Shimizu Tatsuo Memorandum

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きのうの話      

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2017.10.21
 このところ探しものばかりしている。
 このまえは郷里の文学館に寄贈するため、木更津と多摩にある資料を探し回った。
 今回はそのつづきだが、むかしの出来事をおさらいしなければならない必要ができ、また探しものをはじめた。
 今回探したのは手帳である。
 整理整頓がまったくできないくせに、日誌だけはつけている。
 20歳ごろからはじめたもので、以後1日も欠かさず書いてきた。
 カレンダー仕様の手帳に備忘録として書き留めたものだから、日記というほど詳しい内容ではない。
 その日行ったところ、会った人、見た映画、読んだ本、仕事の内容等が簡単に記されているだけ。
 いま読み直してみると、簡単すぎてなんのことやらわからないものが少なくない。略語やイニシアルで書いてあるものは、最早解読不能だ。
 多摩のキャビネットに、東京へ来てからのものがすべてそろっていた。
 年代でいえば昭和38年(1963年)26歳のときからのものである。
 その年に東京へ出てきたのだ。
 ところがそれ以前のものが、どこを探しても出てこない。
 高知にいたころの記録だから、当然高知の家に置いてあった。
 母が亡くなって、家はもうない。しかしこういうものはすべて持って来た。
 現に母の遺品はひとまとめにしたものが残っている。そのなかに、母が遺してくれた小中学校時代の通信簿などが全部そろっている。
 自分のものがないのだ。
 手帳にして5、6冊だから、嵩としてはごく小さい。どこかへ突っ込んであるはずなのに、どうしても出てこないのである。
 例によって木更津の家、多摩の旧宅、両方の書庫から物置を引っ掻き回した。
 見つからない。
 探しものをして、見つからないことくらい気分の悪いものはない。
 気分がすっきりしないし、頭から消えることがない。寝ていても、もしやあそこではないかと、はっと目が覚めたりする。
 おかげで今週はずっと中途半端な、落ち着かない気分のままである。


 50年間の記録が詰まっている手帳。
 博文館の手帳時代が長い間つづき、それから3年連用ダイアリーとなり、最後は10年連用日記になった。
 最後の日記帳を買ったのは2008年。
 このときは、あと10年生きられる保証はないから5年でもいいかと思ったが、ままよと10年にした。
 しかしこの日記帳は1年しか使わなかった。
 パソコンの記憶容量が格段に増えたため、以後パソコンに移行したのである。
 パソコン日記はいまもつづけている。
 ところが昨年とんでもないミスを犯してしまい、約4ヶ月分の日記を消去してしまった。操作ミスで、気がついたら消えていた。
 バックアップがあるはずと思ったら、取る設定にしてなかった。
 ウィンドウズ8から10へ切り替わったときのことで、悪いのはみんな自分。
 かえすがえすも痛恨事だった。


2017.10.14
 真夏の暑さがつづいたかと思うと、一転初冬並の冷たさ。今年の天気はなんとも気まぐれだ。
 今日から寒くなるとわかっていたから、せめて暖かいときの行楽をと、昨日日光まで紅葉見物に行ってきた。
 せがれという運転手つきなので、出かける気になったもの。
 とはいえ出発が午前2時半、帰宅が20時というのは、年寄りにはやはりハードだった。
 日光の杉並木を歩いたことがなかったので、今回はじめて歩いてきた。
 一方通行で、あまり車の通らない区間があったから大喜びして歩いたら、その先に歩行者専用の並木道がちゃんと用意されていた。
 いろは坂の紅葉はまだすこし早かった。
 華厳の滝へは小生行かず、車のなかで寝ていた。
 戦場ヶ原の紅葉はいまが見頃。至るところで歓声を上げた。
 そのあと男体山(2484メートル)の先から山越えして川俣温泉のほうへ抜けたが、じつはこっちの紅葉がもっとすばらしかった。
 紅葉の名所としてはかなり知られているらしいが、山王林道という名前で敬遠されているのか、車は少なく、しかもほとんど地元ナンバーだった。
 はじめはもっと欲張って、那須のほうまで足を延ばすつもりだったが、これだけで十分満足して気持ちよく帰って来た。


 ごぞんじ杉並木。道の両脇の側溝にすみきった水が滔々と流れていて、気持ちいいのなんの。
 7000歩以上歩いたから、3キロは歩いたことになる。


 戦場ヶ原のなかの林。
 原っぱへ徐々に木が侵入し、白樺林からふつうの森になって行く過程が見られる。
 これはまだ初期の林なので、全体に明るく、色彩も豊かである。
 もっと先まで行きたかったが、杉並木を歩きすぎたので残念ながら同じ道を引き返してきた。


 すすきの原の木道から見た男体山。


 反対側、金精峠のある日光白根山(2578メートル)とその連峰。


 標高1700メートルの峠を越えた、男体山の裏側の紅葉。


2017.10.7
 運転免許証の更新時期になった。
 通知状そのものはずいぶんまえにもらっていたが、まだ日数があったから読みもせず、引き出しに放り込んでいた。
 10月になったからやっと腰を上げ、はがきの文面にはじめて目を通した。
 そしたらまえのときはなかった余計な手続きをが増えていた。
 高齢者は数年まえから、教習所いわゆる自動車学校に行って高齢者講習なるものを受けなければならなくなった。
 その証明書と引き替えに免許証をもらうのである。
 その手間が倍になっていた。
 まずはじめに、認知症機能検査というものを受けなければならない。
 それにパスして高齢者講習が受けられる。
 しかも認知症機能検査と高齢者講習は、同じ日に受けることはできない。
 認知症機能検査を受けたのち高齢者講習が申し込めるのである。
 そんなこと、全然知らなかったぞ。
 恐らく新聞やネットでは報じられていただろうが、ふだん関心がないものは、読んでも頭に残らないのである。
 世のなかに高齢者があふれかえっているご時世だから、免許更新のための高齢者講習はどこも混んでいる。
 最初のときもぎりぎりまでほったらかしにしていたから、いざ電話してみるとどこの教習所も満員で空きがなかった。
 最後は途方に暮れて府中の免許更新センターに泣きつき、なんとか空いているところを見つけてもらった。
 今回も呑気に構えすぎていたかもしれないと、前回講習を受けた教習所に恐る恐る電話してみた。
 今年はもう空きがありませんと言われた。
 いま空いているいちばん近い日で、1月中旬だというからびっくらこいた。
 1月18日までに手続きしないと失効してしまうのだ。
 あわてて電話をかけまくり、あんまり流行ってなさそうな小さな教習所で、やっと11月初めに空きがあるのを見つけた。
 なんとか間に合いそうでほっとしている。
 しかしいい加減懲りればいいのに、そのうちまた同じことをやらかしそうだなあ。




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