2010年夏旅もすごく良かった!		
		
じわじわと旅の断片が蘇ってきたのでその勢いに任せて綴りマス。
倉敷の友人が出勤の間に、犬島へ。岡山からバス1時間の宝伝港、港と言ってもこの船だけ。10分くらい300円。地元の少女が小銭集めてた。でも、ちょっとベネチアみたいでしょ。
こちら犬島。 「犬島アートプロジェクト 精錬所」開催中
精錬所の朽ちた煙突。
あぁノスタルジー。っていうか、物凄く暑かった。
柳幸典氏のアートワークを体験後(そう、体験。なかなか楽しかった。童心に返るドキドキ感。)小豆島オリーブサイダーを飲んでみる。フツーのサイダー。熱中症予防。
その後、島に点在する家プロジェクト巡り。オリエンテーリングみたいに。この猛暑のなか歩いているのは、元気一杯の建築学生カップルか、地図を片手に真面目なおじさんか、暇なわたし。
家プロジェクトのひとつ、中の谷東屋。
なんだかよくわからないけど、日陰とイスがあるだけで、あぁ、もう、ありがとうございます。
アルミ(?)の天上に小さな穴が空いていて床にドット模様。これは楽しい。自分の影で遮ったりしながら遊ぶ。遠くから見たら変な動きをしている不思議な人だと思われるだろう。
こちらは友人と行った直島のLEE UFAN美術館。
何だかもう、今、あちこちの雑誌に特集されているのを帰ってきてから知って、「あら、やだ、もう行ってきたのよ」と自慢したくなったので、特徴的な写真を載せてしまいます。いえーい。
どうでしょう。アート感じますか。宇宙が見えますか。
これはベネッセミュージアム付近。ここの高級宿泊施設に泊まればこの美しい瀬戸内の景色が独り占めできます。ふんっだ。
高いヒールにドレス着たお姉さんがカフェに現れたので見つめてしまいました。「帰り間際に睨まれたー。」と友人に言ったら「見るからでしょ。」と呆れられた。
これ、帰りの船から。似たような写真ばかりでごめんなさい。とにかく太陽が暑かったから。
直島、遂に訪れてしまった。入館料がいちいち高くて嫌だったんだけど、来てしまえばカフェだランチだと際限なし。船で来てしまうとそんな気分にさせられます。ま、いっか。
以上倉敷、瀬戸内滞在。
栄養不足の私に合わせて友人は毎晩スタミナご飯に付き合ってくれた。初日、私たちが郷土料理店カウンターで愚痴ってたら、店のご主人が2杯目を『これで飲みなさい』と言って飾り棚からバカラグラスをわざわざ取り出してくれた。「おっ、倉敷グラスですね!」って言ったら『そんな安物じゃないよ』だって。

倉敷に行くといつも寄るフランス料理店は相変わらず9席だけで続けていて、実直そうな料理人さんは店にまつわる苦労話を親しげに語ってくれた。彼、多分我々と同年代。店を始めて約7年、友人も倉敷で仕事して約7年、で、私も今の仕事に就いて7年を終える。「次、ここに来る時は移転とかしてるんですかね、」『いやー、わからない。してるかもしれない、いやわからない、相変わらずここでやっているかもしれない。いやー、、、わからないな』
私の未来もまったく同じ心境です。無理に強引に変える気持ちはないけれど、なにかキッカケがあれば今の状況に執着する気も殊更ないんです。そんな感じ。なる様になるさ。みんな同じか。


ここから京都。
友人の自宅に泊めてもらいます。ご両親も弟さんもおばあちゃんもいます。でも、昨年も泊めて頂いたし、もうすっかり馴染みな気分。ありがとうございます。

京都に着いたら友人の友達や弟さんやら以前に会った友人やら総勢7人で中華料理。2歳のそら君登場。嫌は『あかん』と言う。
かわいい。みんな京都の言葉を話すのでもう、うっとりのんびりした気分になる。(でも私のことは恐いと思ったらしい。本当にこれからは気をつけよう。)京都市内はバスと歩きなので、のんびり夜散歩。そんな雰囲気もいい。

京都では特に目的もなく。暑いし。六曜社で珈琲とドーナッツ。
友人のお母さんは羊毛フェルトの作家さんで、朝から晩まで自宅アトリエで3人で作業。ロゴやタグの相談をしていたり。その様子を私はぼんやり眺めている。
型紙に羊毛を配置したところ。手早く、均等に。
完成まで気の遠くなるような手間、作業、すべてに体力不可欠。夏に羊毛だし。。 この作業は機械化できないか、簡略化できないか、とすぐに考え始めているわたし。アタマがユニクロ化してるのか!!
それでは出来ない物を創っているのに。
どんな留め具が合うだろうか。
中華料理屋さんで初めて会ったなっちゃんは、このお店をたったひとりで切り盛りしている。
京都の町家。テーブルが6(7?)台。昼定食と夜定食。
私はチキンカレー玄米(胚芽米と選べる)。そりゃあ、美味しかったぁ。

写真がブレてごめんなさい。

お客さんがいなくなってから台所を見せてもらった。井戸のつるべ、釜戸の跡の真っ黒いタイル、所々タイルの欠けた流し、全て町家の持ち主が家事に使用した時のまま。シンプルで機能的。
こういうところ、フランスみたいだと思う。年季がある程魅力的。

なっちゃん曰く、京都はやりたいことをやろうとしている若い人を受け入れてくれるところがある。勿論、観光客に助けられているところもあるけれど。 確かに彼女、店を背負ってる悲壮さ(?)がみえない。その状況は避けている、と。淡々と、自分のペースで自分の仕事をして生きてる。ギラギラじゃなくて意志的な目をしていたな。

京都では鴨川沿いが私のお気に入り。雨が降りそうなのに遠回りして信号のない川岸を自転車でとばす。出町柳まで雨雲と競争。
BON BON CAFEで雨宿り。
京都では特別なことは何もないけど、きっと全部が特別。

おばあちゃんはいつも朗らかに美味しい夕飯を勧めてくれながらお喋りしていた。近所の人の話とか、漬け物が漬かり過ぎたとか、親鸞さんの話とか、折り紙のこととか。全部明るい。
お父さんはお坊さんで断食中で(精神的な目的だと思う)、私の愚痴というか、職場での価値観の揺らぎみたいな悩みを固定観念なく面白がって聴いてくれたし。
始めて知り合った人たちもみんな穏やかで。

と、東京にもどって暫くすると際立ってそんな事を思うのです。

あぁ、京都って別世界。

そういう土地と友達がいて私はシアワセです。

皆さん本当にどうもありがとう。

おしまい。