高知県旧53市町村全ての最高峰


 ’03年時の高知県の53市町村の各最高峰を紹介。尚、赤岡町以外の山は山頂部が属する当該市町村となる。
 飽くまで山名が付いている山を記しているので、「最高標高地」ということではない。
 
 

1、東洋町・鐙山[あぶみやま](864m)・地形図=入木
 この山は野根山街道沿いにあるので、ルートは探すまでもない。この山に直接上るコースは、以前は北東の矢筈林道からあったと思うが、その林道は崩壊を起こし、通行止めになってから久しい。現在での最短コースと言えば、四駆車で南西の段林道を終点の手前まで行き、地蔵峠に上がり、野根山街道を東進するしかないだろう。
 尚、文献によっては、北の862m三角点峰を鐙山とする場合があるが、その峰の林野名は「鐙続山」。鐙山と鐙続山を纏めて鐙山と呼ぶ場合もある。

2、室戸市・装束山(1083m)・地形図=入木
 野根山街道随一の展望を誇る展望台のある山として有名。展望台からは魚梁瀬の山々、剣山系、太平洋まで遠望できる。この山名は南東の「装束峠」から付けられたが、その峠名は昔、藩主や花嫁がこの峠で装束を着替えていたことから名づけられた。最短コースは北西の1087mピークの北の鉄塔からのもの。

3、馬路村・甚吉森(1423m)・地形図=赤城尾山

山頂からの展望


 平家一族が「あの山へ隠棲すれば甚だ吉なり」ということで、隠れ潜んだ山として有名。登路は東の中川林道からだが、ゲートがあるので、1時間以上、林道を歩かないといけない。千本山からの縦走コースもある。
 4月下旬から5月上旬頃はピンクのウンゼンツツジが咲き、6月にかけては真っ赤なヤマツツジが咲く。また、たまにカモシカの姿も見かけられる。









4、北川村・鐘ヶ龍森(1126m)・地形図=馬路

 安芸山地(徳島県側の呼称は海部山脈)に属する国有林の山。頂上周辺に天然杉あり。「皆山集」にも記載あり。別称を「天ケ森」と言う。登路は南の林道終点より。尚、林道は途中ゲートあり。

5、奈半利町・須川山[別称・栂ノ森](876m)・地形図=奈半利
 この山も野根山街道沿いにある。山の少々手前には「笑い栂」という枯れた大木があるが、昔、この木の下で、旅人や山師が休憩していると、どこからともなく大きな笑い声が聞こえてきて、怯えて逃げていて、気がつくと、足の指が皆、切断されていたと言う。この木は樹齢三百数十年で、枯れて折れる以前は樹高が27メートルもあったと言う。登路は西の須川林道の街道入り口。
 
6、田野町・桃山(409m)・地形図=奈半利
 かつてヤマモモが多かったことからこの名がついたが、「湯山」という別称もある。モモの他にもツツジ、足元にはハギやショウジョウバカマも咲く。昭和後期には地元が遊歩道を整備した。登路は西の316m三角点などからあるが、現在は山頂直下まで林道が通じている可能性あり。

7、安田町・小蕗山(692m)・地形図=馬路
 鐘ヶ龍森南西の尾根にある。詳細不明。

8、安芸市・久々場山(1417m)・地形図=赤城尾山
 

烏帽子ヶ森登山道から見た山容

 「くくばやま」と読む。登山口は北の1102mピークの南のコルだが、杉熊川から先はゲートがあるため、長時間の林道歩きを要する。山頂に三角点はないが、森林管理署の図根点がある。

 











9、芸西村・目高森(755m)・地形図=土佐土居、美良布

 

山頂

一等三角点峰で、山頂はとても広い。コースは南の三辻森から縦走すれば歩き甲斐があり、その区間にはウンゼンツツジやツバキも咲く。高新の「山と野原を歩く」で紹介されている、廃村・白髪からの縦走コースは、登山口までは軽四自動車でないと通りづらい箇所がある。最もロングなコースは、三辻森東方の栃の木から鉄塔巡視路を辿り、稜線に出ると三辻森を往復してから目高森に向かうコースだが、このコースは稜線に出るまでの展望がよく、太平洋も見渡せ、白骨樹もある。その登山口は送電線が車道を横断している箇所から数百メートル北に行き、小川製材の手前から西に折れる作業車道沿いにある。但し、この作業車道は崩落している場合が多いので、徒歩で行った方が無難。












10、夜須町・長者ヶ森(772m)・地形図=美良布

 山頂まで車道化されている。

11、香我美町・次郎太森(857m)・地形図=美良布、畑山

山頂
 山頂周辺には自然林が残り、180度の展望が開けている。前半は沢沿いの道。
登山口は廃村・和田の谷。詳細はロンプ・ビデオ「土佐のマイナー山頂コレクションvol.4」を。











                                                          
12、赤岡町・寺山(29m)・地形図=後免

竹林に覆われた寺山
 赤岡町の主要山稜は北の野市境界に集中していて、3つの顕著なピークがあるが、どの峰も山頂部は野市側になっている。しかし三つのピークの内、東端にある最も標高が高い寺山は赤岡町民に赤岡の山として認知されており、旧山名を見てもそれは歴然。旧山名は須留田山だが、「須留田」は赤岡の地名であり、古文書を見てもこの山が赤岡の山であることがうかがえる。 


13、吉川村・下田山(33m)・地形図=後免 

山頂部
 現在、吉川村民に村で一番高い山はどれか、と聞けば、電波塔の建ち並ぶ「古川山」と答える人がいるかも知れない。古川山とは野市町側にある、43.4m三角点峰のことだが、野市町では平井山と呼ばれている。しかし本来、古川山という名称は一つの山を指す言葉ではない。元々古川山とは村の北東部の五つの山の総称である。即ち、九六山、大石山、下田山、篠部山、八幡山だ。つまり平井山とは何の関係もないのだ。この五つの山の中で、最も標高が高いのが、平井山の南西のピーク、下田山だ。が、実際に現地に行けば、ここが一つのピークだという感じはしない。

 登頂は数十秒くらい。登山口には観音堂がある。十字架の墓地の上は平地になっているが、ここは観音馬場と呼ばれる所で、昔、弓や軍馬の練習場だった。山頂部は上部墓地の一角で、雑木の高木がある藪の中。 登山口に至る車道は狭いので、西方の旧道を登った方がいいかも知れない。山頂へ直接上がる昔の登山道は瀬川氏宅の南からあったが、現況は不明。観音堂への道は今でも残っているのではないかと思う。その登山口は瀬川氏宅の南の吉本氏宅から東に入った、庄境氏宅の裏辺り。庄境氏宅の前を南東に上がる道は、観音堂のやや南の前述の車道に出る。その車道の入り口は吉本氏宅から南へ行った最初の筋。位置は古川橋(旧橋の方の)の北東。途中の分岐で古川山の道標に従って行くと、すぐ観音堂が見えてくる。車道の終点にあるのが古川山と誤称される平井山だが、複数の電波塔や施設が建っていて、錠付のフェンスがあるので、山頂を踏むことはできない。


14、野市町・聞楽山(368m)・地形図=土佐山田
 龍河洞スカイライン沿いにあるから、登頂も超短時間。そんなこともあり、マイナー山でありながら、複数の登頂記念板が立つ。

15、土佐山田町・茂ノ森(1148m)・地形図=繁藤

山頂からの展望

 山頂とその向かいにあるテラス状の岩場からは絶景が広がる。岩の目立つ山だが、アケボノツツジやミツバツツジも咲く。詳細は高新「山と野原を歩く」を。
 余談だが、登山口に至る道路にある「見返り橋」は、ミステリースポットとして、オカルト界では知られている。この橋を徒歩で渡りきる前に後ろを振り向くと、恐ろしい形相をした長い髪の女性の霊が現れると言う。霊を見なくても帰路、事故に遭遇するケースもあるらしい。この近くにはかつてレジャー施設「麓宝苑」があった。レストラン、遊技場、釣堀、貸し別荘、高知大学の魚の養殖試験場があり、数万匹を養殖していた。ここで一体、どんな悲劇があったのか・・・・・・・・。


 









16、香北町・中都山(1440m)・地形図=東土居、奈呂

山頂の重厚な祠

 北東の奥神賀山からの縦走路と南の神賀山からの縦走路が交わる地点のすぐ上のピークがこの山。その二つの縦走路が交わる周辺にはよくリスの姿がが見かけられる。元々の文字は「中津山」ではないかと思われる。

 どちらの縦走路にも奇怪な形の神石や地蔵を奉る行場が随所にあり、また、展望や道の整備具合も良い。特に神賀山コースは展望が開けた区間が長い。詳細は拙著「土佐のマイナー山」参照。


 











17、物部村・三嶺(1893m)・地形図=久保沼井、京上

白髪の別れからの山容
 ご存知、高知県の最高峰にして、四国一美しいと言われる山。山頂周辺のコメツツジとミヤマクマザサは天然記念物に指定されている。山頂直下の池は神秘的だが、邪馬台国四国山上説によると、この池は人工のものだと言う。最短コースは徳島側の三嶺林道終点からのもので、このコースだと初心者でも2時間半ほどで登れる。

 数年前、ロープウェー建設問題が起こり、勝利したのは反対派だったが、彼等の「他人が多数登るのは許せないが、自分たちが頻繁に登るのは許される」という傲慢な意見はいただけない。

 








18、南国市・笹ヶ峰(1131m)・地形図=田井

天狗岩からの眺望


 初心者でも僅か40分ほどで登頂できる、高知市からも比較的近いメジャー山。オンツツジやミツバツツジが咲き、太平洋も望見できる。


 









19、大豊町・小檜曽山(1525m)・地形図=東土居

山頂より

かつて地元の者がこの山の北東のピークに山名板を設置したことから、山の比定と山名について問題になったことがあり、’90年代までは「笹山」と呼称されることもあったが、現在は小檜曽山に統一されている。

 この山の良さは、東の土佐矢筈山とセットで登ることで倍増する。このニ座を結ぶ笹道の縦走路は、牧歌的雰囲気があり、非常に楽しい。


 







20、本山町・奥工石山(1516m)・地形図=佐々連尾山

山頂南東のユルギ岩


 尾根にはシャクナゲやアセビが咲く。喰石神社の立つユルギ岩からの展望は素晴らしい。ここに山名板が立っているが、本当の山頂は北西に数分上がった所。


 








21、大川村・平家平(1693m)・地形図=日ノ浦

広大な山上

昔、平家の残党がこの山上で騎馬の訓練をしていたという伝説があるくらい、この笹に覆われた山上は広い。勿論、展望をさえぎるものは何もない。

 かつての高知県側のコースは長い道のりだったが、今では林道寒風大座礼西線が伸びてきたこともあり、2時間ほどで登頂できるようになった。が、お薦めのコースは愛媛県側の旧別子山村中七番にある、住友フォレスターハウスから冠山を経由して回遊するコース。’90年代はそのハウス付近には道標が立ってなかったが、これはハウスに道を尋ねに来た者に登山届を提出させるため。


 








22、本川村・西黒森(1861m)・地形図=瓶ヶ森

町道瓶ケ森線からの山容


 真ん丸い山頂部が印象的な山。登山口が既に稜線にあるので、好展望を楽しみながら登山できる。瓶ヶ森とセットで登れば、より楽しい縦走が可能。

 本川村の最高峰は瓶ヶ森では?と思う人がいるかも知れないが、瓶ヶ森の山頂部は愛媛県側にある。


 









23、土佐町・稲叢山(1506m)・地形図=日比原

南東の鉄塔巡視路より

 土佐町界に接する旧本川村では、この山だけのパンフレットを発行していたが、それはこの山が極めて人気が高い証拠。理由は各種ツツジ群とシャクナゲによる。「皆山集」には「絶頂に池あり、稲に似たる草生す故に稲叢と書く」とある。麓の標高千メートルを超える地にあるロックフィル式の稲村ダムは、コンクリートダムとは違い、石積みなので、周囲の自然によくマッチしている。ダム湖の景色も素晴らしい。


 









24、土佐山村・工石山(1176m)・地形図=土佐山、田井

山頂近くにある穴場の岩場

 高知市民に最も親しまれている千メートル峰。私も小学校の遠足で登った。今は合併して、この山の所在区分は高知市になったが、こんな近くでブナ林が見られるのも幸せだ。アケボノを始めとしたツツジ群やシャクナゲが美しい。

               












25、鏡村・つつじヶ森(1045m)・地形図=川口
 山上にマイクロウェーブ反射板が立つ展望のいい山。コースは南の樽の滝荘から登るのが一般的。荘では食事も出来、カニソーメンは人気がある。

26、高知市・高峰ヶ森[別称・槇ヶ峰](580m)・地形図=伊野

仁淀川から望む山容
 高知市の最高峰に相応しい山名だが、「たかねがもり」と読む。コースは鉄塔巡視路として整備されているが、雰囲気のいい竹林やコケ道や岩上を通る所もある。詳細はロンプ・ビデオ「土佐のマイナー山頂コレクションvol.4」を。












27、春野町・烏帽子山(359m)・地形図=高知

愛宕山から望む山容
 この山は南嶺の最高峰でもある。山上にテレビ塔、山頂には石土神社が祭られていて、南の登山道には昔の登はん鎖が残る。北側は植林だが、南側はシイやカシの萌芽林となっている。現在は山頂まで車道化されているが、大半のハイカーは西の大成(おおなろ)園からその車道を歩く。園内には小動物園や展望広場があり、美味しいミルクやアイスクリンも販売されていて、子供連れには良い。
 北方の水谷山(才谷山)には坂本竜馬が脱藩前日に武運長久を祈願した和霊神社があり、そこから大成園に至るコースもあるが、殆ど利用されていない。
 













28、伊野町・篝山(931m)・地形図=川口

山頂

 「かがりやま」と読む。山頂は三つの往還が交差する峠で柳ヶ峠とも呼ばれる。そういう街道の要所であるから、昔は特別な行事や神事等の際には篝火を焚いて、峠を照らすことがあったかも知れない。途中まで鉄塔巡視路で、起伏もあまりなく、道の状態も良い。一昔前までは山頂は展望が開けていたことが容易に推測できるが、今は「なんとか」見える程度。
 コースの詳細は拙著「土佐のマイナー山」を。












29、吾北村・戸中山(1261m)・地形図=日比原

周辺の山から望む
 「とちゅうやま」と読む。壇ノ浦から敗走してきた平家一族が、移動の「途中」、この山に逗留したことから転じて山名がつけられた。かつて稜線に送電鉄塔が建っていた頃は、道も良かったと思うが、今では稜線はスズタケの藪こぎをしなくてはならない。メジャー・ガイドブックに紹介されながらも、メジャーになれない山だ。











30、池川町・椿山(1585m)・地形図=筒上山

山頂からの展望
 この山は拙著「土佐のマイナー山」のコラム欄でも触れているが、安徳帝一行が隠棲した由緒ある山でかつ、眺望も良く、登山道も明瞭なのに、複数のメジャー・ガイドブックで「藪山」という、事実無根の烙印を押された不遇の山。三角点の裏からは筒上山と手箱山が指呼に見えて、その展望は雄大。
 池川の最高峰はその筒上山では?と思われる方がいるかも知れないが、筒上山山頂部は池川町界から僅かに北にずれている。


31、吾川村・中津明神山(1541m)・地形図=柳井川

長坂山登山道から仰ぐ山容
 説明するまでもない、山頂に巨大な雨量レーダードームの建つ高北地方の有名峰の一つ。山頂まで車道化されているにも拘らず、県下の山岳会は高知県側から登っているが、なぜ、車道がついていない愛媛県側から登らないのか、理解に苦しむ。
 中腹の吾川スカイパークはパラグライダーの基地だが、明神山頂から飛び立つ者もいる。
 この標高ながらも森林限界を超えているので、山頂からは360度の展望が広がる。


32、越知町・禿山(1073m)・地形図=大崎

麓から仰ぐ稜線
 この山は横倉三山(横倉山、ハナセ嶽、禿山)及び横倉山系の最高峰でもある。昭和三十年代半ばまでは山頂部はその名の通り、毎年野焼きの行われる採草地で「禿頭」だったが、昭和40年、林業立村宣言をした境界を接する仁淀村では、この山に23万本もの杉檜の植林を行ったため、「禿頭」ではなく、「アデランス頭」になってしまった。しかし現在でも山頂からの展望は辛うじて保たれている。山頂直下のマイクロウェーブ反射板からは中津明神山の雄姿もうかがえる。
 詳細はロンプ・ビデオ「土佐のマイナー山頂コレクションvol.3」を。


33、佐川町・蟠蛇森(769m)・地形図=佐川

山頂展望台からの眺望  山頂のすぐ手前まで車道化しているが、その展望は息をのむほどに素晴らしい。須崎湾、横浪、土佐湾まてもが一望の下。北西の竜馬脱藩道「朽木峠」からのコースを辿る登山者も少なくない。


34、日高村・妙見山(530m)・地形図=越知

山頂からの展望
 黒岩山系最高峰の山で、山頂の隣のピークには妙見信仰の星神社が鎮座する。三角点からの展望は良く、周囲の山々から眼下のグリーンフィールゴルフ場の人影までも見渡せる。登山道は参拝道として整備されているが、三角点は読図を怠たると通りすぎる。山系の主峰「行司ヶ岳」からも山好きには面白みがある縦走ができるが、詳細はロンプ・ビデオ「土佐のマイナー山頂コレクションvol.3」を。


35、土佐市・虚空蔵山(675m)・地形図=佐川

山頂の虚空蔵菩薩像
 この山も山頂まで車道化されているが、展望は蟠蛇森に匹敵するほど。周辺の複数のピークは山上公園となっている。山頂を鉾ヶ峰とも言うが、これには伝説がある。秦の始皇帝が日本に不老長寿の仙薬を求めて徐福一行を遣わした時、土佐沖で暴風雨に遭い難破しそうになったところ、洋上からこの山の頂に光輝くものを見て、それに誘導され、一行の一部が土佐市の海岸に着いた。その山には仙人が住まうと言われていたため、一行は登頂し、その印に鉾を高くかざし、頂上に突き立て、財宝を埋めた。しかし仙人に会うことは叶わず、落胆の思いで下山したという。


36、須崎市・綱付山(842m)・地形図=萩中
 三市町村に跨る貫禄ある山。山名からして、恐らく数百年前の大地震による大津波を教訓として、周辺で最も高いこの山に避難用の船を設置していたのだろう。県下にはこの「船付け伝説」はあまりにも多い。

37、中土佐町・梼山(842m)・地形図=萩中
 綱付山の中土佐町側の呼称。

38、葉山村・鶴松森(1100m)・地形図=王在家

カヤが敷き詰められた山頂
 めでたい山名だが、現在では植林の区域が多い。だが、道の駅コースでは雪餅草にも出会える。コースが多いことでも知られる山だが、最短コースだと30分くらいで登頂できる。が、最も楽しいコースはやはり拙著「土佐のマイナー山」で紹介している駄場峰(だばむね)からの縦走コースだろう。登山口が既に稜線上にあるので、駄場峰(1003m)から半山越えまではハイキングの如くに楽。もちろん鶴松森までも、初心者でも登れる。


39、仁淀村・天狗ノ森(1485m)・地形図=王在家

山頂
 ご存知、天狗高原の東に横たわる山。登山道は整備され、ハイキングがてらで登頂できる。南面は各種遊歩道が整備され、山野草の観察が出来るが、最も有名なのはヒメユリ。三角点周囲は東の黒滝山同様、狭いが、周辺に数多くある石灰岩の上で食事することができる。展望も申し分ない。


40、東津野村・天狗ノ森(1485m)・地形図=王在家

天狗池

 天狗高原周辺のお薦めの穴場は前述遊歩道の南の起点、天狗池キャンプ場。沢や池があり、数少ない水場となっている。キャンプ場はトイレと平地があるだけの簡素なものだが、夜は沢音を聞きながら眠りにつける。
 


41、梼原町・五段城(1456m)・地形図=越知面

 天狗高原の「雄」とも言える草原の山だが、牧場機関が柵を設けている。牛が逃げないためと、登山者に万が一のことがあってはいけないから、ということだが、万が一と言ってもせいぜい牛糞を踏んづけるぐらいだろう。山の西の牧道分岐付近に柵が途切れている箇所があるので、ここから登ろうと思えば登れるだろう。

42、大野見村・鈴ヶ森(1054m)・地形図=新田

林道から仰ぐ山容
五町村に跨る長大な鈴ヶ森山地の主峰。全山自然林に覆われ、モミの密集地帯や巨大な空洞化した大木等がある。山頂はそれまでの植生からは予想もできないクマザサに覆われている。詳細はロンプ・ビデオ「土佐のマイナー山頂コレクションvol.2」を。


43、窪川町・鈴ヶ森(1054m)・地形図=新田

44、佐賀町・五在所ノ峯(658m)・地形図=窪川

山頂から見渡す三崎半島と太平洋
 昭和50年代に出版された四国の山のガイドブックに掲載されて以降は、市販本に登場することはなくなった一等三角点霊峰だが、今も昔も佐賀と窪川町民にとっては有名峰であることに変わりはない。’01年に窪川町の団体と森林管理署がコースを整備したものの、カロウト林道で最初に現れる登山道は勾配が急で、ハイキングには適さない。この道は帰路、利用するとして、上り時は二番目に現れる登山道を登った方が良い。両コースは上部で合流する。
 山頂自体、パノラマ展望を誇るが、山頂の近くの戦時中の監視哨跡からの展望も良い。
 詳細はロンプ・ビデオ「土佐のマイナー山頂コレクションvol.4」。


45、大方町・仏ヶ森(687m)・地形図=伊与喜

山上の仏堂
 地元小中学校の遠足の山でもあり、誰でも登れる。登山口は中村市境界の仏ヶ森トンネル南口。
すぐに稜線に出て、尾根道を難なく辿れる。仏堂の中には愛らしい顔の木彫りの仏像が数体安置されている。


46、大正町・霧立山(1096m)・地形図=土佐松原
 この山へは愛媛県側から登る登山者が多いが、東方の高知県側からもコースがあるはず。但し、地蔵山からの縦走路は既に廃道化している。愛媛県側の登山口近くにはレジャー施設があるため、登山口が知られているのだろう。


47、十和村・地蔵山(1128m)・地形図=土佐松原

山頂
 私は十和村内に「地蔵山」という名のつく山を三座見つけているが、このメジャーな地蔵山が最も標高が高い。山頂近くには伊予へ抜ける往還の峠があり、今も地蔵が登山者を見守っている。ナラやブナなどの自然林も自生している。前述峠からは尾根続きの笹平山を見渡せるが、このコースについては拙著「土佐のマイナー山」を。


48、西土佐村・横ノ森(1200m)・地形図=松丸
 
隣県の三本杭は名峰として知られているが、そのすぐ南のこの山は無名。だが、黒尊川源流の山で、ブナ林もあり、山頂からは正面に三本杭、反対方向に尾根続きの笹山(愛媛県側での呼称は串ケ森・1160m)も望める。登山口は南西の若葉橋。横ノ森から小屋ケ森、笹山、目黒鳥屋(めぐろとや)への縦走も出来、自然林豊かな静かな笹道トレッキングを堪能できる。笹山と目黒鳥屋は特に眺望が素晴らしい。小屋ケ森から目黒鳥屋までの登山コースは拙著「土佐のマイナー山」を参照。

 実は三本杭という山名は、元々は横ノ森のことだった。藩政時代、横ノ森の山頂に宇和島藩、吉田藩、土佐藩の三本の境界標柱が立てられていたからだ。それが後世の人たちが、横ノ森よりも標高が高い、当時、和泉ケ森と呼ばれていた山(現在の三本杭)の方が目立つから、ということで、山名が移動され、和泉ケ森が「二代目・三本杭」を襲名することになったのだ。つまり一代目・三本杭は「横」に追いやられたのだ。横ノ森も今、虎視眈々と名峰になるチャンスをうかがっているに違いない。
 

49、中村市・不動山(780m)・地形図=大用

山頂
 この山だけをとってみると凡庸だが、尾根続きの堂ケ森とセットで登ることにより、良さが分かる。コースは堂ケ森とは違い、急登や藪もない楽なハイキング。道中には祠もあり、今でも林業関係者などがお供えをしている様子。コースの詳細は拙著「土佐のマイナー山」を。


50、土佐清水市・今ノ山(865m)・地形図=来栖野

緑に覆われた山頂
 山上に対空レーダー施設があり、車道化しているものの、その車道は通行禁止。だが、昔からの登山道が森林管理署によって整備されているので、施設のゲート付近の案内板を見て、辿ることが出来る。道沿いには地蔵もあり、古くから利用されていたことがうかがえる。頂上付近は風景林に指定されていて、モミ、ツガ、ヒメシャラ等の樹木の他、アセビ、ヤブツバキ、サザンカ等の花も咲く。
 地図を見て不思議に思うのは、山上には電波塔マークはあっても建物マークはない、ということ。戦時中なら対空施設は当然地図から抹消されていたが、今なぜ・・・・。


51、三原村・水ケ峠山(751m)・地形図=下ノ加江
 残念ながら、この山に関しては全山国有林、ということ以外の情報はない。

52、宿毛市・篠山(1065m)・地形図=楠山

山中のアケボノツツジ
 原生林に覆われた山で、県下有数のアケボノツツジ群生山として有名。他にも5月上旬にはシャクナゲ、6月にはドウダンツツジが咲き乱れる。山頂までは楽なハイキング。
 山上には篠山神社、山頂には土佐藩と宇和島藩との間で起こった境界争いの裁定により立てられた境界標柱がある。
 宿毛市の最高峰は大黒山ではないかと思われる方がいるかも知れないが、拙著「土佐のマイナー山」の大黒山の項でも触れているように、2万5千図よりも縮尺が詳しい地図で見ると、山頂部は宿毛市境界から外れていることが分かる。


53、大月町・大洞山(465m)・地形図=柏島

大洞神社裏からの眺望
 数年前までは静かな登山が楽しめたこの山も、昨今は風車建設のため、騒々しくなりつつある。昔の登山道は数年前は地形図のままに残っていたが、今はと゛こに道路が敷設されているのか・・・。この山については拙著「土佐のマイナー山」で詳しく紹介しているが、山頂直下に立派な大洞神社があり、そこからや山頂からは太平洋の展望が広がる。
 大月町は今後「風車の町」として売り出していく予定らしいが、ムクリ山を始め、他の山々にも多数の風車を建設する予定だ。あんまり風車を付けすぎると、大月半島が飛んで行ってしまう。

 

 その他、県下のメジャー山とマイナー山、それぞれの標高ベスト10を「登山用語集」のページで紹介しています。

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