平成13年度の活動
5月13日 作業小屋建て、荷物運び
5月16日 山車小屋建て開始、台車陸送
(左)今年、コスト削減のため鉄骨組み立て式の小屋に変更、土台を土に埋め頑丈そうです。
(右)市内某所から山車小屋まで台車を陸送します。トラックで引っ張りながらゆっくりと、
お車の皆様ご迷惑をおかけしました。m(_ _)m
5月17日 小屋の骨組完成、照明取付
(左)山車小屋の骨組が完成
(右)小屋内から台車を見たところ、ここからバラシます
5月18日〜23日 昨年の装飾部のバラシ、小屋のシート貼り
去年の装飾部をバラしたところです。まだまだバラします
5月24日〜25日 仕掛けリニューアルのため上昇鉄骨部のバラシ、
後部発電機、コンプレッサー取り付け部の製作
(左)赤錆だらけの鉄骨をリニューアルします。
(右)後方部も新たに製作します。
ほとんど骨組だけです。
5月26日〜 新規仕掛け鉄骨部の製作取り付け、新規回転部の製作、解体部の整理
5月29日〜 波の切出し、舟製作
(左)波を切出して白塗りで乾燥させているところ
(右)見返し用の舟製作、職人技です
5月30日〜人形頭部コピーの仕上げ
6月 6日右回転部に舟搭載、紙貼り開始
回転部の舟2日位で作ります
(左)新規鉄骨、形になってきました
(右)回転部の土台を補強します
6月9日左回転部に舟を載せる
6月11日波の白塗り完了
(左)見返しの舟に紙貼り(新聞紙)したところ、この上にハトロン紙を貼ります
(右)左回転部の舟
6月11日発砲削り開始
(左)6/16現在仕掛け全開後見
(右)リニューアルした仕掛け、上昇しているところ
6月20日左右斜め上がり舟取り付け
6月21日中央舞台鳳凰仮取り付け
(左)鳳凰船の船首取り付け、でかい!!
(右)人形の位置決めのため仮付け
(左)6/24現在全景
(右)新規製作の鎧、綺麗です
(左)出番を待つ50年以上同じ顔、その数30位
(右)7/1現在、人形もほぼ形が決まり白塗りの開始
7/3舟の塗装開始、錨取り付け塗装
(左)歴代最大の錨!
(右)左回転部の船首
(左)7/8現在全景
(右)7/8左回転部
7/9〜小物製作
(左)7/16鳳凰の色付けほぼ終了
(右)鎧を着けた人形
完成間近です、運転手は安徳クン、鳳凰にはまだ黒目が入っていません
7/30山車の前で町内の前前夜祭(酒&焼肉)
大太鼓、小太鼓を山車に搭載、大太鼓の位置決めに苦労する
その後、小物追加、しぶき追加作業が翌朝まで続く
深夜大雨にたたられるがなんとか作業続行
7/31前夜祭当日、早朝、山車がほぼ完成するこの時点で主役、及び
鳳凰には黒目は入ってない。作業が一段落ついたところで他の
山車を見学しに行こうという話になったがさすがに眠かったので
私は風呂に入り仮眠を取る。他のメンバーは城下の山車も見たという。
今思えば一緒に付いて行けばよかったと後悔...
仮眠後、山車小屋に戻ると鳳凰にも黒目が入り山車の完成。
ちょうちんや山車に搭載する工具を載せる。
午後、雨が降り始めたので、透明シートを山車に掛け始める。
雨が小降りになったころ、前夜祭を行う知らせが入る...
しかし、また雨足が強くなり、結局中止決定になる。
会館に集合し、明日の打ち合わせを行う。
夜、家に戻り早めに寝ようと思ったがなかなか寝付けず
ホームページを巡回中に二番組氏の書き込みを発見!
「城下の山車が全焼」
訳が解らずニュースのホームページで確認する。確かに山車全焼と
書いてある。怪我人が出てなかった事で一安心した。その後、飲み
に出ていた親父がタクシーの運転手から聞いたと言ってきた。
すでに知っていたのだが..
二番組氏に確認したところ、消火活動をしたとのこと。他の山車組とはいえ、
燃えていく山車を間近に見て涙が出る思いだったはず。海坊主さんのところに書き込みする。
そのまま眠れずに朝を迎え新聞で確認した。
8/1 朝集合時、城下の話題でもちきりになるが、気持ちを切り替える。
前日、山車の予備審査が行われなかったので市庁広場集合時に審査するという。
朝の門付けを行い市庁まで急ぐ。途中、長横町の山車と交差点で遭遇、夏坂氏も
綱の中に発見、さすがに疲れた顔をしていた。山車は細かく作ってるなあ
というのが第一印象、その後、廿六日町の後に付くことに、
そこにいるのはもしや二番組氏では?確認する間もなく市庁広場に到着、
すでに多くの山車が到着しており、指定場所に収めようとするが、狭くて奥の方に
追いやられることに、山車の場所もちゃんと区切ってくれないかなあと思う。
山車の仕掛けを開きシートを広げ昼食の時間、しばしの休憩、それにしても寒い
これで8月なのだろうかというくらいだ。そこに私を訪ねてきたのが久慈秋祭りの
ホームページを作っているたかし君でした。お酒をわざわざ持参してくれました。
なかなかの好青年でした。ありがとう、
その後、落ち着いたところで二番組氏や従兄弟と対面、忙しそうだったのであまりお話
出来ませんでした。消火の事も聞きたかったのですが、私もこの時は思考能力が薄れてました。すんません
その後、類家山車組にお邪魔し海坊主さんを発見、すぐにわかりました。(@_@)
久々の再会でしたがお疲れの様子でした。少しお痩せになったのでは...
油圧が壊れてるという事でうわさの高さは見られませんでしたが、類家らしい
山車だと思いました、さすがです。
そしてのろしが上がりお通りの開幕です。山車が次々と出陣していきます。
下組町も出番が来ました。沿道にはたくさんのお客さんが見てくれてます。
この時のために今まで頑張って作ったのだなあと実感させられた。
作らないでいきなり参加するのと、こんなにも気持ちが違うのかと初めて思った。
20年振りに笛も吹いた、大太鼓も叩かせてもらった。
後には、淀の旗の隣に城下の旗が..同じ山車組同士、迅速な対応でした。
お通り終了後、本体と別れ門付けに、夜9時をまわったころ、審査発表の知らせが
「努力賞」受賞、10年近く遠ざかっていた賞を頂きました。その後、会館で皆と
喜びを分かち合いました。御苦労さまでした。
8/2 中日、今日も天気は良くない。10時、町内出発、門付けをしながら山車を運行
昼、公園にて昼食、午後本体と別れ門付け、新井田川近くまで歩く、ひたすら歩く
門付け中、「山車は来ないの?」と良く聞かれる。「時間の都合でちょっと..」
としか答えられないのが歯がゆい。門付けしながら市庁で合流。さすがに疲れた。
しばしの休憩後、夜間運行開始、昼間とは違う雰囲気で山車も綺麗に見える。
交差点を一発で曲がれなかったところもあったが、なんとかメインストリートに出る。
いつしか「バンザイ」が始まっていた。綱の中は別の世界のようで、見ている人は、
結構冷めていたと思う。
その後、夜の飲み屋街を門付け、飲み屋にも色々あって
居酒屋さんが気前が良いように思える。酒を勧められたり庶民的だ。逆に高級店?
は嫌がられる場合が多い。景気が良くないのだろう。勉強?になります。
夜の門付けも終了。さすがにタクシーで会館まで行く。門付けの額を集計する。
日数が少ない割には、額は、いってるのだそうだ。今日は早く寝る。
8/3 お還り、お祭りも今日で終わり、始まればあっという間だ。今日も朝から門付け
足が痛い。昼にいったん会館に戻り、昼食、眠くなる。その後、門付けをしながら
長者山まで歩く。足が重い。やっと到着した頃には出発ののろしが鳴っていた。
順番が最後の方なのでしばらくは休憩できる。だいぶたってから最後の出陣
お還りのルートは坂が多く、電線も多い、意外に気を使う。裏通りに抜け自分の
町内が近くなる頃には、どこからともなく酒類がまわってくる。勧められるので
目立たない様に飲むが、はた目から見るとあまり良いものではないだろう。
自分達の町内に入ると、「バンザイ」の連呼、自分の町内では大太鼓を叩かせて
もらいました。ありがとう、町内を過ぎ、廿八日町、十八日町の色々な会社の前でも
「バンザイ」の連呼、実際お世話になったところもあるし...
そして、山車は行列を解散し各町内に戻って行く。下組町も町内に戻り、山車を止め
打ち収めを行った。最後の門付けを行い、会館に集合、皆、疲れきっているが充実感
で満足した顔をしている。本当にお疲れさまでした。
お還り、下組町を通る山車、最後の一踏ん張り
8/5 大太鼓、小太鼓を山車から降ろし、大太鼓は神社に納める。
8/6〜 小屋の後片付け、近隣市町村貸し出しのため、山車の改造
8/17 夜、山車を三沢に移動、操作説明など引き渡し作業。
8/23〜26 三沢祭り
*合同運行の様子
全17台の山車、16台は八戸からの借上げ、1台は自作山車
商店街を練り歩く"元"下組町の山車、一番手です。
市役所前桟敷席には、外人さんがたくさん座ってました。
この前で山車を止めお囃子の審査が行われる様です。
多くの町内は、音頭をあげていました。
太鼓の叩き方は、各町内オリジナリティがあります
中央公園にて一時休憩、八戸の時より山車は小さくなっています。
三沢唯一の自作山車、題名「犬夜叉」
現代風で漫画チックです。
高さは八戸の山車に負けていません
8/31〜9/2 上北町秋祭りに山車貸し出し
9/2 作業小屋のバラシ、夜、上北町から七戸まで山車の移動。
9/7〜9/9 七戸秋祭りに山車貸し出し
9/9 夜、七戸から百石まで山車の移動。
9/12 百石まで山車の補修
9/14 千秋楽
9/15〜17 百石祭りに山車貸し出し
9/17 夜、百石から八戸まで山車の移動
9/18〜30 山車の解体、更迭作業
11/ 作業小屋用砂利引き、及び短管骨組み製作
12/ 忘年会 来年度の題名決め