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第3話 埋もれていく夕日


 人は沢山ものを手に入れて幸せになろうとする。
地位、権力、物、お金、愛情、沢山の物を手に入れなければ幸せになれないのだろうか!?
人の欲が大きければ大きいほど幸せに対する価値観が変わる。
 もしも、多くのものを望まなければ…
小さくて少量でも同じだけの幸せが手に入れられるのかもしれない。
 全ては価値観という物差しの目盛り次第なのだろうと思う。


「やめて〜お願いだからやめて。」
 隆介に押さえつけられている梢は涙を流しながら叫んだ。
「この村の女は全部わしのもんじゃ。みんな、わしに抱かれたがっている。おまえもじゃ。
そうじゃろ。それなのになぜ嫌がる。」
 隆介は梢のほおを何度もぶった。
梢は恐怖に怯えてぶるぶると震えながら呟いた。
「あんたなんかに抱かれたくなんかない。あんたの父親の権力振りかざして、みんなに乱暴しているだけじゃない。」
震えながらも、隆介を睨み付けていた。
「うるさい。黙って抱かれてればいいんじゃ。おまえの親父がどうなってもいいんか。
おまえんとこの野菜、扱わんように言うてもええんか。そしたら、おまえらこのむらで生きていけようになるんぞ。」
隆介はそう言って、いやがる梢の着物の帯をといた。
 「いや、やめて。お願い。」
体を震わせながら梢は呟き続けた。
 襟元から着物の中に滑り込んでくる隆介のいやらしい手にじっと耐えることしか出来なかった。
事が済むと隆介はズボンのベルト締めながら梢を見ながら笑った。
着物をわしづかみにすると梢はとにかく体を隠して泣いていた。
「最低。あんた、最低だよ。ひどい。」
弱々しく呟いたが、目だけは隆介を睨み付けていた。
 隆介の笑い声に、梢のほほをつたった涙は次々とこぼれた。
 隆介が服を着終えて小屋から出ようとすると、梢は叫んだ。
「訴えてやる。許さない。絶対、許さないから。」
隆介は梢を見ると大笑いした。
「馬鹿が、警察は親父に逆らえん。お前の訴えなんぞ、簡単にもみ消してくれるわ。」
「それでも、訴えてやる。あんたの家の名前を汚してやるわよ。
あんたの父親、許してくれるかしら。」
梢は隆介を睨みつける視線をそらそうとはしなかった。
隆介は大声で怒鳴りつけながら何度も何度も梢を蹴飛ばした。

「返せよ。鈴を返せ〜。どこにいる。鈴はどこだ〜。」
言い終わらないうちに耕造は隆介に飛びかかった。
 隆介に金魚のふんのようについてまわる子分たちが、
耕造を押さえつけて何度も殴ったり蹴ったり棒で殴ったりと、
 耕造がぐったりとするまでそれは続いた。
「妹を帰して欲しかったら、警察に行ってこい。梢って女に乱暴したってな。
そしたら、何もしないで返してやるよ。行くよな。大事な妹だもんな。」
 隆介は笑いながら、耕造を蹴飛ばして立ち去った。
うつ伏せで倒れていた耕造は、地面に頬をぐっと押し付けた。
こぶしで地面を思いっきり叩きつけて草を握り締めて叫んだ。
「畜生。鈴。ちくしょう。」
 耕造は全てを憎いと思った。貧しさのために学校に行けないこと。
一緒に学校に行っていれば鈴を守ってやれた。
鈴が生まれてすぐに死んだ父親のこと。
生まれてすぐに決まっていた。
 ただ、畑を耕して少しでも多く野菜を育てることしか出来なかった。
せめてもと、鈴にだけは学校に行かせて上げることだけは出来た。
 村で自分がどんな目に会おうと構わなかったが、
母親と妹の鈴を守ってあげることさえ出来れば、ただそれだけで良かった。
 村の人は耕造を見ると、逃げるか殴ったり蹴ったりのどちらかだった。
耕造が一生懸命耕した畑を、無残に荒らしまわったりもした。
母親と鈴にだけは手出しされないよう、必要なだけは怒鳴ったりもした。
 そんな、耕造は気違いのように言われ、母親へと怒鳴り込んでくる。
すると、母親から叱られた。「お前のせいで、鈴がいじめられるじゃないか。」
 それが、母親の口癖だった。
じっと、耐えることしか出来ない。
 耕造は思った。
警察に行って梢という女の子に乱暴したと言えば、鈴は助かるんだ。
自分さえ耐えれば、何もされずに帰ってくる。鈴のためだと。

 耕造が警察に自首すると、「気違いの耕造に梢が乱暴された。」
その噂は隆介の子分達がふれて回った。
 隆介は我がもの顔で村を歩いて、梢には誰も近づこうとしなかった。
汚いものでも見るように、耕造に体を許した梢を非難するものまでいた。
梢が警察に訴えたのはその後だった。
 既に耕造が自首しているのに、隆介をとがめる理由がどこにあるのかと、
梢の言い分は聞き入れられることはなかった。
泣く泣く梢は誰にも乱暴されていないと、訴えを取り下げることしか出来なかった。
 誰でもない、耕造に乱暴されたという汚名を背負わされることは、
この村ではこれ以上の恥はなかった。
梢は隆介を非難した。
「最低だよ。どこまで卑怯なの。」
喉の奥の方で言葉が詰まってそれ以上は言えなかった。
 隆介は鼻で笑った。
「わしに逆らったらどうなるか分ったか。訴えを取り下げようが、
お前は耕造に乱暴されたと村の人は思うだろうな。
わしに乱暴されたという噂だったら名誉だったのにな。」
梢はただ泣き叫ぶことしか出来なかった。
 梢が訴えを取り下げたことにより耕造は釈放された。
警察は耕造に二度と犯罪を犯さないようにと厳重に注意した。
 耕造を犯人と決め付けていたが、被害者が乱暴されていないと否定する以上仕方ないと、
しぶしぶのことだった。

 釈放されると耕造は真っ先に隆介の下へ走った。
「鈴はどこだ。何もしてないだろうな。」
耕造の怒鳴り声に隆介は動じることなく笑いながら答えた。
「お前の妹ならさっき帰した。崖の方へ歩いていった。何もしてないから安心しろ。
ただし、この事を誰にも言うなよ。梢に乱暴したのはお前だ。
しゃべったら、次はどうなるか分からんぞ。いいな。」
 耕造は隆介に飛びかかったが、子分達に殴り倒された。

 家の近くの切り立った崖の上に妹の鈴は立っていた。
「鈴、あいつらに何もされなかったか。大丈夫か!?」
耕造が声をかけた。
 振り返った鈴は泣いていた。
「大丈夫だよ。あんな人たちに何かされたりなんかしないよ。」
曇った表情で鈴は呟いた。
「ねぇ。ひどいよ。梢って人に乱暴したんだって、最低だよ。
あんたなんかお兄ちゃんじゃない。」
 鈴が崖淵に一歩踏み出した。
慌てて止める耕造を反対側の急な斜面になった林の方へ突き飛ばした。
 その斜面を転げ落ちながら、夕日に重なった鈴が崖淵からすっと消えていくの見た。
気持ちとは逆に体はただ身をまかせて落ちていくことしか出来なかった。
 転げ落ちる中、木に頭をぶつけて気を失った。
気付いた時にはもう夜明け前で、暗い林の斜面を降りるとすっかり明るくなっていた。
 そこで、力尽きて倒れこんだ。

 耕造は力を振り絞って仰向けに寝がえりをうって、目をつぶった。
夕日と崖淵と鈴、そんな光景を、頭からかき消そうとした。
 首筋の圧迫感に息苦しくなり、あわてて首にかかった手を払いどけようとした。
「何でよ。何であんたが自首するのよ。」
梢は泣きながら耕造の首をしめていた。
 やっとのことで梢の両手をつかんで首からはずした。
息苦しさからむせこんだ。
「殺してやる。あんたなんか。死んじゃえばいいんだよ。」
 梢の涙が耕造の顔にかかり、なま温さを感じた。
「君が、梢ちゃんだね。ごめん。悪かった。」
「殺してやるんだから。あんたなんか…あんたなんか…。」
梢は泣きながら叫んだ。
「鈴は、鈴はどうした。おらの妹は!?」
 泣きながらも梢は答えた。
「死んじゃったわよ。あんたの妹、死んじゃったわよ。」
 それを聞いて耕造は泣いた。
梢の両腕に力をこめて自分の首へと持っていった。
 今度は梢は、耕造の手をふりほどこうとした。
「殺してくれ、おらを殺してくれ…。鈴を殺してしまった。おらが…。おらが…。」
 梢は激しく耕造の手をふりほどこうともがいた。
「やだっ。離してよ。やめてよ。人殺し。」
 耕造の手を振りほどくと、仰向けになっている耕造から飛びのいた。
「あいつら。鈴を連れ去って、警察に言って君に乱暴したって言わないと、
鈴に乱暴するって言ったんだ。だから…。すまんかった。
そのせいで、おら鈴を殺してしまった。だから…殺してくれ…。」
 そう言いながらゆっくりと梢の方へ歩いた。
「やだっ。何で、妹を助けたかったんでしょ。それなら、何で殺しちゃうの。
やだっ。来ないで、来ないでよ化け物…化け物…。」
 梢はその場から逃げ出した。
 そして、泣き叫んでいる耕造の所には警察が走ってきた。

「お前の妹、鈴の体からB型の体液が出てきた。おまえ、B型じゃろう。
とんでもないやつじゃ。お前、実の妹まで手を出したんか。
この前は、被害者が訴えを取り下げたがな、今度はそうはいかんぞ。」
その言葉を聞いて耕造は愕然とした。
 しばらくは、何もしゃべれなかった。
 何日か警察の尋問が続いた。
血液型を調べてB型ならば有無を言わせず耕造に罪をかぶせようとした。
耕造の血液型がA型だと分ると、鈴が乱暴されたのではないとして事件性を否定した。
 耕造は尋問が続く間、いろんなことを考えていた。
鈴がどんな気持ちで死んでいったのだろうか。
母親は今、何をしていて何を考えているのだろうか。
梢に悪いことをしたという反省。
隆介への憎しみ。
 耕造はなんとしても家に戻らなければと思った。
 耕造が鈴の自殺を説明したことにより、しぶしぶも警察は耕造を釈放した。
しかし、鈴が隆介に乱暴されたことにたいしては、警察は耳を貸そうとしなかった。
 耕造が家に戻ると、母親は耕造を怒鳴り上げて何度も殴った。
耕造が何を言っても母親は、耕造の話を聞こうとしなかった。
「耕造…人殺し…鈴を返して…人殺し。」
母親は鬼のような怒り表情で押さえつけて首を絞めて殺そうとまでした。
 耕造は家を飛び出して、崖の方へと走り出していた。
 その途中にある大きな杉の木のところまでくると、耕造は立ち止まって泣きだした。
杉の木の裏に回ると座り込んで何時間でも泣いていた。

「なんでここにいるのよ。」
 梢の声にゆっくりと顔をあげる耕造に向かってさらに言った。
「あんた…妹にひどいことしたんだって。最低だよ。何でよ。」
 梢は後ずさりした。
 耕造は立ち上がって梢に飛びかかると押さえつけた。
「違うおらはやってない。鈴は隆介に…隆介に乱暴された。」
 耕造は梢の体を押さえつけたまま、さらに泣きだした。
「鈴は、おらが君に乱暴したと思って崖から飛び降りたんだ。
きっと、自分が隆介にされたことを、おらも君に同じことをしたんだと思って…。
おらは、おらのせいで…鈴は死んじまった。」
 梢は自分を押さえつけている耕造の手を払いのけ、そのまま押し倒して逃れた。
「ふざけないでよ。やめてよ。あんたのせいで私はどんな目にあったと思ってんのよ。
皆から、あんたに抱かれた私の方が悪いって、ふしだらな女だっていわれてんのよ。
おとうとおかあからも。私、どうすればいいのよ。あんたなんか死んじゃえばいいのよ。」
 梢は耕造の首に手をかけると、耕造は抵抗もせずに静かに梢を見つめた。
「殺してくれ…。おらも…おっかかあから…人殺しって言われた。
おっかあ、おらの言うことなにも聞いてくれやしない。殺してくれ…。」
 梢はそのまま両手に力を込めた。
 耕造は段々とかかってくる首の圧迫感に、静かに目を閉じてじっと耐えていた。
苦悩の表情すら浮かべない耕造に梢は泣き出した。
「何でよ。私、馬鹿みたい。あんたを殺しても何にもならないのに…。」
首の圧迫感がなくなるのに気付くと耕造は目をあけて梢を見つめた。
 梢は耕造に抱きつくと激しく泣き崩れた。
耕造は梢の肩を強く抱きしめると、梢の頭を撫でた。
 「ごめんね。私、耕造さんのこといじめてた。本当にごめんね。」
 静かに泣いている梢に優しく言った。
「おらは、何も気にしてないよ。今まで誰も恨んだことなんかなかった。
でも、隆介のことは許せない。鈴にも、おっかあにも、君にもひどいことした。絶対、ゆるせない。」
 梢を抱きしめている手に少し力が入りすぎているのにに気付くと力を緩めた。
「あなたにもいっぱいひどいことしたわ。それに村中の女の子にも…。」
梢は顔をあげて耕造を見つめた。
「おらは何されても構わない。でも、皆にしたことは絶対ゆるせないよ。
隆介に仕返ししてやる。絶対に許せない。」
 耕造は梢の「私も行く」という言葉を制して、もう一度抱きしめた。
「君は来ないで、おらだけで十分だよ。もう、君に手出しさせやしない。」
そう言って耕造は走っていった。
 梢は耕造の走っていった方向をずっと見つめていた。

「隆介、おまえだけは許さない。」
そう叫びながら耕造はカマを持って、隆介たちが隠れ家にしている神社の中へと入っていった。
「やめろ〜。やめてくれ…。」
 隆介は耕造の持っているカマに気付くと叫びながら逃げ回った。
やっとのことで耕造は隆介を押さえつけた。
「鈴に何もしないと約束したのに、何でだ〜。」
 耕造は隆介の肩を切りつけた。
「お前の妹は俺とやれて幸せだったんだよ。
しかし、お前が梢に犯したって言ったらまさか死んでしまうとはな。 それにしても、警察の馬鹿がお前の血液型に合せた精液を用意していればお前を釈放しなくて済んだのに。もっとも、村の連中はお前が実の妹に乱暴したっておもっているけどな。」
 苦痛に顔をゆがませながらも隆介は言った。
 耕造がカマを振りおろそうとすると、隆介は子分たちに向かって叫んだ。
「こいつの家に火をつけてしまえ。梢どころか妹にまで手を出して、口封じに妹を殺した人殺しの母親だ。
構わねぇからやっちまえ。」
 耕造はその言葉に子分たちの方に振り返って叫んだ。
「やめろ〜。」
 隆介はその隙を逃さずに耕造を突き飛ばしてカマを奪い取って耕造の腹に刺した。
耕造は腹にカマをさしたまま後ずさりした。
「早く、火をつけろ。」
隆介がもう一度子分たちに叫んだ。
 耕造はカマを腹から抜いて床に落とすと子分たちの方へ歩きながら叫んだ。
「やめろ。やめてくれ。」
 子分たちは耕造の家の方へと走り出した。
追いかける耕造の背中を隆介が蹴飛ばして、耕造は前のめりに倒れ込んだ。
 それでも、耕造は「おっかあ。おっかあ。」と叫びながら追い掛けた。
ふらつきながらもゆっくりと追いかける耕造に隆介は何度も蹴飛ばしたり殴ったりした。
 耕造が開けた田んぼのあぜ道のところまでくると、何事かと村の人たちが集まってきていた。
「こいつは人殺しの化け物だ。やってしまえ。」
隆介の掛け声に村の人たちは耕造に石をぶつけたり棒で殴った。
 それでも、耕造はゆっくりと自分の家の方へと歩いていった。
「やめてくれ…。やめてれ…。」
 耕造は呟きながら自分の家の方を見ると、黒い煙が立ち昇っていた。
「わっはは。人殺しの家が燃えているぞ。こいつも火あぶりにしてしまえ。
そうだ梢の家の物置小屋で燃やそう。皆連れて行け。」
 隆介の言葉に村の人たちは耕造を押さえつけてみこしのように皆でかついだ。
もがいてのがれようとする耕造に追い討ちをかけるように言った。
「梢の家は不作が多い。そんな物置小屋なんぞ燃やしてしまえ。この化け物ともにな。
村からいらないものは全部燃やしてしまえ。」
 この村の農作物を一手に市場へと出荷している名家の息子である隆介の言葉に、
村の人たちは耕造を殺せという言葉にためらいながらも従うしかなかった。
人殺しの化け物を殺すのだから良いことなんだと各々言い聞かせる気持ちもまた半分だった。
 梢の家から少し離れたところにある畑の横にその木造の小さい小屋があった。
傷だらけの耕造は物置小屋にほうりこまれて、小屋の戸にはつっかえがされてしまった。
梢の両親もその村の人たちの中にいたがやはり隆介のいうことには逆らえなかった。
 小屋の中では耕造が戸をドンドンと叩いて叫んでいた。
「やめて、お願いだからやめて。」
梢はつっかえをはずそうとするが、村の人たちに押さえつけられていた。
「梢。お前なにしてんだよ。耕造に抱かれて変な病気でもうつったんじゃないのか。
皆、梢も化け物と一緒に燃やしてしまえ。」
 梢の両親は自分の娘が燃やされると聞いて止めさせようとしたが、
村の人たちに押さえ付けられてどうにも出来なかった。
 梢は後ろから捕まえられて抵抗したが、村の人がつっかえをはずして戸を開けると、
自分から飛び込むように小屋の中へ入って耕造に抱きついた。
 耕造は力を振り絞ってせめて梢だけでも外へ出そうとしたが、
戸の外にいる村の人に阻まれて小屋の中へと蹴り倒されてしまった。
 村の人たちは戸を閉めると小屋の周りに油をまいて火をつけた。
「やめろ、梢ちゃんは関係ない。せめて、梢ちゃんだけでも助けてやってくれ。
おらはどうなっても構わない。」
 内側より戸を叩いて叫んだが、戸が開くことはなかった。
それどころか、最後の断末魔が聞こえないようにと、皆「化け物」と激しく燃える小屋へ叫んでいた。
「もういいんだよ。こんな、ひどい傷を負わされて。もういいんだよ。」
梢は戸を叩く耕造の後ろから抱きしめて耕造の背中に頭をもたせかた。
 耕造は外から燃えさかる炎に映し出された梢の顔を見つめた。
耕造が梢を抱きしめようとしたとき、屋根の方が崩れ始めるような音がした。
 慌てて梢を押し倒して覆い被さるようにして抱きしめた。
耕造の背中に焼け崩れた屋根が落ちてきた。
 最後の力を振り絞ってのしかかった屋根を背中で押し上げようとした。
「もういいんだよ。がんばらなくていいだよ。ずっと一緒にいようね。」
梢はそう言うと耕造を強く抱きしめた。
 背中にのしかかる屋根が二人を覆い隠すように燃え続けた。

This story was written by Dink in HP『しろく』.