Shimizu Tatsuo Memorandum

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きのうの話      

Archive 2002年から2020年6月までの「きのうの話」目次へ

 

2020.9.25
 台風12号が逸れてくれてほっとしている。
 雨、風ともわずか、被害はまったくなかった。
 おかげで猛暑まで影をひそめてしまい、本日の気温は20度、寒くて長袖を引っ張り出し、いまもダウンベストを羽織っている。
 もう何週間も、家で逼塞している。
 週に1、2回買い物に行くのが唯一の外出。
 免許更新の電話はつながらないまま、それで多摩へ行くこともできない。
 体力気力とも落ちてきたからそれほど欲求不満は覚えないものの、どこかへ行きたいと思うことはある。
 今回の4連休は各地とも大賑わいだったようで、木更津のイオンモールも例外ではなかった。
 ふだんの倍以上の人出があった。
 駐車場に入っている車にも、都内や神奈川ナンバーが少なくなかった。
 外出というほどでもないが、わが家も半日、お隣君津市の大型量販店へ出かけた。
 車の運転はせがれ。
 何回も行っているところなので不安はないのだが、市外だと運転させてくれないのである。
 その店で砥石と、パソコンを載せる仕事机、つまり合板を買ってきた。
 これまでの砥石が磨り減って使いづらくなっていたのと、いま使っている合板が古くなってゆがんできたから、買い換えたのである。
 あたらしい砥石で早速包丁を研ぎ、よく切れるようになったと感謝された。
 合板はこれまで90×30センチのものを使っていたが、今回桐の合板があったから90×40センチとひと回り大きいものを買った。
 それでも従来の合板より軽い。
 大きくなった分ものを置くスペースがひろがったし、パソコンを2台並べて使うこともできるようになった。
 ソフトのダウンロードや機能を更新したりするとき、パソコン画面を見ながら操作できるので、2台並べられると便利さがちがう。
 ただし板が軽いので、反りやゆがみが出てきやすい。
 とはいえ1枚1000円そこそこだから、使いづらくなったら買い換えるまで。
 廃棄するときは燃やせばいいのだから、ごみにならないのがうれしい。


2020.9.10
 暑くてなにもできなかった。
 台風の余波で雨は何度か降ったものの、真夏日がつづいている。
 TVの映りは依然不調、衛星放送は画像が出なくなり、地上波もNHKは映ればもうけものというありさまだ。
 TVには見たい番組が全然ないから、何とも思わなくなった。
 50年まえと同じ。
 そのころの地方民は、見られるチャンネルというとせいぜい2、3本、あのころにもどったと思えば平気である。
 免許更新の電話も、毎日50回はかけている。
 進展、ゼロ。
 いったい何万人の都民が、同じことをさせられているのだろう。
 これでだれも怒っていないのかなあ。
 ほんとは日野に出かけたいのである。
 高速バス代が値上がりしたため、1回出かけると交通費が4000円かかるようになった。
 当然なにかの用足しに行くとき、ついでにとなるわけで、それが今回は免許の更新ということになる。
 その更新がいつできるのか、まったく予定が立たないのだ。
 このまえ引き揚げてくるとき、裏の軒先に蜂が小さな巣を作りかけていた。
 ただのアシナガバチだからそれほど恐ろしいものではないが、そのとき卵大だったから、いまではもっと大きくなっているだろう。
 今度行ったら駆除しようと思っていたけれど、これではいつになるか、見当がつかない。
 木更津でいちばん不便していることというと、本屋に行けないことである。
 本だけが唯一の趣味みたいな人間にとって、本屋がない、本屋に行けない、ということほどつらいものはない。
 あとはネットで注文するほかない。
 それで先月から何冊か注文したのだが、なぜか、ことごとく失敗した。
 主な書店はすべて登録ずみなのだが、このところだいぶ使わなかったので、カードの有効期限が切れたり、パスワードがわからなくなったりで、登録し直さなければならない。
 その手続きが、以前と比べて、ものすごく煩雑になっている。
 注文した本が何日も届かないから調べてみたところ、買ったことにはなっているが、手続きが不備だったとかで完了していなかった、ということが2回あった。
 それで再手続きしたわけだが、これがやたら複雑、何回やってもやり直しさせられ、どうにも先へ進めない。
 とうとう堪忍袋の方が切れてしまい、購入を放棄してしまった。
 で、どうしたかというと、アマゾンに注文し、こっちは簡単に手続きできて、本もすぐ送られて来た。
 ほんとはアマゾンを使いたくなかったのである。
 だが注文する立場で言うと、国内書店の注文システムは煩雑に過ぎ、アマゾンに遠く及ばない。
 セキュリティのためとは思うが、本くらいもっと簡単に注文できないものか。
 これではアマゾンに駆逐されてもしようがないと思うのである。
 長い間の努力と工夫のおかげで、世界トップクラスのインフラを手に入れた日本だが、それがいまでは形骸化し、より煩瑣に、より形式的になっている気がしてならない。
 いつの間にか、かつての後進国に追いつかれ、むしろ気がついたら置いて行かれ、周回遅れになっていると言っても間違いではないと思う。
 それにしても腹立たしいのは警視庁だ。
 じいさんたちをあまり怒らせると、そのうち爆発するぞ。


2020.8.28
 12月に運転免許の更新を控えている。
 今回は7月にその通知が来た。
 ずいぶん早いなと思ったら、なんと今回からひとつ、余計な手続きが増えていた。
 これまでだと、近くの教習所に行って高齢者講習というのを受ければよかったのだが、今回からその前に、運転試験場で認知機能検査というのを受検しなければならなくなった。
 つまりひと手間がふた手間となり、費用もそれだけ多くかかるようになったわけだ。
 国というのは、われわれ年寄りから口実を設けては、すこしでも金をむしり取ろうと必死のようである。
 長生きしすぎた年寄りは、国にとって穀潰し以外の何ものでもないということか。まあその通りにはちがいないのだが。
 仕方がないから運転試験場に電話して予約しようとしたのだが、この電話が全然つながらない。
 運転試験場は都内に4箇所あるからそちらで受けつけるのかというと、そうではなく、電話先はナビダイヤル1本のみ。
 都内に該当する運転免許所持者がどれくらいいるか知らないが、少なくとも数万、あるいは数十万いるかもしれない。
 それをダイヤル1本ですまそうというのは、いかにもお役所仕事というか、いい度胸をしていると言うほかない。
 かけてもかけても「こちらは警視庁運転免許本部……」の受付だが、ただいま電話が殺到しているから掛けなおしてくれ、という声がもどってくるだけなのだ。
 呼び出し音が鳴って、待たせるのではない。
 ダイヤルすると寸分の間も置かず、この声が返ってくる。
 もう1ヶ月になるが、何十回電話したかわからない。
 かける年寄りの方がしびれを切らし、あきらめたり忘れたりして、結果として失効してしまうことを狙っているとしか思えないではないか。
 先に亡くなった友人とは、おれたちはたとえ車に乗れなくなっても、免許の更新だけは絶対しようなと言い交わしていたが、こうなったら意地でも、更新だけはしてやるからな。


2020.8.16
 1時間に60個から100個は見られるというペルセウス座流星群を、今回も見損なった。
 観測に最適といわれていた8月12日が曇りだったから、今回は条件も悪かった。
 しかし13、14日は、薄曇りではあったが星は見えていたから、流れ星なら見逃すことはなかったはずなのだ。
 それなのにただの1個も見えなかった。
 わが家は周囲を森や木立に囲まれているから、隣家が明かりを消してしまうと、人工的な光はなにひとつなくなる。
 森の彼方には市街地の明かりや製鉄所の照明があり、その照り映えで夜空が白んでいるのだが、星を見る条件としては悪くないところなのだ。
 それなのにわが家上空には、ただの1個も出てくれなかった。
 以前河口湖に、なにかの流星群を見に行ったことがある。
 そのときも全然見えなくて、がっかりしたことだった。
 ところが翌朝、朝食を取りに食堂へ行ったところ「ゆうべはすごかったですねえ」と客同士の会話が盛り上がっていた。
 けっこう飛んだというのだ。
 ただし時間帯は、午前4時以降の未明になってから。
 われわれは1時にはあきらめて寝たから、そういう横着者には星の観測は無理なのかもしれない。
 今回いろいろな話をしているうち、かみさんがこれまで、流れ星をまだ見たことがない、と言い出したからびっくりした。
 高知市の真中で生まれ育っているから、ふだんでも星はあまり見えなかったらしい。
 それに、年が6つもちがう。
 わたしの学童期は戦時中。灯火管制がきびしかったから、夜になると明かりはまったくなく、どこもかしこも真っ暗闇だった。
 当然夜空はいつも冴え渡っており、流れ星はいくらでも見ることができた。
 かみさんはものごころのついたときが戦後。
 真っ暗な夜というものはもうなかったわけで、6つという年の差は予想以上に大きかったとはじめてわかった。
 昨夜はよく晴れ、北斗七星から北極星までくっきり見えた。
 流星群が見られるとしたら最後のチャンスだと思い、午前1時過ぎから2階のベランダで頑張っていた。
 ストレッチ用のマットを敷き、その上に寝転んでの観測だ。
 涼しく、ときおり風が吹く。
 おまけに2階へ上がっただけで、蚊が嘘みたいに寄って来ない。
 気持ちよくて、快適で、もうすこしで寝てしまうところだった。
 しかし肝心の流星は出てくれないまま。
 午前2時を過ぎると、森に隠れていた月が昇ってきた。
 細い鎌のような三日月だったが、月が光りはじめたら夜空は色褪せてしまう。
 結局それで、またあきらめた。
 もうすこしねばってみるべきだったか。
 いずれにせよ流星群とは相性がよくないようだ。


2020.8.4
 1週間多摩へ出かけ、今日木更津に帰ってきた。
 ウエブはその間に更新するつもりだったが、Wi-Fiが不調になってネットを使うことができなかった。
 行った日は問題なくつながり、プロ野球中継も見たのだ。
 一夜明けたら、なぜか、いきなりつながらなくなっていた。
 多摩の家は電話もテレビも撤去したから、行ったときはWi-Fiに頼るしかない。
 そもそもそのためにWi-Fiを導入したのだ。
 かれこれ3年使いつづけているが、これまで一度も問題が起きたことはなかった。
 それでつい油断して、いつもは必ず持参していた取説や備忘用ノートを、今回忘れて持って行かなかった。
 起動はできるのだが、セキュリティキーやパスワードを入力しろという指示が出て、それなしだと、がんと受けつけてくれない。
 ネットにつながらないパソコンなんて、ただの筆記具でしかないのだ。
 困ってかみさんに電話し、ノートや取説を探して、必要箇所を読み上げてもらおうとしたのだが、ネット音痴のかみさんにはこちらの言っていることがよくわからないようで、結局あきらめるほかなかった。
 こうなったらお助けマンを呼ぶしかない。 しかし事情を説明すると、セキュリティキーやパスワードが入力できないようでは、成功できるかどうか保証できないという。
 呼んでしまえば、出張料だなんだで小1万は取られる。
 それも業腹だから、今回はネットなしで我慢することにしたのである。
 当初は4日滞在の予定が、事情があって1週間に延びた。
 ネットなしの生活を、その間強要されたことになる。
 なんとも不便極まりなかった。
 士気が全然上がらない。
 自分がいかに重症のネット中毒症だったか、いやというほど思い知らされた。
 スマホがあればまだしも、あいにくガラケーだ。
 簡単なニュースなら見られるとはいえ、最小限の知見しか与えてくれない。
 1日1日がじつに長かった。
 パソコンを開いても、できることはたったひとつ、原稿を書くことしかできないのだ。
 おかげでその分、すこしは仕事がはかどった。
 だからこれはこれで、よしとしなければなるまい。


2020.7.24
 いつになったら晴れてくれるのか、木更津では20日以上雨がつづき、この間一滴も降らなかった日はたった1日しかない。
 おかげで家庭菜園は全滅。
 とうとうあきらめ、残っていた苗木はすべて引き抜いた。
 束の間の晴れ間を見て、ミカンの木の剪定をした。
 育ちすぎないよう枝を詰め、葉を透かして、花や実がつきやすいようにしたのだが、時期を逸したかもしれない。
 以前からある甘夏は若干実をつけていたものの、去年から成りはじめた文旦と小夏は、ただの1個も実をつけていなかった。
 今年は生り年でないのは覚悟していたが、ただの1個も実をつけないというのはちょっとひどくないか。
 去年不成りで、台風で横倒しになったユズは、今年が生り年、横向きに生えているにもかかわらず、おびただしく実をつけていた。
 豊作はうれしいのだけど、わが家のユズは見栄えが悪く、市場価値はだいぶ劣るのだ。

 このまえから手がけていたグーグルフォトへの写真の収録が、ひとまず終わった。
 といっても、2003年代に集めた時代資料が最古だった。
 それ以後のものが、どこへ行ったか見つからないのだ。
 2013年以後は漏れなくそろっている。
 この間約10年間分が、行方不明。
 デジタルカメラも、パソコンも何台か買い替えているから、どこかに残っていると思うのだが、探してもない。
 寿命が尽きて使えなくなったWindows XPは業者にばらしてもらい、ハードディスクに収めてあった写真を拾い出してもらった。
 しかしたいしたものは入っていなかった。
 ほかに、なくしたカメラも数台あるんだよなあ。


2020.7.10
 各地で大変な水害が起こっているようで、雨の通り道に住まわれている方は、どうぞ気をつけてください。
 わが家は水害だけはないし、雨漏りもその後は起きていない。
 しかし降りつづいた雨の影響は大きく、菜園のトマトがすべてだめになった。
 今年は3本植えていたが、これまで順調に食卓を賑わせてくれた。
 日に1回は見回り、水をやったり収穫をしたりしていたが、今週は雨つづきだったため、何日かそれを怠った。
 取り損ねる恐れはないのだから、まあ、成らせておけばいいや、くらいに思っていた。
 今日見たら、熟れた実がことごとく、害虫にやられていた。
 穴が空いたり、腐ったり、変色したりして、無残に変わり果てている。
 大きなナメクジがべったり張りついた実を見たときは、気持ち悪くて声を上げそうになった。
 カタツムリは何回か取り除いたことがあるが、まさかナメクジまで寄ってくるとは思わなかった。
 大きな穴は、どんなやつが食ったのか、正体はわからないままだ。
 やられた実をすべて取り除いたら、あとに未熟果しか残らなかった。
 今年のトマトはこれで、もう終わりということにせざるを得ないだろう。
 ナスも数日見ない間に、葉がぼろぼろになっていた。
 贋テントウムシの仕業だ。
 何匹か見つけたから踏みつぶしたが、3、4日でこれほど被害が大きくなろうとは。
 農薬を使わない野菜の栽培がいかにむずかしいか、改めて学んだことになる。

 昨年はヤマモモがはじめて成ったから、今年は楽しみにしていた。
 ところが今年は不成り年だったのか、いっこう実の成るようすがない。
 下から見上げても、木が繁りすぎているのと、大きくなりすぎているのとで、全然果実が見えないのだ。
 ところがこのまえ、大きな実がいくつも落ちているのを見つけた。
 ちゃんと実っていたのだ。
 あわてて上を探したけどわからない。
 高さが8、9メートルはありそうな大木なのである。
 双眼鏡で調べても見えない。
 子供のころは、ヤマモモの木くらい苦もなく登っていたのに、いまや木登りすらできなくなった老いの身を、情けなく思うばかりである。


2020.7.4
 屋根の修繕と足場の解体が終わり、半年あまり持ち越してきた悩みの種がやっと解決、わが家が久しぶりに元の姿を取りもどした。
 そのはずだったのだが、喜びがいまひとつなのだ。
 大雨になると、雨の漏れることがわかったのである。
 場所は台所。屋根瓦のほとんどを葺き替えたところで、部屋の中にまでは垂れてこないが、ポタンポタンと天井に落ちている音が、雨の降っている間じゅう聞こえていた。
 屋根屋に注進すると、すぐ見に来てくれた。
 一部の瓦まで剥がして調べてみてくれたが、どうして漏れたか、原因を突き止めることはできなかった。
 その後強い雨が降っていないから事なきを得ているが、これから大雨が降るたび、はらはらしながら天井を見上げることになりそうだ。
 むやみに家をいじったり改築工事をしたりすると、この手の瑕疵がよく起こる。
 多摩の家がそうだった。
 改築したときはなんともなかったが、台風のとき、1階居間の天井からいきなり水がダダダと垂れ落ちてきたときは仰天した。
 壁から吹き込んできた水が、伝い流れて、居間へ漏れ出てきたということだったらしい。
 ふつうの雨ではなんともないのだ。
 台風のような横なぐりの雨が、北から吹きつけてきたときだけ漏れる。
 この漏水も原因が突き止められないまま、そのままになっている。
 いまでも多摩の家を引き揚げてくるときは、居間に忘れず盥を置いてくる。
 屋根はなんとか片づいたものの、わが家にはもうひとつ頭の痛い問題がある。
 テレビの映りがきわめて悪いことだ。
 最近ますます悪くなり、衛星放送はまったく見られなくなった。
 地上波も、風が吹くとすぐ映像が乱れる。
 風で電波が吹っ飛んでしまう、と言わんばかりなのだ。
 しかもわが家は、とびきり風の強いところにある。
 風の吹かない日のほうが少なく、おかげでテレビがきちんと映る日のほうが少ない。
 アンテナ工事の専門店に、一度見てもらったことがある。
 その結果わが家は、テレビを受像するにはきわめて条件の悪いところにあるとわかった。
 方角的に、東京方面からの電波が届きにくいらしいのだ。
 わが家の北に高い木々の繁る深い森があり、これが電波にとって大きな障害になっているというのである。
 そのときはブースターを設置してもらい、なんとか映るようにしてもらった。
 その効力が薄れてきたか、効かなくなってきたということのようだ。
 森がより鬱蒼としてきて、木々が一段と大きくなっているせいもあるだろう。
 屋根も、テレビも、風に泣かされているのである。
 つぎはちがう業者に見てもらうつもりだが、それほど大きな効果は期待できないのではないかと思っている。




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