Shimizu Tatsuo Memorandum

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きのうの話      

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2018.7.8
 数十年に一度という大雨が、各地に大変な被害をもたらしている。
 関東はそれまで10日以上、真夏日のかんかん照りがつづいていた。
 房総はそれに加え、大風が吹きまくっていた。強風を示す天気予報の赤マークが連日つづき、昼夜を分かたず吹き荒れた。
 おかげで今年は本気になって育てていた家庭菜園が、ことごとく薙ぎ倒された。支柱ごと倒された。
 今年はじめて咲いたアジサイも1本が倒れ、1本は折れた。茎の真ん中からぼっきり折れたのである。
 そんな天気が、今度は打って変わっての大雨。房総はいまのところお湿り程度しか降っていないが、これからのことはわからない。
 毎年のように繰り返されている災害。
 日本人にはその心構えや知識が十分あるはずなのに、その都度、いままでの経験が役に立たない被害が持ち上がっている。
 夜になって、岡山の友人に安否うかがいのメールを出していたら、今度はいきなり躰がぐいと持ち上げられた。
 一瞬遅れて鳴りはじめたのが、緊急地震警報。
 房総沖を震源とする震度5弱の地震が起こったのだ。
 縦揺れはすぐさま大きな横揺れに変わり、これが30秒ぐらいつづいた。
 木更津は震度4。最近ではいちばん大きな地震だった。
 そのとき仕事をしていて、斜め後に本棚があった。転倒防止の突っ支い棒が有効だったのだろう。本は1冊も落ちなかった。
 しかし本の前に並べてあった小物はほとんど落ちた。
 このところ有感地震が毎日のように起きていたから、意識としては慣れていたのだ。
 だが実際にはなにもできなかった。
 火や、水は、と反射的に思い浮かべながら躰が動かない焦燥感と、足が地に着いていない不安感、何度味わってもこの気色悪さは半端でない。
 いまでもまだ、小さな余震がつづいている。
 この国に安全なところはどこにもないと、あらためて思い知らされているのである。


2018.7.2
 一昨日から多摩へ来ている。
 今回は2ヶ月間が空いた。
 郵便物と庭の雑草が気になっていながら、なかなか腰を上げられなかった。
 その始末をするためわざわざ来るのが、だんだん面倒くさくなってきたのだ。
 はっきり言って多摩の家は役目を終え、もういらなくなっている。
 自分の最後の城であり、いざというときの避難所だと思っていたのだが、そういうことまでどうでもよくなってきた。
 これぞ老いというものだろうが、この先、以前のような活力や気力を取りもどし、必要度まで回復してくるとは思えないのである。
 もっと早く処分すべきだった、と後悔しきりだ。
 いまとなっては時期を失し、処分したくても簡単にはいかないらしい。売りたくても売れないである。
 郊外の、さほど高級でもない分譲地で、しかも全面坂になっている。
 わが家は坂のいちばん下だが、それでも電車を降りて5分、だらだら坂を上がらなければならない。
 この坂が年々つらくなっているのだ。
 気がついてみると、周りに空き家がずいぶん増えていた。
 とくに坂の上の人は多く逃げ出したとかで、平地の、もっと都心に近いマンションへ移って行ったという。
 今回も草むしりに3日かかった。
 日中は暑くてできないから、日が陰った6時過ぎから働いた。
 表庭は1日ですんだが、笹と蔦が茂り放題の裏庭は、1時間半もしたら暗くなって1日で終わらなかった。

 動物園行きの電車が、また模様替えしていた。
 かわいいつもりか、ピンク色である。むかしだったらこんなの、色キチ×イいと言われたと思うが。




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