Shimizu Tatsuo Memorandum

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きのうの話      

Archive 2002年から2019年3月までの「きのうの話」目次へ

 

2019.6.11
 先週末多摩へ出かけていた。
 ぼろ家がますます手がかかりはじめ、だんだん持て余しはじめた。
 まず庭木。伸び放題になって、垣の形まで崩れてきた。
 それで先月家族3人で出かけ、総出で剪定というか、刈り込みをした。
 刈り取った枝葉を片づけきれなくて、庭の隅に積み上げて帰ってきた。
 今回はその後始末に出かけたのである。
 刈り取った枝木は、市が回収してくれる。
 ただそのためには、規則通りに切りそろえたり、束ねたりしなければならない。
 回収は月1回。
 その日に合わせて出かけ、下処理をして、やっと持って行ってもらった。
 もうひとつは電源のブレーカー。
 給湯器がだめになってからというもの、行くたびにブレーカーが落ちている。
 スイッチを入れ直したら元通りになるのだけど、冷蔵庫の冷凍食品はそのつどだめになる。
 電力会社に電話して聞いてみたら、給湯器のコードは抜けと言われた。
 使わない器具でも、通電していたらだめだということのようだ。
 それでコードを引き抜いたのだが、それでもブレーカーは落ちる。
 電力会社が教えてくれた業者に電話したが、これがなかなか来てくれない。
 人手不足で、手が回らないようなのである。
 これが新規取りつけだとか、新品と交換とかになると、腐るほど業者がいて、電話1本で素っ飛んできてくれる。
 保守、点検、修理といったメンテナンスになると半ば形骸化、ほとんど機能していないのだ。
 以後引き揚げて来るとき、冷蔵庫の電源だけを残し、ほかの電源は全部落として帰るようにして、同じことは起きなくなった。
 建って50年以上になる家なので、あれこれ不具合が出てくることは避けられない。
 しかし家以上に、人間のほうが寄る年波、家を維持して行くことがよりおっくうになってきた。
 愛着はあるが、そろそろ決断しなければならなくなったようだ。


2019.6.3
 あっという間に、6月だ。
 今日、今回の作品の手直しがやっと終わった。
 編集者の意見を聞いて手直ししていたのだが、まる1か月かかってしまった。
 一旦直しはじめると、あれも直したい、これも直したいで、いくらでも欲が出てくる。
 それが部分であっても、全体の基調やトーン、バランスに影響してくるから、結局は全面的な見直しとなって、再再再手直しみたいなものになってしまった。
 そこまでやって、どれくらいよくなるかというと、きわめてわずかなのだ。
 読む側の立場に立ってみたら、どう変わったのか、わからない程度の微妙な差でしかない。
 それをやらずにいられないのは、要するに性分、ただの自己満足である。
 量産型の作家ではないからやれる。
 要するに、自分に律した基準というものがあって、それに達しないものは出さない、ということをこれまでやって来たから、今回もそうなったというだけなのだ。
 この前高知へ帰っていたおり、顔を出した集まりで、ご自分のいちばんの自信作はなんですかと問われた。
 常に最新作だ、と答えた。
 そういう意味では、今回の作品も最自信作である。
 秋には出版されるでしょう。


2019.5.22
 郷里へ3日ほど帰っていた。
 かみさんにつきあったものだが、成田からのLCCが運行しはじめたから、これで帰りやすくなったと思い、利用してみたのである。
 いつものことながら、3泊4日の日程はやはり忙しかった。
 それに今回は天気がよくなかった。
 連日ぐずつくという予報だったから、傘持参で旅行するのは大嫌いなわたしが、今回ばかりはあきらめて折りたたみ傘を持参したくらいだ。
 はじめの2日は、なんとか降られずにすんだ。
 しかし昨日、月曜日は、底が抜けたような大雨になった。
 市内のごく狭い範囲内にいて、しかもホテルの大型の傘を借りていたにもかかわらず、数分歩いただけで膝から下がずぶ濡れになった。
 それが一転、今日はくっきり晴れ渡り、四国山地の山ひだがくっきり見える爽快な陽気となった。
 一方で関東は大荒れ、記録的な大雨が降ったらしい。
 なんのことはない、前日の西日本の大雨が、そっくり関東へ移動していたのだった。
 おかげで成田や羽田の航空便ダイヤがめちゃめちゃになってしまい、待てど暮らせど、乗る飛行機が飛んで来ないのである。
 14時台に到着する便の代替機が、ようやくやって来たのは18時すぎ、まる4時間待たされた。
 空港のベンチで、エコノミー症候群の心配をしなきゃならんとは思わなかったぞ。
 成田へ帰り着いたのは20時すぎ、すでに帰りのバス便はなくなっていた。
 以後は列車に乗り、千葉、内房線と乗り継いで帰らなければならない。
 それでまた思い知らされたのが、東京方面へ向かう特急列車は頻繁にあるけど、各停列車はろくにないということだった。
 自宅へ帰って来たのは23時すぎ、なんとも長くて、ひどい一日だった。


2019.5.13
 昨年WindowsXPの寿命が尽きるまで、わが家にはパソコンが4台あった。
 あと3台の内訳はノートパソコンが2台と、デスクトップが1台。
 ノートの古いのはWindows7で、かれこれ10年はたつ老朽品、ディスプレイが半分外れてがたがた、いつぶっ壊れてもおかしくない。
 あと1台はデスクトップで、こちらは階下に置いてあり、かみさんとせがれが使っている。
 京都にいたとき通販で買ったものだから、ざっと5年になる。
 先月、このデスクトップが故障した。
 たまたまわたしがいじっていたときだが、突然ショートしたようなきな臭い匂いがして、画面が暗くなった。
 再起動しようとしたが、わけのわからない画面が出るばかりで、どうにもならない。
 困ってメーカーに電話したら、調べてみるから送り返してくれと言った。
 翌日運送屋が梱包用の段ボールを持って来た。
 一抱えもある大きな箱で、中はほとんど空洞、ショックを与えても、なかの機器に響かない構造となっている。
 それに梱包して送り返すと、なか3日したらもうもどってきた。もちろんちゃんと直っていた。
 故障した部品を取り替えたそうで、こちらは有償を覚悟していたのに、運送費も含め、費用は一文も請求されなかった。
 もう大感激である。
 だからメーカーの名をここぞとばかり喧伝しておく。エプソンの通販で買ったパソコンなのだ。
 パソコンの故障というと、いつも突然起こり、何100枚もの原稿が一瞬にして消失し、大パニックになったことが何回かある。
 万一に備えてUSBメモリやハードディスクも使っているのだが、事故が起こるのは、決まってバックアップを取っていないときなのである。
 原因の大方は、長時間働いて疲れ果てたときの操作ミスなのだから、泣くに泣けない。
 そういうことも考え合わせ、操作ミスを防ぐ決め手にはならないが、万一に備えて、もうすこし頼りになる予備パソコンをこの際1台構えることにした。
 予備だから性能は少々落ちてもかまわない。2万円少々の中古品をあらたに買ったのだった。
 おかげでわが家はまた4台ものパソコン持ちになった。


2019.4.29
 ひとさまが働いているとき遊べるのが自由業のありがたいところ。それで今週もゴールデンウイークに先駆け、信州まで桜見物に行ってきた。
 群馬県側から入ったのは、去年見に行った八ッ場ダム工事のその後を見るためだった。
 そろそろ水を溜めるというから、水没前の姿を見届けておこうと思ったのである。

 堰堤はだいぶ出来上がってきたが、完成はまだだいぶ先になりそうだ。
 それにしても、吾妻川はさほど水量の多い川ではない。源流からいくらも離れていないのである。
 こういう水を溜めてゆくわけだから、ダムが満杯になるまでいったいどれくらいかかるのだろう。

 草津では地元の人が管理している公衆浴場に入らせてもらった。
 なんと無人、無料の浴場なのだ。
 草津名物の熱いお湯にのんびりと浸り、じつに贅沢な朝風呂を楽むことができた。
 草津からは、白根山経由で信州へ向かった。
 この道、ただいま草津白根山が噴火警戒レベル2のため、昼間しか通行できない。
 駐車禁止、途中下車禁止、オートバイ、自転車、歩行者、オープンカーは通行できない。
 ガスがかかって何にも見えない山道を、硫黄臭に怯えながら怖々と登って行った。
 山頂の駐車場も閉鎖されているから、通り過ぎるだけなのである。

 ところが標高2000メートルを越えた辺りで突如としてガスが切れ、真っ青な空の下に出て、大歓声の上がる上天気となった。

 標高2172メートル、国道の最高地点と標示された渋峠から信州側を望む。
 前方に白く連なっている山々は北アルプス。
 なお通行規制になっているのは草津側の登山口だけで、万座方面や志賀高原側は規制なし。
 ゴールデンウイークはさぞ混雑するだろうが、その値打ちは十分にある光景だ。

 早朝の出発と朝湯のせいで猛烈に眠くなり、その後しばらく、車の中で眠りこけていた。
 従って桜の前半は見ておらず。
 わたしが見たのは、小布施と須坂に挟まれた高山村という狭い地域の桜のみとなった。
 この村、樹齢100年以上のしだれ桜が20本以上あるそうだ。

 墓地のなかにある1本桜。
 信州は墓地に桜を植える習慣があるらしい。似たような光景を何回か見かけた。
 先祖伝来の、わが家の桜ということになるのだろう。
 こういう桜の下で、悠久の眠りにつくのも悪くないなあ。

 後の建物は元お堂。元々は村はずれのひっそりとしたお堂の桜だったのだろう。
 それが村内に取り込まれてしまい、いまでは道路縁で咲くことになってしまった。
 おかげでしだれ桜の下で、包まれるようにして花を賞味することができる。

 山腹に見えているのは観音堂。
 ボランティアが出て交通整理をしていたが、来ているのはほとんど地元ナンバーだった。
 ツアーバスがやって来ておかしくない名木がたくさんあるのに、どこも急勾配で、道が狭い。
 むりやり人を呼び込まなくとも、地元の人でささやかに花を愛でるだけで、それはそれでいいと思うのだが。 

 映画『北の零年』のロケで使われた桜だそうだ。映画を見ていないから感想は言えないが、これが北海道の風景になったのだろうか。


 帰ってきた翌日から恒例の箱根旅行に出かけた。これはそのときの1枚。
 芦ノ湖湖畔、箱根園のなかにある樹齢100年というエドヒガンの1本桜。


2019.4.22
 ただいま大人気だという国営ひたち海浜公園に行ってきた。
 どういうわけか茨城県には縁がなく、先週も桜見物で福島県まで行ったのに、往復とも通り過ぎただけ、水戸の偕楽園にも行ったことがない。
 千葉のお隣の県にしては、交通がものすごく不便なのである。
 電車はもちろん、高速道路も直通はなく、ぐるっと遠回りしなければならない。片道3時間はゆうにかかってしまうのだ。
 それにだだっ広い公園というのも、あまり好きではない。ということで、これまで行ってみたいと思ったこともなかった。
 それが最近、ネモフィラとかいう花の群落が人気を呼び、見物人が殺到しているという。
 物見高い野次馬老人としては、だったら一度行ってみなきゃなるまいということになったのだ。
 国営なのでシニアの入場料は210円、というのがいちばん気に入った。
 なかも広くて、快適。
 サイクリングや犬を連れてきている人も多く、ウォーキング好きには絶好のところだ。
 近かったら毎週のように来られるんだが、それにしても遠いんだよなあ。
 個人的には、6年連続不人気県ナンバー1という記録を塗り替えてもよい施設だと思った。



 今回お目当てのネモフィラの丘。
 ただいま満開、ごらんのように可憐で、美しい花である。
 450万株植えてあるそうだが、ただし1年草。つまり毎年植えなければならないわけで、その手間たるや大変なものだろうと思う。
 よそでは見られない花だから、これを見るだけでも行った甲斐はあるはずだ。



 こちらは水仙畑。
 満開はややすぎていたが、それでもごらんの華やかさ。
 水仙にこれだけ多くの種類や色があることをはじめて知った。



 まだ5分咲きだったチューリップ花壇。
 色といい形といい、じつに多種多様。
 場所がよくわからなくて、9000歩歩いた末にやっとたどり着いたら、入ってすぐ右手だった。
 疲れてなかったらもっと楽しめたのにと、やや残念。

 市内見物をしていたとき見つけた山上門。
 東京小石川にあった水戸藩江戸屋敷の勅使門を移設したもの。江戸屋敷の唯一の遺構だそうだ。

 幕末に建設された反射炉址、というから行ってみたら、これほどまできれいに復元されていたから恐れ入った。
 これではもう史跡と言えないだろう。


2019.4.14
 福島まで桜見物に行ってきた。
 先週まで仕事に追われていたため、今年は出かける機会がないまま、桜のシーズンは終わったと思っていた。
 そしたらせがれが休みを利用して、年寄りふたりを連れて行ってくれたのだ。
 ただし日帰り。夜中の2時半に出発、夜中に帰って来るという強行軍だった。
 しかもお天気が最悪だった。
 夜が明けたときの最低気温は0℃、霜が降りていた。
 日中も気温は上がらず、寒くて、風が吹いて、しかも10日に降った雪がまだいたるところに残っていた。
 膨らみかけていたつぼみも引っ込んだのだろう。今年の開花はどこも大幅に遅れていた。

 戸津辺の桜。福島県の南端矢祭町にあり、福島県はいちばん早く咲く桜だとか。
 道筋にあるから今年も寄ってみたのだが、去年はかなり散って、盛りをだいぶ過ぎていた。
 それが今年は去年より1日遅かったにもかかわらず、8分咲きだった。花はエドヒガン。

 北上するにつれ雪が深くなった。ごらんのように花はまだほとんど咲いていない。
 見えにくいかもしれないが、遠くに写っている山は真っ白に化粧している。

 ごぞんじ三春の滝桜。
 満開にはほど遠かったから、写真1枚撮ってさっさと通り過ぎた。
 駐車場は無料だが、桜の近くまで行こうとすれば300円必要なのだ。

 郡山近郊の桜。
 多分早咲きだろう、ほぼ満開だ。
 ただし、樹形にご注目。木が小さいし、枝も細い。
 つまりこの花は、生花用として栽培されている桜畑なのである。

 郡山市にある緑水苑という庭園の桜。入園料300円。ふだんは500円。なぜか桜の時期は安くなるのだ。
 できて間がないのでまだ趣には欠けるが、あと10年もしたらなかなか見応えのある庭園になるだろう。

 今回の目的地福島市の花見山公園。
 近来めきめき名が売れてきた桜の名所。
 連日ツアーバスが何百台も押しかけてくる一大観光地になっている。
 ごらんのような里山に、桜をはじめいろいろな春の花が咲いている。
 手前の赤い花はボケ。
 農村だが一応福島市内なので、ふつうの市民も住んでいる。
 それでこの時期だけ観光客は通るコースが決められ、そこを周遊するようになっている。
 これは仕方がないだろう。ボランティアによる無料制度がいつまでつづけられるか、時間の問題ではないかという気もするのだ。
 往路、復路と分けられているから、人が多くても混乱はない。

 手前の黄色は菜の花。上のほうでやや黄色く見えるのはハクモクレン。

 赤と黄色はボケとレンギョウ。
 この辺り、前日の積雪が10センチに達したそうだ。

 周遊コースはほぼ平坦で1時間。
 健脚者用に、1時間でひと回りできる山間コースも用意されている。

 福島市郊外にある芳水の桜。湖面に映る桜が見栄えするので、カメラマンが多い。
 昭和天皇の即位を記念して植えられた桜だというから、樹齢はまだ100年ちょっとである。
 残念なことに、前日の雪の重みで枝の一部が折れていた。
 花見山の桜も雪で折れたそうで、竹藪の竹が折れたり裂けたりしているのは何回も見かけた。

 内出の桜。郡山郊外。ウバヒガンという珍しい花らしい。
 樹高20メートルを越える大木で、傾斜地だから撮影に苦労する。
 人里離れた山中の、カメラマンさえほとんど来ないこんな奥地まで、某国の観光客がレンタカーでやって来ていたのにはびっくり、というより愕然とした。

 郡山郊外の天神夫婦桜。2本の桜を夫婦に見立てたもの。

 雪村庵の桜。三春町。
 惜しいかな。雷に打たれたか、雪で折れたか、枝が大きく損傷している。
 こんなところまでバスがツアー客を運んで来ていた。


2019.4.2
 多摩に1週間籠もって仕事をしていた。
 ようやく昨日脱稿し、ただちに出版社へ送り、久しぶりの解放感に浸っている。
 400枚少々の作品に2年あまりかかってしまったが、いまや余録を生きている老人だから、まあよしとしなければなるまい。
 とりあえずゆっくりしたかったが、給湯器が壊れているから風呂に入れない。
 それで多摩センターのスーパー銭湯まで行ってくつろいできた。
 帰ってみると、元編集者Sさんの訃報が届いていた。
 急死だったそうで、葬儀も内輪ですませたらしく、結局だれと話すこともないまま終わってしまった。
 それがなんとも無念だった。
 Sさんは東京へ出てきて知り合った友人の、高校時代の同級生だそうで、文芸畑では有名な編集者だった。
 いつだったか、たまたま三人で顔を合わせる機会があったとき「なにか書いたものがあったら読みますよ」と言ってくれた。
 うれしかったが半分外交辞令だと思ったから、習作のつもりで書いてあった作品の、はじめの30枚くらいを持って行って読んでもらった。
 そしたら「面白いから全部読ませてください」とのこと。
 それで800枚ほどの原稿を全部持って行った。
 ペラの原稿用紙に書いてあったから全部で1600枚、20センチ近い高さがあった。
 すると1ヶ月くらいして「あれ、うちで出します」という電話をもらった。
 こうして懸賞小説に一度も応募したことがないまま、嘘のような幸運に恵まれ、世に出ることができたのだった。
 Sさんに巡り合っていなかったら、いまの自分がいたかどうかわからない。
 いかに自分が幸運であったか、これだけはいくら強調してもしすぎることはない。
 その結果として、人間にとっていちばん大事なことは人と人のつながりであり、人生の最大の財産は人間関係だということを学んだつもりである。
 ありがたいことにSさんは、最後までわたしの読者でありつづけてくれ、定年退職後も新刊を送ると必ず読後感を寄せてくれた。
 Sさんに喜んでもらえることが、書きつづける意欲の根源になっていたことはまちがいない。
 そのSさんを失った。もう読んではもらえなくなった。
 作家人生の中で、これほど大きな喪失感はなかったのだ。

 今日1週間ぶりに家へ帰ってきた。
 かみさんが都内へ桜見物に来たいというので、仕事も終わったことだし、じゃ一緒に新宿御苑へ行こうかと、時間を打ち合わせて多摩を出てきた。
 午後の2時半と、出かけるにしてはやや遅い時間帯であったが、行ってみるとものすごい人、人、人。
 大木戸門の前に延々と行列ができている。
 それを見ただけで恐れをなしてしまい、入る気も、桜を愛でる気もなくなってしまった。
 結局高島屋でお茶を飲んで帰ってきた。
 久しぶり帰ってきたわが家は、ハクモクレンが満開になっていた。
 近在の雑木山も山桜が満開、これならなにも都内まで行くことはなかった。
 わが家の周辺にある丘陵は、手入れを放棄され、荒れ果ててしまった藪山である。
 道もなく、とても歩けたものではない。
 そういう雑木山に、自生の桜がたくさん混じっていて、春になると一斉に咲く。
 間近で観賞できるような景色ではなく、遠目で眺めるだけ。
 これがじつに美しいのだ。
 ぼやーっとして、ほんのり、このおだやかさ、やさしさは、なにものにも代えがたいやすらぎを与えてくれる。
 これぞまさに日本の春だと、毎年この風景に接するたび思うのである。




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