…どうしよう。  走るのを止めて後ろを振り返った。 「捕まえた。捕まえたよ。さぁ、こっちを見て。」  有香は止まった瞬間に後ろからお腹へと腕を回されて捕まってしまった。 そして、がっしりと掴んだ腕が今度は肩を掴んで振り替えらせた。  その先輩が有香の肩から背中へとがっしりと抱きしめようとした。  「止めて。お願いだから。止めて。離して。」  何で…。浅野先輩…どういうこと…。  有香は思い切りその先輩の顔を引っかいてやった。 「痛い。痛いよ。有香ちゃん。そんなに恥ずかしがらなくても…。」 引っかいた勢いでその腕から逃れようとしたがなかなか離してくれなかった。  やだよ…気持ち悪い…胸が…いやぁ。 有香は思いっきりその顔を引っぱたいた。  なんとか抱き寄せようとする腕を、さらに引き剥がそうと思いっきり相手を殴った。 やっとのことで引き剥がした有香は、体のバランスを崩しながらも相手の横を通り抜けた。  そして思いっきり走った。 のんきにハラハラと落ちてくる枯葉がうっとうしく感じた。  ほてった体がとがったような風が突き刺さる。 それでも、思いっきり走った。  後ろからは、あの先輩が大声を張り上げた。  やだっ…なんでよ…浅野先輩…どうして!? 浅野先輩が、あの先輩に…あげたの!? なんで…チョコ…落としたの!? それを…あの先輩が…拾った!?  そうだ…きっと…そうに違いない。  全速力で走っている有香の体が一瞬、ふわっと浮かんだ。 有香の足が湿った枯葉の上を空しく滑ったのだった。  前へと思いっきり滑った有香の体は、その湿った枯葉の上を滑った。 まるで、ヤスリにこすり付けられた様に、体中に激痛が走った。  痛い…。痛いよ。
 有香はお母さんの言っていた言葉を思い出していた。 魔法のチョコに降りかけた魔法の薬。  お母さんは使っちゃ駄目って言っていた。  きっとこの人みたいに、変質的な愛情を抱いてしまうから!? ごめんなさい。お母さん。 お願い助けて…お母さん。  体の痛む箇所を改めて確認すると、おもったより血が出ていなかった。 振り返るとあの先輩が走るのを止めて、ゆっくりと近づいてくる。  立ち上がって空を見上げた。 空を半分覆い隠す木々からは、相変わらずのんきに枯葉が落ちてくる。  あの先輩に向かって指で鉄砲の形に構えた。 そのまま有香は「バン」と大声で叫んだ。  先輩の頭の上に枯葉が一枚落ちた。  先輩は胸を両手で抑えた。 「あははは。いいねぇ。キュンとくるよ。もう一度やってくれよ。有香ちゃん。」  「やだっ。お願いだから止めてよ。」 「ねぇもう一度やってくれよ。大好きだよ有香ちゃん。」  有香はもう一度振り返って裏門の方へ走った。  助けて…おじさん。  少し強めの風が吹き付けた。 その風も有香の後ろから追いかけてくるような感じがした。  助けて…助けて…浅野先輩。 「お願いだから助けて。浅野先輩。」  間違いなく後ろからはあの先輩が追いかけてくるのが判る。  なんで…こんな人通りの少ないところに来ちゃったんだろう。 早く…来て…浅野先輩。  裏門の直ぐ手前まで来た。  きっと、ここを曲がったら浅野先輩がいるはず。 絶対、助けてくれるわ。  有香は勢い良く裏門へと曲がった。 思いっきり走っていた有香は曲がった瞬間に、向こうから来ていた人とぶつかった。  誰だか判らないその相手を倒して、その上に覆い被さるように倒れた。  そのまま段々と意識が薄れていくのを感じた。 「助けて…。お願い。」 そう呟きながら…。  相変わらずのんきに枯葉が有香の上へと落ちてきた。  あの先輩と浅野先輩が格闘している。 あの先輩が倒れた。  気を失った有香はにっこりと微笑みながら、そんな夢を見ていた。  これで、もう大丈夫。これで…。


 「騙すより騙されろ」という言葉があるが、こんなのは不公平だと思う人もいると思う。
しかし、これに「類は友を呼ぶ」という言葉を使えば面白くなる。

 騙す人は騙す人があつまれば、騙した本人がまた騙されることになる。
また、騙された人には騙された人が集まれば、その後は騙されることは無くなるのだ。

 「恋は騙し合い」とも言う。
これも、「類は友を呼ぶ」がふさわしい。

 結局は騙す人が騙されると言うことだろうか!?

This story was written by Dink in HP『しろく』.