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第5話 真夏の夜の末


 おかしな組み合わせだと、自分でも思う。
僕が片思いをしている三森さん。
三森さんの元彼、勇次先輩。
 そして、その勇次先輩が今付き合っている、みゆ先輩。

 ここのミステリースポットは、恋人同士で来ると必ず別れるという噂がある。
勇次先輩とみゆ先輩を別れさせようと三森さんに提案したのは僕だった。
 僕は、そんな噂は信じてなかった。
彼女はそんな噂にも、「わらをも掴みたい気分。」と三森さんは言った。

 二人にはその噂は内緒で誘った。
「二人が別れればきっと近くの人を好きになるよ。」
そう、僕が言ったいいかげんな発言は、今の三森さんにはもっともらしく聞こえたらしい。
 実際、わらをも掴みたいのは僕の方だった。
これが、いいかげんな噂だと証明されれば、彼女が僕を好きになるかもしれないと考えていた。

 勇次先輩とみゆ先輩はこの手のミステリースポットは大好きだ。
三森さんと4人でということには抵抗があったようだ。
 「絶対行きたい。行くなら出来るだけ多い方がいいよ。」
その、みゆ先輩の一言で決まった。
 なんとか、密かな企みは成功といったところだ。
単なるダブルデートとしても僕にとっては嬉しかった。


 小さな坂を車で登った新興住宅地。 外側の車道からは高台になった要塞のようにも見えて不気味だった。  その車道からは住宅地への侵入者…僕達は見えないようになっている。 6区画のうち立っているのは、たったの1件だけだ。 この家が、ミステリスポットである幽霊のでる家だとすぐに判る。  確かに、1件しか建っていないので、それも不気味には思える。 しかし、いたって普通の家である。  すこし灰色がかった壁に黒い屋根。 フェンスや門などすべて黒で統一。 とても、落ち着いた感じの良い家だと思う。  はっきり言って、ミステリースポットには不似合でがっかりした。  門の所まで行くと、そこから家のドアまでのアプローチは雑草だらけ。 鍵のかかっていないドアとその横にある割れた窓ガラス。  玄関の中は土足で上がったであろう靴跡。 やはり、人が住んでいないと改めて理解した。  なにより、電灯のスイッチは虚しくも無反応だ。  暗闇の中をまず、1階部分を見て回った。 台所と浴室とトイレは異様な雰囲気をかもし出して、湿気でじっとりとしていた。  それでも、特別何もなくて期待はずれだった。 期待はずれとは言うものの、出て欲しいと期待している訳ではなかった。  一応、わざわざ夜中にミステリースポットに来ていているのだ。 何かあるかも知れないと期待はしているものの、何もないに越したことはない。  何もないからこそ言える「期待はずれ」ということなのだ。  そこで、勇次先輩の提案で二人ずつ2階へ上ろうということになった。 このまま何もなくて帰ったのでは何にもならないと言った。  しかし、1番怖そうな所を先に回って安心したのだろう。 要するにみゆ先輩と二人っきりになりたいのだろうと僕は思った。  何も言えずに肩を落としている三森さんをよそに、これは僕にとってもチャンスだった。  勇次先輩とみゆ先輩が大げさとも思えるほどの、騒ぎ声をあげながら2階へと上っていった。 そして、手ごろな部屋へ入ったのだろう、その後しばらくは出てこなかった。  かすかに二人のいちゃついてる様子が聞こえてくる。 もちろん、三森さんにも聞こえてしまって、階段へと座り込んでしまった。  僕はその三森さんの横に座って、わざと少しだけ肩をくっつけた。 あくまで、狭いから仕方のないのだというようにごまかした。
 三森さんは僕の肩に額を乗せた。 「やっぱり、無理なんだよね。私、何やってるのかしら…馬鹿みたい。」 彼女は静かに目を閉じた。多分、そんな感じがした。  僕は彼女を肩からいったんどかして、彼女の方を見つめた。 暗がりにうっすらと彼女の輪郭を見つめて、大きく包み込むように抱きしめた。  彼女の頭に手を回してまた肩へと持たせかけさせた。 僕の肩が少しずつひんやりと湿った。  汗ばんでいる彼女はひんやりとしたが、それでも体は暖かいというより熱かった。 やわらかい肌がぴったりと僕にくっついている。  まるで彼女の服を感じないぐらいに僕の体に馴染んでいた。 もしかすると薄着のせいかもしれないが、それでもそれが心地良かった。  間違いなく自分自身の企み通りの展開に、少し彼女に悪いとも思っていた。  「いつでも傍にいるよ…。先輩のこと忘れられるまで…待っている。」 そう僕が言うと、彼女は僕の服、脇の下を掴んでいる手に力を込めた。  「ごめんね。分かっていたんだ。もう少しだけ…待ってて。」 まるで、彼女の言葉は僕の頭の中だけに聞こえたようにも思えた。  しかし、間違いではないかともう1度聞き返すことは出来なかった。  しばらく、彼女を抱きしめていると、時間が止まってしまったかのように感じていた。 2階に上った2人が別の部屋に移動している気配がした。 それは、その時間が間違いなく動いていることを改めて実感させることでもあった。  ちょうど2人ともその部屋へ入っただろうと感じられた頃だった。 2階の二人が今までとは違った恐怖に満ちた叫び声をあげた。 2人がその部屋から出てくる様子がなくて、心配になった。  僕は抱きしめていた三森さんが震えているのを感じた。 暗がりに僕を見つめて動きたくないと訴えているようにも感じた。  彼女の両腕を掴んで持ち上げるようにして、一緒に2階へ行くようにと促した。 後ろから彼女が付いてきているのを確認しながら、その部屋へと上る。 開いたままのドアの中に2人の持っている懐中電灯の明かりが動いていた。  うっすらと2人が後ろ向きで立っているのが分かった。
 床には剥がされた壁紙が落ちていた。 ちょうど壁1枚分がそのままきれいなものだった。  おそらく、先にここに来た人間が剥がしたのだろうと2人が話した。 そして、その壁紙があったであろう壁がコンクリートをむきだしにしている。 そのむきだしのコンクリートは明らかに素人の仕事だと分かった。  確かに丁寧に何度も何度も塗りたくったようだが、表面は滑らかにくぼみがある。 はっきりと、途中で無理やりセメントを継ぎ足したように境目が分かる。  その壁が不自然に思える点はいくつかあった。 他の壁は両側の柱より少しくぼんだようになっている。 そのくぼみにわざわざ柱の面と同じになるように、セメントを塗ったのだろうか。  壁の隣は押入れになっているので、ここが壁なら隣の部屋には反対向きに押入れがないとおかしい。 それに気づいた2人の先輩達は、隣の部屋は壁だったことを説明してくれた。  また、その壁の上には小さい押入れが横の押入れと同じようについている。 つまり、その壁1枚分にすっぽりと押入れがあってもおかしくないのだ。  「もしかして、これって押入れを潰して、後から壁にしたんじゃないのか。」  皆が、それを理解しているにもかかわらず、勇次先輩がわざわざ言葉にして説明した。 それが、また恐怖心をあおってしまい、みゆ先輩は叫び声をあげた。  「ちょっと。やめてよ。押入れを潰して何になるのよ。」 誰もそれには答えようとせず、しばらくの沈黙が続いた。  その沈黙の中、僕はこの家の持ち主の話を思い出した。 その様子に気付いた勇次先輩が僕に説明を求めた。  僕は、出来るだけ冷静になろうと、深呼吸をした。 「やだ、やっぱりやめて。こんな所で言わないで…。後にしてよ。」  興奮気味に叫ぶみゆ先輩を勇次先輩は抱きしめて落ち着かせた。 三森さんは僕の服を掴んで、その手に力を込めた。  「おい、いいから話せよ。何を隠してんだよ。」

 僕は、ゆっくりと話を始めた。
 「この家には新婚の夫婦が住んでいました。家を建てた後、急にその奥さんが行方不明になったのです。夫は捜索願いを出して探したのですが、しばらくしてその夫が殺したのではないかと噂が立ちました。結局、その奥さんの死体は見つからなくて、死んでいる場合と生きている場合の両面から探したのですが、やっぱり見つからなかったのです。その後も、夫が殺したかどうかも判らなかったのですが、ある日夫の方も病気で亡くなってしまって、そのまま未解決になりました。しかし、しばらくしてからこの家に幽霊が出ると噂になってから、この1件以外に家が建たないゴーストタウンになってしまったのです。」

 「待てよ。そしたら、この家に死体が隠されている可能性もあるということかよ。マジかよ…。」
勇次先輩はそこで急に黙ってしまって、また沈黙が流れた。
 「やだっ。やめてよ。いやぁ〜。」
耳をふさいでいたみゆ先輩が急に叫んで部屋を飛び出した。
 みゆ先輩を抱きしめていたはずの勇次先輩は呆然と立ちすくんでいた。
僕も三森さんもみゆ先輩が出て行ったドアの外を見つめたまま動けなかった。
 そして、階段を転げ落ちる大きな鈍い音が聞こえた。
その音に勇次先輩が反応した瞬間、その部屋のドアが勢い良く閉まってしまった。

 閉まったドアに勢い良く飛びついた勇次先輩は後ろへと跳ね飛ばされた。
それまでは確かに誰もいなかったはずだった。
 額から血を流した女性が立っていた。
うっすらと透き通って後ろのドアがかすかに見えている。
 僕も三森さんもガタガタと震えていると、勇次先輩は叫んだ。
「みゆ。大丈夫か…すぐ行くからな。ちくしょう。どけよ。」
その声で僕もじっとしていることが出来ずに、女性の向こうのドアへと飛びかかった。
 それは、勇次先輩が近くに転がっていた椅子を大きく振りかぶったのと同時だった。
無我夢中で振り下ろした椅子が僕の背中を強打する。
 僕は背中に受けた衝撃を我慢しながらも、ドアのノブの方へと手を伸ばしていた。

 僕は頭に異様な違和感を覚えた。
まるで、脳みそが頭の中でゆれているようで、ぼ〜っとしてきた。
 時間がとても長く感じられる。
自分の動作も周りの動きも、そして気持ちが悪くなってきた。
 ただ、目の前にいる女性にしがみついていることしか出来なかった。
呼吸さえも苦しくなって、意識がなくなりかけた。
 そして直ぐに、ゆっくりと意識がはっきりしてきた。

 僕は片手をドアのノブにかけ、そのまま閉まったドアへともたれかかっていた。
後ろの方で勇次先輩が、壁に叩きつけられているのを感じた。
ゆっくりと、ドアのノブを回して開くのを確認した。
 ほんの少しだけ安心して、全身の力がなくなりかけていくのを感じていた。
三森さんの名前を呼びながら後ろを振り返った。
 女性が彼女の下半身にしがみついて、壁の方へと引っ張っていた。
勇次先輩は反対側の壁に、気を失って倒れこんでいる。
 「助けて…。お願い助けて…。やめて離して…。」と彼女がかすれ声で声を振り絞った。

 彼女の手を握るのがやっとのことだった。
頭はやっとはっきりしたにもかかわらず、体が言うことを聞かない。
 掴んだ手に彼女を感じると、少しずつ力が入りだす。
それでも、彼女の体が壁の中へと引きずり込まれるのを拒むことは出来なかった。
彼女の髪の毛をぐしゃりとわしづかみにするあの女性に恐怖心を感じていた。
 そして、彼女の体は女性とともに壁の中へと消えてしまった。
僕の腕もそれとともに壁の中に消えていく。


 また、僕は頭の中に違和感を覚えた。 ぼ〜っとして意識が遠のいていくのが分る。  「助けて…。お願い助けて…。」 彼女の泣きながら助けを呼ぶ声が聞こえた。 僕の頬を涙が流れて、彼女へ向かって叫んでいた。  「絶対、助けてやる。絶対に…。」 自分自身の叫び声がまるで他の誰かが叫んでいるかのように思えたていた。  しかし、次第に意識がはっきりするにしたがって自分の声だと実感できた。  一瞬、僕は掴んでいた彼女の手を思いっきり引っ張った。  「大丈夫だよ。今助けるから…。」 そう叫びながらも更に思いっきり引っ張った。  ようやく、彼女の上半身を壁から引きずり出すことが出来た。 僕は彼女の手を離して、脇の下へと手をまわして抱きかかえるようにして引きずり出した。  彼女の体は完全に壁から出して抱きしめた。 僕の顔の横にある彼女の顔は、誇りまみれでざらついていた。  さっきまでの温もりはなくて、冷たくこわばっていた。 彼女の頭に手を回して髪の毛をくしゃくしゃに撫でてあげた。  「ありがとう。助けてくれて…。真っ暗で怖かったよ。」 ゆっくりと彼女は口を開いて僕を力なく抱きしめ返した。  「もう大丈夫だよ。良かった。本当に良かった。」 僕は彼女をもう一度強く抱きしめると、涙でぬれた頬を彼女の頬へと押し当てた。  彼女の抱きしめ返す力が段々小さくなっていくのを感じてとても悲しかった。 自分の体を支えきれなくなった彼女が重みを増していく。  そのまま、僕は彼女を抱きしめたまま倒れてしまった。 なおも抱きしめると、彼女の体が粉のようにさらさらと崩れていくように感じた。  僕は彼女を抱きしめたまま、いつまでも静かに泣き続けた。
 もうすっかり朝になっていた。 冷たく身動きひとつしない彼女を抱きしめながら、激しい衝撃音を聞いていた。  あの壁を勇次先輩が椅子を思いっきりぶち当てて崩していた。 時折額から流れ出る血を袖口で拭いながら、何度も何度も椅子を振りかざしていた。 あの壁には、丸い穴がぽっかりと空けて、まるで部屋のあらゆる物を飲み込むかのようだった。  僕は彼女の顔に頬を寄せて、静かに泣いた。 おそらく、やわらかい彼女の頬があっただろうと考えてながら。 すっくかり剥き出しになった骨に何度も何度も自分の頬を摺り寄せて泣いた。  その向こうで勇次先輩が三森さんの腕を引っ張って穴から助け出そうとしていた。 でも僕にはもう、そんなことはどうでも良かった。


 恋愛中の恋人達、それを見る第3者である傍観者がいたとしたら…。
その傍観者はただの傍観者ではなく、その恋愛の行方を自由に操作できるとしたら、
 真夏の夜の夢の妖精のように、違う人同士を好きにさせるのだろうか、
それとも、その恋愛に自分自身が参加しようとするのだろうか!?

This story was written by Dink in HP『しろく』.