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第6.0話 風が吹けば…


 「おはよう。おじさん。」
ケーキ屋であるCコレクションの扉を開けて勢いよく飛び込んだ。
「おはよう。有香ちゃん。チョコ、出来てるよ。奥に並べてあるから、見ていくかい!?」
「うん。見る。見る。お邪魔しま〜す。」
 それと同時に別のお客が入ってきて、ケーキ屋のおじさんはそっちのお客へと行ってしまった。
 有香にはとても好都合だ。

 チョコにあの薬を振りかけるところを見られたら大変だ。
ケーキ屋のおじさんはラッピング前のケーキの、下に敷いてある銀紙を触ることすら許さない。
 無理もない。
食中毒でも起こしたりしたら、お店の信用はガタ落ちだ。
 せっかく、おいしくて可愛いケーキであり、評判がとても良いのに。
まさか、おいしくて可愛ければ、お腹を壊しても喜んでくれる客なんているはずがない。

 手っ取り早く薬を取り出して、自分のチョコへと振りかけた。
自分でデザインしたチョコだから、すぐにどれだか判った。
 可愛い犬の形のチョコで、自分が作ったぬいぐるみと同じ。
そのぬいぐるみは学校に行く時に、いつもカバンにぶら下げている。
有香のとてってもお気に入りのアイテムだった。
 薬を振りかけると、今度はまじまじと見つめた。

 「すごい。それにしても、そっくり。これなら浅野先輩、ぜったい喜んでくれるわ!。」
有香はチョコを見つめてにんまりと笑った。
 「おい、有香ちゃん。チョコ触るなよ。まだ…。」
「ここにあるうちは、俺の物だ!!でしょう。判ってるって、おじさん。」
 「そう、判っていればいいんだ。でも、おじさんはないだろう。歳は1回りしか違わないんだぞ。」
「判ってるよ。でも、おじさんは、おじさんだもんね。」
 「なんだよ。全然、判ってないじゃないか。」
 その時はもう、有香はチョコをもう一度眺めながら、にっこりと笑っていた。

この薬を振りかけるとこのチョコは魔法のチョコになる。
 お母さんはこの薬を使っちゃ駄目って言っていたわ。
そんなこと言ったって、恋する乙女がそんなこと聞くわけないじゃない。
 だって、この魔法のチョコを好きな人に食べさせると、1ヶ月後には両想いになれるんだもん。
こんな魔法の薬があるんなら、なんで世界中の人が幸せにならないの!?
 たぶん、皆がこの薬を使っちゃうと…。
きっと1人が同時に2人でも3人でも好きになるんじゃないかしら。
 だから、この薬は限られた幸運の持ち主にだけの特権なのね。
でも、なんで1ヶ月後なのかしら、直ぐにでも好きになってくれると良いのに。
 バレンタインのチョコなら1ヶ月後のホワイトデーにはバッチリ両想い!!
むふぅ。それで1ヶ月後なんだ。

 「なんだよ。このチョコあげる相手のこと考えていたな。」
「やめてよ。もう。むふぅ。」
 裏口からこの店のバイト君が入ってきた。
おじさんがいつもバイトって言っているので、有香はそれに君付けで呼んでいる。
 「おじさん。リボン入りましたよ。ここ置いときますね。」
「おい、バイト。お前がおじさんなんて言うから有香ちゃんまでおじさんなんて呼ぶんだぞ。」
 「やだっ。関係ないよ。くすっ。」
「関係ないって言ってるじゃないですか。おじさん。」
 「このやろういいかげんにしろよ。」
「まあまあ。いいじゃない。おじさん。私、おじさん大好きだから。くすっ。」
おじさんはまいったなというしぐさをした。

 「じゃぁ。おじさん。学校の帰りに取りに来るからね。」
「あぁ。ちゃんとラッピングしておくよ。」


 「浅野君にチョコあげるんでしょう!?」 「当たり前じゃない。Cコレクションのチョコよ。これでバッチリだよ。」  「えぇっ。手作りじゃないの!?」 「やだっ。当たり前じゃない。自分で作るより、可愛いの渡したほうがいいんだから。」  そんな会話が有香にも聞こえてきた。  同じテニス部の美崎先輩も浅野先輩にチョコ渡すつもりなんだ。 それも、Cコレクションだなんて、どうしよう!?  絶対に、大丈夫!!あの薬があれば…。  「Cコレクションの意味知っている!?」 「えっ。知らない。何なの!?」  「Cakeでしょう。Chocolate。Cream。Cookie。それから、Crepeが自慢の店なんだから。」 「もしかして、頭文字が全部Cなんだ。」  「そう。だから他のチョコには負けないんだから。」  へぇ〜んだ。 知っているわよ。そのくらい。  それにまだまだね。Coffee。Cocoaも厳選しててCコレクションの自慢なんだから。 それより、おじさん。 私のチョコだけおいしく作ってくれないかな。 頼んでおけばよかったな。  でも、あのおじさんが聞いてくれるはずないよね。 「うちのはどれもおいしいんだ。」だもんね。  有香はラケットの素振りをしながらそんなことを考えていた。 それから、あの魔法のチョコをどうやって渡そうかとあれこれ考えていた。  その時突然少しだけ強めの風が吹いた。 その風で転がってきたテニスボールがシューズへ当たった。  「そうだ。下駄箱にいれよう。」 思わず大声で叫んでしまって、ハッとした。  美崎先輩達がじっと睨んだ。  なによ。自分達はチョコの話してたくせに…。
 ラッピングしたチョコに誰のかが判るようにと、付箋をつけていた時。 少しだけ強い風が吹いた。  「おい、バイト。窓閉めろよ。」 「はいっ。すいません。え〜と。これが有香ちゃんので、これが美崎さん。これでよし。」  「そっち、終ったら。こっち手伝えよ。」 「はい。終りました。」  その後、Cコレクションは次々とチョコを取りにくるお客相手に大忙しだった。 「そっちのテーブルにカードありますから。宜しかったらどうぞ。」 「あっ。ありがとうございます。」 「いらっしゃいませ。」 「そっちにカードありますからどうぞ。」  ちょうど、お客がいなくなった頃に有香がやってきたのだった。  「いらっしゃいませ。なんだ。有香ちゃんか。」 「なんだって何よ。バイト君。おじさんに言いつけてやるんだから。」  「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど。はぁ〜。やっとお客さんがひいたと思ったから。」 「やだぁ。私だって、今日はお客さんなんだから。」  「そうだったね。いつも、遊びにくるだけだから…。つい。」 「ひど〜ぃ。ちゃんと手伝ってるじゃない邪魔なら来ないわよ。」  「ごめん。ごめん。ちゃんと手伝ってる。うん。手伝ってる。」 「なんか、感じわる〜い。」  そう言って二人で笑った。  有香はショーケースとは反対側に置かれたテーブルで、バレンタインのカードを書いた。 「ねぇ、なんて書いているの!?」  「ばかぁ。やらしい。」 「決まり文句だよ。ただ聞いてみただけ。」  「嘘だよ。本当は興味あるくせに。」 「あるわけ無いだろ。ただ、ぽろりと喋っちゃうんじゃないかなとか…。」  「やっぱり、興味あるんじゃない。いやらしい。」 「ちょっとだけな。」 そう言ってバイト君は笑ったから、べぇ〜と舌を出してから有香も笑った。  バイト君と話していると、笑い声を聞いてかおじさんが店の奥から出てきた。  「おい有香ちゃん。食べる時まで、中を開けちゃ駄目だぞ。」 「判ってるよ。でも、食べるの私じゃないもん。」  「じゃぁ。渡すまで中開けちゃ駄目だぞ。ここにカード入れられるようになってるから。」 「へぇ、去年まで無かったよね。凄〜い。」  「ちゃんと考えてんだよ。うちのは特にデリケートなんだからな。」 「くすっ。デリケートなんだ。」  「あぁ、そうだよ。」
 有香はもう一度チョコを見てみたい衝動に駆られながらも、ベットに入った。 そして、明日のことから来月のホワイトデーのことまで想像しながら眠りについた。  すこし興奮気味だったからだろか!? 眠りが浅かったにもかかわらず、いつもより早く眼が覚めてしまった。  朝ごはんも早めに食べていつもよりも早く家を出た。  学校に来ると、ジャージ入れにチョコを入れた。 昼からは外で体育だから更衣室に行く前に、浅野先輩の下駄箱に入れれば良いなどと計画を立てた。  その後の授業は全て上の空で、チョコを見た時の浅野先輩の顔を想像した。 やっと昼休みになったので、友達をうまくまいて下駄箱へと向かった。 もちろん、ジャージ入れを大事に抱えて…。  下駄箱を開けると、同じCコレクションのラッピングのチョコが入っていた。 美崎先輩のチョコだと分かった。  有香は、そのチョコを取り出してしばらく考えた。  私のは魔法のチョコだけど、でも同じCコレクションのラッピングのチョコがあったら…。 浅野先輩。私のチョコ食べてくれるかな!?  そのチョコに段々と力を込めた。 私のだけ食べてくれれば良い。 だって、私のチョコ食べたらこのチョコ無駄になっちゃうんだから。  そのチョコをゴミ箱の上まで持っていって、有香は止まった。  でも、きっと美崎先輩も浅野先輩にチョコ食べて欲しいって思っているはずだよね。 浅野先輩、私がこんなことしたら許してくれるかな!? きっと、チョコ食べたら許してくれるはずだけど…。  駄目、そんな私を好きにならないで…お願い。 有香は美崎先輩のチョコを下駄箱へと戻した。  出来るだけ下駄箱の奥の方へと…これくらいは良いよね。  そして、ジャージ入れからチョコを出そうして、その手が止まった。  何故!? チョコが潰れてる。なんで!? だって、ここに来るまでも大事に抱えてきたのに…。  うっすらと、ジャージ入れの外側には、学校の上履きの靴後が残っていた。  誰かに踏まれたんだ。 何でよ。このチョコはただのチョコじゃないんだから。 魔法のチョコなんだよ。  ううん。魔法のチョコじゃなくても、こんなのひどすぎる。  嘘。もしかしたら、私が美崎先輩のチョコを捨てようとしたから…。 きっとバチが当たったんだ。  有香は浅野先輩の靴箱のフタをにぎったまま、その場に津ずれ落ちるように座り込んだ。 ほっぺたから流れる涙が止まらない。  どこからからか吹く風が涙に塗れたほっぺたをくすぐるように通り過ぎて行った。 まるで、悲しくて泣いている自分をからかっているかのように。  そう思うとまた悲しくなってくる。 そして、静かに下駄箱のフタを閉めた。  その後の体育の授業は最悪だった。 校庭でころんでそのまま保健室で寝ていた。 でも、何もしたくなかったから、そんなことはどうでも良かった。 保健室の先生もどこかへ行ってしまったから、また泣いてしまった。  保健室の窓から見える木についている枯れた葉っぱを見つめた。  きっと、あの葉っぱが全部落ちちゃったら、私死んじゃうんだ。  病気でもないのに!?。なんでもいい。 やだっ。もう死んじゃいたい。  何度も何度も吹く強い風に揺れる木に、本当に落ちてしまったらどうしよう。 あまりにも強い風が吹くと返って心配にもなった。  しかし、それでも落ちない葉っぱにイライラしたりもした。
 部活には一応顔をだして、今日は休むことを告げた。  美崎先輩が「サボリね。」なんて顔をしてたけど、気にしない。 それでも、いつもよりはニコニコしているようで、ムカついた。  そうよ。こんなの何でもないわよ。 自分だけ浅野先輩にチョコを渡せたんだからいいじゃない。  バレンタインの話で盛り上がっている、他の部員達を背にして悲しくなった。 前から歩いてくる浅野先輩に気が付いた。  こんな気持ちなのに見られたくない。 やだっ。最悪。  「おいっ。今日部活は休みなのか!?」  いつもは声かけてくれないのに、こんな時だけ…。 本当に、今日はついていない。早起きしたのになんで!?  足の怪我のことを話して部活を休むことを告げるとあっさりと「そうか」と呟いた。 「なぁ、ありがとな。チョコ。」  「えっ。」 「お前のだろう。名前書いてなかったぞ。その犬のぬいぐるみ。すぐ判ったけどな。」  「えっ何で…。」 「あのさぁ、来月のホワイトデー。部活終ったらあけとけよ。」  「えっ、はっはい。」 「また、言うけどさぁ。学校の裏門の先に自販機あるだろう。あのポツンと立ってるやつ。」  「えっ。はっはい。あの自販機だけがポツンと立っている所。」 「ああ。あそこで待ってろよ。内緒だぞ。誰にも言うなよ。」  浅野先輩はそれだけ言うと口に指を当てて、「じゃぁな。」と言ってしまった。 有香はコクリと頷くだけしかできなかった。  なんでだろう。あのチョコ潰れてゴミ箱に捨てたのに…。 そう言えば確かに名前を書くの忘れてた。  くすっ。本当に魔法のチョコなのかしら!?  有香は指で鉄砲の真似みたいにして、保健室の横に立っている木に向けた。 「バン。」と口でいって指の鉄砲にふっと息を吹きかけた。  保健室の横の木の枯れた葉っぱがひらりと一枚だけ落ちた。 ほっぺたに一筋だけ涙がこぼれてやさしく風がなでてくれた。


 風が吹いた時にバイト君が付箋を貼り間違えたのだろうか!?
まさか、そんなことはあるはずが無かった。
 不思議な出来事が起こったとき、人はその原因を追求したがる。
しかし、良いことなら別にそれはそれで良いのではないだろうか。
 案外、それを追求してしまうとたいしたことではなかったりする。

 「風が吹けば桶屋が儲かる」
これが本当なら、風が吹いたこと、それから桶屋が儲かったという事実。
 その過程を考える必要はないように思える。

 逆に弦を担いで、「雨が降ったら良いことが起こる。」なんてどうだろう。
どうして!?その理由は考える必要はないと思う。

This story was written by Dink in HP『しろく』.